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第7話

這いつくばりながら、湿ったアスファルトを進む。

冷たい夜風が肌を冷やす。

焼けるように熱い背中からは血が止まらず、失われていく結の体力は限界を迎えた。

自分の体を動かす事も出来ず、なけなしの体力で後ろに迫る魔獣に振り返る。

霞む視界で見える先には、白い肌をした不気味な姿がぼんやりと目に映った。


(まだ、死ねない)


体が言う事を聞かなくなっても結の精神はまだ朽ち果てていない。

唯一の武器になる長傘を握りなおし、震える体に鞭打ち立ち上がろうとした。

右手でアスファルトに手を付き、まずは上半身だけでも起き上がらせようとする。


「ぐっ!! このぉぉ!!」


全身から汗が吹き出し、体がこれ以上は無理だと拒否反応を示してくるが結は無視した。

生きたいと願う彼女の揺るがぬ精神に諦めるなどと言う選択肢は初めからない。

だがいくら心が強靭であろうとも、これだけのケガを負った結の体は言う事を聞いてくれなかった。

生まれたばかりの仔馬のようにブルブルと全身が痙攣して震えており、立ち上がるには時間が掛かってしまう。

口から荒く呼吸を繰り返し、やっとの思いで上半身を起き上がらせた。

けれども魔獣は彼女の決死の覚悟ごと、簡単に背後から巨大な手で胴体を掴み上げる。


「あぁ!? ぐっ!!」


「グウウウゥゥゥ」


持ち上げられた結の体は濡れたアスファルトから引き剥がされ、目と鼻の先には牙を見せる魔獣の顔が大きく映る。

肉食獣よりもはるかに鋭く強靭な牙では、人間の筋など簡単に噛み切られ骨ごと砕きながら喰われてしまう。

黒い雨雲から抜け出す満月。

月明かりに照らされる魔獣の鱗はギラギラと眩しく光る。


(死にたくない!! まだ、まだ!!)


結を丸かじりしようと魔獣は引き裂けた口を大きく開けた。

吐出される暖かい息が顔に掛かり、生臭い匂いが鼻に付く。

その臭さに思わず片目をつむり涙を1滴こぼしてしまう。


(もうどうにもならないのか!? 志保、ごめん!!)


