眠れ
『じゃあね…お兄ちゃん。
お兄ちゃんと一緒にいることが出来て、僕楽しかったし嬉しかったよ。
僕のお兄ちゃんでいてくれて、ありがとう…』
『任と仲良くしてやってくれよなスズ兄さん。
ありがとな、オレの兄さんでいてくれて…』
自分たちの中へ消えゆく弟たちの声を聞いて、俺とスズは静かに涙を流した。
真っ直ぐで、純粋で、思いやりがあって、誰よりも優しかった弟は、身勝手な周りの人間によって殺された。
守れなかった悔しさに、俺は真っ赤に染まった教室で涙を流し続けた。
涼が何故戻ることを決めたのか、その理由は知らないけど。
何故仁が戻ることを…生きることをやめたのか、その理由は知っている。
だって俺は、守れなくても、アイツの兄貴だから。
絶望したんだ、アイツは。
この世の中に…。
周りの人間が持つ、この世で最も残酷な真実に。
仁が親友だと信じていた、志田大。
アイツは仁をただの道具だとしか思っていなくて、クラスで本当に仲の良い親友たちに話し、仁をいじめようと企んでいた。
だから殺した。
仁の両親とその姉・奈々は、表向きは仁に優しく、親戚でも本当の家族のように接していたが、実際は仁を憎らしく思っていた。
仁の姓が田中だった時の、あの虐待事件は大きく報道され有名だったから。
両親と姉は周囲の人間から、『良い人ぶっている』と悪口を言われて精神を病み、仁を憎んでしまう結果になった。
…だから殺した。
仁はきっと、知っていた。
親友だと信じていた存在の裏切りも。
両親と姉の表だけの優しさにも。
知った経緯は知らないけど、なんとなくそう思う。
幼い頃から仁は、生まれつき人一倍、人の負の感情に気が付くのが早かったから。
陰で裏切っていたり、表だけの優しさに、無意識のうちに気がついてしまったのかもしれない。
もし。
もし仁が負の感情に気づくのが遅いなら。
もし大が本当に仁を親友だと思っていたら。
もし両親と姉が心からの優しさで接していたのなら。
…仁は生きることをやめたり、絶望していたりしなかっただろうな。
例えその“もし”が現実なら、俺は消えていたかもしれないけど。
仁が、弟が、俺が世界で1番大事な人が、幸せなら、
俺は消えても良かった…。
「任、行くんだろ?
弟のような人を増やさないために…」
スズの言葉に、俺は深く頷いた。
ゆっくり眠れ、仁。
今度起きた時には、俺が今度こそ守るから。
俺が幸せな世界を作っておくから。
ゆっくり眠れ、仁。




