正体
…ここは、どこだ?
何故か酷く痛む頭を押さえながら、僕は上体を起こす。外は酷い雨のようで、滝のような雨が降り注いでいて、時折雷が光って室内を照らした。
照らし出された室内は…辺りは一面、真っ赤に染まっていた。
一瞬ペンキかと思った。
鼻を掠める鉄の匂いは、ペンキなどと語っていなかった。この独特の血の匂いは、幼い頃怪我した時、膝から出た真っ赤な血に匂いが似ている。
僕は立ち上がって、一つ伸びをした。
また殺したのか…。
あの、殺人鬼は……。
「涼?
いるんだろ?」
切間先輩なんて、堅苦しい呼び方をしていた僕。
だけど今僕は、涼と呼び捨てにした。
新野仁でいる必要はない、と判断したから。
「……仁。久しぶりだな」
真っ黒な服に身を包んだ涼が、口元を歪めた。
「そうだな。
まぁ、今までも会っていたけどよ。
俺としては、久しぶりだな」
「派手にやったな、お前も」
涼がふっと笑う。
「そうだな。
久しぶりに出て来れたから、思う存分暴れてやったぜ。
“俺”でこうして出てくるのは、久しぶりだからな」
「“僕”はどうしたんだ?」
僕こと新野仁。
その名前に、俺は目を伏せた。
「…アイツは…弟は、いねぇよ。
仁は…俺と同化したんだ…。
もう僕が…新野仁が現れることは、ねぇよ」
もう弟が…新野仁が表の世界に現れることは、もう…ない。
アイツは…弟は…いつも、泣いていた。
俺は兄として、見ていられなかった。
だから、守りたかった。
だけど本来の人格は弟のだから。
俺は弟の心の中で生きることを決め、陰ながら見守っていた。
でも、弟にとって、この世界は生きにくくて。
生まれつき真っ直ぐで純粋で、素直なアイツは、この世で生きることを諦め、壊レタ。
俺は弟を守りたくて…殺人鬼として、多くの人間を殺してきた。
弟に被害が及ばないよう。
例えその守り方が…違う方法、でも。
「涼。
この死体、どうするんだ?」
俺は足元に倒れる、弟のクラスメイトの死体を見て尋ねた。
「オレらが殺した証拠は消すに決まっている。
花井とか言う刑事にバレるわけにはいかないからな。
…オレたちの弟が、コイツらを殺したってこと」
「当たり前だろっ…。
早く、証拠を消すぞ」
弟を、これ以上傷つけてはイケナイ。
これ以上、壊れてはイケナイ。
「オレも弟や、弟と仲の良かった新野仁を守りたいんだ。
さっさと証拠を消して、どこかへ逃げるぞ…任」
「…わかっている…スズ」
弟―――新野仁も、
仁が心を許す相手―――切間スズも、
俺ら兄貴が、守ってやるよ。