任とスズ
その日の夜、オレが1人で本を読んでいると。
滅多に鳴らない電話が鳴った。
出てみると、向こうは何も言わず、笑い声のみ聞こえた。
「切間涼、か?
俺の弟が世話になったな。
俺は田中仁の兄・任だ」
あの真っ直ぐな瞳の少年に兄が?
だけど聞こえる声は、「ありがとう」と言った仁と同じもの。
「聞いて驚くなよ?涼。
俺の弟は、実の親を刺し殺した。
我が弟ながら…すげぇことするよな?」
ひたすら笑う電話口の相手―――任の声を聞いて、オレは確信した。
「キミは…仁、だね?」
「はぁ?何言いだすんだアンタ。
…って言いたいところだけど、その通りだ。
まぁ、俺は仁の兄でいるけどな…」
幼い頃から両親に酷い虐待を受けていた仁は、その苦痛から逃れるため、救済人格である兄を呼びだしたんだ。
だけど仁は兄・任が信じられなくて、ずっと心の奥底に閉じ込めていた。
普通は信じられないだろう。
仁の体の中に、2つの性格が宿っているんだからな。
だけど、仁が両親を殺したことによって、任は仁を守るために出てきたんだ。
正当防衛だとは言え、人殺しは立派な罪。
我に返った仁が、目の前で息絶える両親の姿を見たら、ショックで自殺しかねないからな。
兄である任は、弟である仁を守りたかったんだ。
『おれらみたいだな…涼』
誰もいない家の中。
オレだけが聞こえる、彼の声。
「そうだね…スズ兄さん」
オレも両親と一緒に暮らすという苦痛から逃れるために、救済人格を生んでしまったんだ。
それが、スズ兄さん。
例えその姿が見えなくても、わかる。
オレを守ってくれているという、その優しさは―――。




