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第8話

ドラゴンの口から吐出されるのは燃え盛る黒い炎。

白蛇の肉体に触れた瞬間に肉は消え、細胞1つとしてこの世に残らない。

全身が炎に包まれていく白蛇は悲鳴を上げ、未知の激痛を死ぬ寸前まで体験する。

皮1枚で繋がった左腕は、炎によりちぎれ落ち切断面からは絶え間なく血が流れ落ちるが、その血すらも炎は消していく。

そして下半身のヘビの部分が次第に消滅していく。

白い鱗ごと肉は燃え、吹き出す血も一瞬で蒸発し骨しか残らない。

1度黒い炎に飲み込まれたが最後、ソレを止める事は白蛇には不可能だ。

細胞ごと粒子の塵となり、骨だけの下半身では残っている体を支える事は出来ず背骨から崩れていく。

下半身の骨がバラバラに砕け散り、まだ炎に包まれたままの上半身で最後の抵抗を見せる。


「ギャアアアァァァ!!」


激痛に苛まれながらも、残された体で鎧を纏うドラゴンへ牙を剥き出して飛びかかる。

残っている右腕を伸ばし鉤爪を突き出す。

白い皮膚は既に消滅しており、骨を包む赤い筋しか見えない。

ソレさえも炎に燃やされて着実に消えて見る見る原型をなくし細くなって行く。

白蛇の満身創痍の状態での攻撃を当たってくれる程に相手は優しくない。

首に目掛けて鉤爪を伸ばし、最後の力を振り絞って突き立てた。

元の力強さは何処にもなく空を切るのもやっとの状態で出した攻撃は、金色に光る鎧を突き破る事はおろかキズさえも付かない。

首元に爪が届いた時には肉は燃やし尽くされ骨が剥き出しになる。

腕さえもなくなり、抵抗する手段のない白蛇に残されているのは苦痛に苛まれながら死ぬのみ。

力なく浮き上がり動くことすらままならない状態で、ダメ押しとばかりにドラゴンは皮膚のなくなった首元へ牙を向けた。


「グガアアゥゥゥ!!」


口を大きく開け鳴き声を上げると共に、獰猛なドラゴンは肉へ牙を突き立てる。

血が滴りこぼれ落ちるも炎が燃やし尽くす。

骨が牙の侵攻を妨げるが、ドラゴンの圧倒的パワーはソレを噛み砕く勢いで力をさらに強めていく。

肺へと流れる酸素が塞き止められる。

固い牙にガリガリと首の骨を削られていく。

白蛇の両目から紫色の血の涙が溢れだし、口からは残された血液が泉のように溢れ出す。

苦しみに顔を歪め、抵抗すら出来なくなり自身の最後を自覚する。

そして耐え切れなくなった骨が音を上げ折れてしまう。

頭部の鎧に血が飛び散り、水風船が割れる音が響くと白蛇は絶命した。

死体と化した白蛇は力なく宙に舞い、残っていた肉片も黒い炎が燃やし尽くす。

白骨化した骨だけがその場に漂いゲートの中で取り残される。


「グゥゥゥゥ」


鎧を纏うドラゴンは背中の巨大な両翼を羽ばたかせ、出口へ向かって羽ばたいて行く。

その姿は雄々しく。

その姿は神々しく。

見るモノは目を奪われ、心惹かれる。

金色に光る鎧は天より現れた使いにも見える程に眩い輝きを放つ。


///


「終わりましたね」


長髪の女は結を抱えたまま彼が帰って来るのを待っていた。

ゲートの虹色の光は次第に輝きを失ない入り口も狭まって行く。

直径1メートル程の円形の穴から男は飛び出し、湿ったアスファルトの上に着地した。

ドラゴンだった時とは姿が違い、人間の男の姿に容姿は戻っており身に付ける服も変わっていない。

魔獣に開けられた腹部の大きな穴も塞がっており、埃にまみれたジャケットも新品のようにキレイになっていた。

女に呼びかけられた男はすぐ傍まで歩み寄り、イライラした様子で声を出す。


「まずは1体。めんどくせぇ事させやがって」


「そうですか。なら今日は一旦隠れ家に戻りますよ」


「わかったよ。でもな!!」


「ん、何です?」


重傷を負っている結を手当する為にも女は早く移動しようとする。

しかし男のストレスが怒気を帯びたのを感じ取り、しょうがなく声を掛けてみるとその怒りが爆発した。


「お前と違って俺は擬態が嫌いなんだよ!! やっと動きやすくなったと思ったのに!!」


