先輩の家庭
家族を亡くした僕は、切間先輩の家に行くこととなった。
本当は親戚の家へ行くべきなんだろうけど、行かなかった。
…いや、行けなかったと言う方が正しい。
両親にはキョウダイも、両親―――僕にとっては祖父母―――も存在しなかったのだ。
そのため僕に、親戚と言う存在はいなかったのだ。
「…どうして……」
花井さんから僕の戸籍を見せられ、驚くべきことがわかった。
僕が新野家の…養子だと、判明したのだ。
姉さんは実の子どもだって言うのに。
僕が新野家に養子になる前の名字は、田中。
稀ではない名字に、花井さんは心当たりがあるようだが、結局わからずじまいだった。
「もうすぐ着くぞ」
切間先輩の声で、僕は我に返って短く返事をした。
親戚がいないから施設へ入るだろうと思っていたが、その場に居た切間先輩が僕を自分が引き取ると申し出たのだ。
最初は花井さんも、僕を施設へ送ろうと考えていたが、切間先輩の家族も僕の話を聞いて迎えてあげるべきだと言っている、と切間先輩から聞くと、僕が先輩の家へ行くことを認めてくれた。
「ここから少し歩くが…疲れてないか?」
電車を降り改札を過ぎた所で、先輩が聞いてくれ、僕は頷いた。
それから僕らは無言で歩いた。
…にしても、先輩ってこんな遠い所から学校に通っているんだ。
かれこれ1時間弱かかっている。
「ここだ」
切間先輩が立ち止まった場所を見て、僕は驚いた。
どう見ても、目の前に建つのは、アパートだ。
いかにも狭そうなこの家で、先輩は家族と住んでいるのか?
「お邪魔します……」
室内はやっぱり、予想通り狭く、物が少ない殺風景な部屋だった。
玄関で靴を脱いでいる途中、ふと気が付く。
蓋なんてない丸見えの下駄箱には、3足ほどしか靴がない。
それも全部同じデザインで、先に室内へ入った切間先輩が履いていたものと全く一緒だった。
先輩はご両親と暮らしていて、そのご両親が僕を引き取りたいと申し出てくれた、と先輩は花井さんに言っていた。
それなのにこの家は、先輩の独り暮らしとしか思えない。
「あの…先輩。ご両親は…?」
室内に置いてあるちゃぶ台の傍に腰かけ、僕は先輩の淹れてくれたお茶を飲みながら尋ねた。
先輩もお茶を飲むと、ぶっきらぼうに答えた。
「親はオレにはいない。…死んだよ」




