切間先輩
検査の結果問題はなかったが、僕は入院することとなった。
もしかしたら明日、症状が何か出るかもしれないからだ、と検査してくれた医者は言っていた。
先ほどのスーツの男性が連絡をいれてくれたのか、病室で暇を持て余していた僕の元へ、血相を変えた家族がやってきた。
姉さんが何度も、「無事で良かった」と呟き、泣いていた。
自分で行かないで、僕に行かせたことを悔やんでいるのだろうか?
姉さんは悪くないのに。
僕は「大丈夫だよ」と笑ってみせると、姉さんもそこで安心したように笑った。
元々面会時間はとっくに過ぎていたので、家族は「明日また来る」と言い残し、帰って行った。
僕は再び暇になり、ぼんやり天井を見上げていた。
まだ寝る時間でもないからな…。
すると、ノックもなしに扉がガラリと開いた。
驚いて入り口を見ると、黒い服に身を包んだ、大人っぽい雰囲気の男性が入ってくるところだった。
「大丈夫か?」
誰だろう、と固まっている僕に、名乗らずそう言って来た。
僕は驚きながらも、頷いた。
「あの…どちら様でしょうか?」
全く知らない男性に問うと、今度は彼が驚いていた。
どうやらこの人は、僕を知っているようだ。
そしてこの驚きっぷりを見る限り、僕も男性を知っている?
僕は必死に記憶の中から彼を探すも、思いつかなかった。
「…そうか。そうだったな…」
暫く何も言わないで固まっていた彼だが、何やら思い出したようで、納得したように1人で頷いていた。
「オレは、切間涼。
仁と同じ高校で、3年だから、先輩に当たるな」
切間先輩…?
…名前を聞いても、全くわからない。
「僕のこと、知っているんですか?」
切間先輩は僕を呼び捨てにした。
知り合いでないと、呼べないだろう。
「ああ、知っている。
だけど仁、お前はオレを知らない。
…じゃあ、お大事にな」
僕に踵を返して行く切間先輩の名前を呼んだが、先輩は振り向かず行ってしまった。
切間先輩は、僕を知っている。
だけど僕は、切間先輩を知らない?
どういう、意味…だ?
切間先輩の意味不明な言葉に、僕は首を傾げた。
そういえば、面会時間は終わっているはず。
何で、切間先輩は入ってこれたのだろうか?