「それは仕方がありません。私達はここでは迂闊に本来の姿を晒す訳にはいきません。無用な敵を作る事にもなりかねませんし、下手に目立てば相手に気付かれます」


「けっ!! スカしやがって」


「今は彼女の治療が最優先です。このままでは命に関わります。そうなれば、私達は永久に戻れなくなりますよ」


女が両手で抱える結の息は弱々しく、背中から流れる血も止まる様子がない。

嵌めている手袋も元の色がわからなくなるくらいに真っ赤に染まり、その出血量が見て取れる。

中にまで染みわたる血は粘度があり、普通なら不快感を感じるが彼女は微塵にも表情には出さない。

男も結が弱っているのは理解しており自身の感情を無理やり押し込め、女の言う事に従いここでの隠れ家へと行くために歩を進めた。


「もういい!! その女が鍵を持ってるんだろ。行くぞ」


「はい」


誰も居ない道路を男と女は全力疾走で駆け抜ける。

人間ではない2人は疲労を知らずノンストップで夜のアスファルトを走り続けた。

男は走りながら女に向かって先ほどの話の続きを話す。


「その女のキズ、アイツに治させる気か?」


「えぇ、私達には治癒能力は使えませんので」


「出来るのか、アイツに?」


「仮にも魔導士と呼ばれているのなら出来るでしょう」


「しょうって、確信はないのか!?」


上位種と呼ばれる彼らには個々で強力な能力を持っている。

『鎧を纏うドラゴン』が口から吐くブレスは、触れたモノを粒子にしてこの世から消す。

人間に擬態した状態でもその力の片鱗を見せる事は可能なのだが、苦手な擬態のせいで制御が出来ない。

故に人間の姿の時は力を行使せず、そのせいで格下の魔獣が相手であっても遅れを取ってしまった。

そんな彼にキズを癒やす能力などある筈もなく、医療の知識もないので他に任せるしかない。

だが彼女の言う事に確信がないのを知り驚く他なかった。

このまま放置すれば結は出血多量で間違いなく命を落としてしまう。

そうなるのを望まぬ以上、僅かな可能性に託すしかなかった。

不安は拭い切れないが男はその提案に賛同する。


「私も彼が治癒の能力を使っているのを見た事がありませんので。ですが迷っていられる程の時間はありません」


「わかっている」


「では急ぎましょう」


走るのに不安定なハイヒールのまま長髪の女は結を抱えて夜の闇を駆けて行く。


///


苦痛に額へ汗を滲ませながら結は悪夢を見ていた。


「はぁ、はぁっ、はぁ、はぁっ!!」


どこまでも続く闇の中を、荒く呼吸しながら必死で走り続ける。

それでも後ろから迫ってくる相手は距離を離してくれない。

ピリピリと背中に伝わって来る威圧感、床をズルズルと這いまわり自分を捉えようとする鋭い爪は、彼女の背中を引き裂き鮮血を散らす。


「あぁっ!? ぐぅッッ!!」


爪は容易く柔肌を裂き、激痛が背中に走る。

余りの痛さに涙を浮かべ走っていた足をもたつかせてしまい転んでしまう。

固い床が体に打ち付けられるが、構わず手を床に付け起き上がろうとするも右足が万力に挟まれた。

加減を知らない万力は肉と骨を圧迫し結に苦痛を与えてくる。

振り向いた彼女の目に映ったのはこの世のモノならざる魔獣の姿。


「ギギャアアアァぁぁ!!」


大きく開けた口の中には肉を喰いちぎる牙が生え揃い、空気を震わせる雄叫びは結の精神を脅かす。

白蛇の真っ白の手に掴まれ口の中へゆっくりと引きずり込まれる。

抵抗しようと必死に両手を伸ばすが闇の中では掴めるモノなどなく、為す術もなく呑み込まれて行く。


「死にたくない!!」


ありったけの大声を上げると魔獣の姿は風邪に吹かれた砂のように消えて行き、彼女も闇の中から意識を覚ました。


「うあああァァァ!!」


上半身を飛び上がらせ体に掛かっていた毛布を剥ぎ取る。

肩で息をしたまま両目を見開き、薄暗い部屋の中を見渡す結。

体には何も羽織っておらず着ていた筈の制服、下着すら今は身に着けていなかった。

赤く染められた長髪はボサボサに乱れており、顔には大粒の汗が引っ切り無しに流れ落ちていたが彼女はそれに気が付く素振りすらない。

荒い呼吸を繰り返している内に精神も少しずつ安定し、自分がどんな状況なのかを把握出来るようになってきた。

首を左右に振り景色を眺めると薄汚れた白いタイルの床、電気の付いていない蛍光灯、割られてガラスのなくなった窓だけしか見えない。


「ここは……何処?」


埃の漂う不衛生な部屋の中で1人呟くと、部屋のドアノブが捻られる音が鳴り反射的にその方向を見てしまう。

ドアの先から現れたのはスーツを着た長髪の女だった。

それは以前に結が駅でぶつかった人物と同じで、男装の麗人と呼ぶに相応しい容姿を持っている。

スラリと伸びた手足に1本にまとめられた蒼色の長髪。

流れるような瞳。

溢れ出る雰囲気は川のせせらぎのように静かで透明だ。

結は彼女の姿に見とれているとハイヒールの足音をカツカツと鳴らして手が触れられる距離まで近寄って来た。

相手が同性とは言え見ず知らずの相手に裸を見られるのは恥ずかしく、左手で被さっていた毛布を握り自分の裸体を隠す。


「意識は回復したようですね」


「えっと、確か前に駅で会った……」


「そうですが、それはまた後程。背中のキズはもう痛みませんか?」


言われて結は自分の背中に振り向き、右手を伸ばして肌を触ってみる。

魔獣に引き裂かれた皮は既に回復しており、出血も止まっており痛みも感じられなかった。

けれども3本の筋の痕はクッキリとまだ残っており、キズのない肌と比べてもデコボコとしており生々しさを感じさせる。

指に伝わる感触が結に現実を伝え、アレは夢などではないと訴えて来た。


「やっぱり、アノ時の」


「アナタの背中は『ウソを付く裏切りのヘビ』に斬られ重体でした。こちらで治療しキズは何とか塞ぐ事は出来たのですが、私達ではアナタの命を繋ぎ止めるのが限界でした」


「ウソを付く……何て?」


「ウソを付く裏切りのヘビ、です。ヤツはこの世界には本来存在しない魔獣、私はヤツを殺す為にここへ来ました」


「ちょっと待って!? 言ってる事が意味わかんないんだけど。あの白いヤツは何なのさ? それにアソコにはアタシだけじゃなくて、もう1人居た筈なんだ。黒いジャケットを着た」


語り始める目の前の言葉は聞いた事のない単語で、結はすぐには相手の言う事が理解出来ていない。

長髪の女は片膝を付き、キズに触らないようにとゆっくり優しく話し始める。


「わかりました。では最初から順番に話を進めましょう。私の名前は『翼を持つ魔剣士』と言います」


「翼を持つ魔剣士? 何それ、人の名前じゃないし」


「そうです。私は人間ではありません」


「冗談言わないで。あんまりふざけてると――」


現実離れした話に結は納得する事が出来ず、ウソにしか聞こえない相手の言葉に不信感を抱く結。

長髪の女はすぅと目を細め懐から片刃のナイフを取り出し結の目の前に付き出した。


「なっ!? 何さ、それ!?」


「よく見ていて下さい」


彼女は握っているナイフの刃を突き立て、ソレを思い切り自身の左手に突き刺した。

一切の躊躇のない行動に結は驚く事しか出来ず、はっと息を呑み瞬きも忘れて手に刺さっているナイフを見るしか出来ない。

長髪の女は表情を全く変えず、肉のはみ出るグロテスクな左手を見せ付けてくる。


「これで少しは理解して頂けましたか?」


見ると確かにナイフは肉に貫通していたが、普通なら流れる筈の血が1滴すら流れていない。

女は痛みすら感じておらず至って冷静なまま。

結が見たのを確認し、刺さっていたナイフを引き抜くとまた懐にしまった。

そして痛々しく穴の開いた左手は、映像を逆再生するように見る見る内に元の形へ戻って行く。

飛び出た肉も捲れた皮膚も全てが数秒で治る。

相手が普通ではない事を結は否が応でも納得するしかなかった。


「何なのさ!? 人間じゃないなら一体……」


「私は処刑執行者、魔獣を断罪する存在です」

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