アスファルトに染みこむ紫の液体。

結が魔獣に突き刺した長傘の先端に付着した血液は、ヒビ割れた溝に反って少しずつ流れていた。

流れて行く魔獣の血。

それは月に照らされると虹色の輝きを放ち、闇夜に光を作り出す。

寸前の所にまで迫っていた牙が止まり、魔獣は光の先に気を取られてしまう。


「グルゥゥゥゥゥ」


「何の……光?」


虹の光は次元を切り裂き、現世とは異なる別の空間へと繋がる。

何処までも広がる無限の異空間は光と同じ虹色で、見渡す限り光が眩しく輝く。

上下の方向もなく、重力すら存在しない。

魔獣達が生息する世界で『ゲート』と呼ばれている異世界とを繋げる通路が開放された。

開放されたゲートの入り口から引力が発生し、100キロを軽く超える魔獣の体が否応なしに引きずられて行く。


「グゥゥ!?」


取り込まれまいと体に力を入れて硬直させるがゲートの引力の前には意味をなさない。

ヘビの胴体はズルズルとアスファルトの上をすべり、耐え切るのは不可能。

引力に引っ張られた魔獣の体が浮き上がり、ゲートの入り口へと吸い込まれて行く。

空中で身動きの取れない魔獣は暴れ回り掴んでいた結も手から放してしまう。


「ギャアアアァァァス!!」


「あああぁぁぁ!!」


虹色の異空間の中へ魔獣と結は入って行く。

重力がなく定まった方向もないせいで結は目を回してしまう。

光だけしか存在しないゲートの中で手足をジタバタと無造作に動かし続けるしか出来ない。

初めて経験する出来事だらけで脳の思考回路が追いつかず、ほとんどパニック状態に陥り自分が何をしているのかさえも理解出来ていなかった。


///


腹に大きな風穴を開け、壁に叩き付けられて倒れていた男は不意に目を覚ます。

目を見開きギョロリと周囲を見渡し、目の前に誰も何も居ないのを確認し立ち上がる。

レザージャケットに積もっていたゴミや瓦礫の破片が床に舞い落ち、静寂した空間に埃が充満した。

以前として腹部は魔獣に貫かれて穴が開いたままだが、血の1滴も流れていなければ痛みすらも感じていない。


「またミスった。こんな時に!!」


悪態をつく男は歯ぎしりし、悔しさをあらわにする。


「まぁいい。とにかくアイツの方が先だ」


男は崩落したゲームセンターの出入口に向かって歩き出した。

床を歩く足音だけが廃墟の空間に響き渡る。

バラバラに砕け散ったガラスを踏み潰し外へ出た男が見たのは、アスファルトに広がるゲートの入り口。

虹色に光るそれを男はよく知っている。


「ゲートが開放されている。あの女がやったのか? ならアイツラはゲートの中だな!!」


駐車場の中央に開くゲートへ目掛けて走りだす。

男の動きはケガを負っていない時と比べても寸分と違わず俊敏に動けている。

光るゲートの入り口に走りそのままの勢いで飛び込もうとするが寸前で足を止めた。

もう1人の気配に気が付き前を見ると、申し訳程度のバリケードのチェーンを飛び越えて来る。

ハイヒールの甲高い音を鳴らし、長く伸びた長髪が夜風に揺らされた。

青みがかったロングストレートの髪は1本に束ねられている。

黒いスーツを着た女がゲートを跨いで男の前に立つ。

感情を表には出さず冷たい表情をした女の顔を見た男は怒りで声を荒げる。


「こんな所で何をしているんだ!! お前が居ながら――」


「話は後にしましょう。それよりも彼女を助け出すのが先の筈です」


「わかってる!! でもな、お前がもっと早く来ていればもっと楽に終わっていた!!」


「その事に関しては重々承知しています。私も慣れていないのです」


罵声を浴びせる男に対して長髪の女は至って冷静に受け流す。

何の反応も示さないせいで男の怒りは収まらない。

それでも今は目的を達成させるほうが優先順位が先だった。

自分の感情を一旦押し戻し、再び長髪の女に向かって話しだす。


「けっ!! ほざいてろ。俺はアイツを倒す、お前は女だ」


「わかりました。手早く済ませましょう」


言うと男と長髪の女は躊躇なくゲートの中へ飛び込んだ。

瞬間、2人の景色は虹色の光に包まれる。

満足に働かない視力となくなる方向感覚の中でも、2人は向かうべき場所を知っている。

見るモノは先に中へと入ってしまった結と魔獣の存在だけ。


「見つけたぞ。先に行け!!」


「えぇ、アナタも油断しないように」


「黙ってろ!!」


光の中で結は溺れていた。

見定めるべき場所もなく、地に足が付かないせいで感じる浮遊感にすぐには慣れない。

どうすればいいのかもわからずに、手足を動かすしか出来なかった。


(何さ、コレ!? 落ちてるの!?)


張り詰めた緊張で声すら出せず、やがて限界を振りきった体力は力尽きる。

動きが目に見えて遅くなっていき、数秒後には動くのを止めた。

指1本動かすのも困難になり光の中へ沈んでいってしまう。


(もう……限界なの……)


尽きかける精神の灯火。

力をなくした結は光の中へ呑み込まれて行く。

消えかけている意識で見えるモノは何処かで見た事のある女性だった。


(だ、誰? でも何処かで)


「ようやく見つけましたよ。アナタにはまだ使命が残っています。諦めてはいけません」


長髪の女は結の傍に近寄り体を優しく抱きかかえた。

背中に回した左手にはベッタリと赤い血が付着し、彼女が危険な状態である事を知らせてくれる。


「キズを負っているのですね。急ぎましょう」


「あ……ぁぁ」


力を絞り出して声を出しても蚊の鳴くようなかすれた声しか出せない。

大量の血を流したまま時間の経過した状態でこれだけ動いただけでも、結は普通に比べればよくやっている。

魔獣と対峙しながら恐怖に飲み込まれる事もなく、持ち前の強い精神力だけでここまで持ち堪えた。

それでもこのまま激しい動きを続けてキズを放置し続けたら生命が危険な状態になる。

長髪の女はそれを理解し、結を連れてゲートから出て行く。


「後は頼みます。ゲートの開放時間も余りありません。すぐに終わらせてください」


「ならさっさと女を連れて行け。邪魔だ!!」


「わかっています。それでは」


男に言葉を残して長髪の女は結と一緒にゲートから脱出するべく浮遊する。

重力の存在しないこの空間で、推進力もなしに長髪の女は自由自在に光の中を動いていく。

遠ざかって行く男の姿を結はぼんやりとする目で見続けていた。


(アイツは……)


「慣れない擬態も、もう終わりだ」


海蛇のように光の中を泳ぐ魔獣。

ヘビの尻尾をクネクネと動かし、スピードを付けて立ち塞がる男に目掛けて牙を剥く。


「キシャアアアァァァぁぁぁ!!」


雄叫びを上げる魔獣に男は一切怯みなどしない。

牙を剥き出して迫ってくる白い魔獣に、男は武器もナシに立ち向かう。

突如として男の体に炎が上がる。

右腕が、全身が、瞬く間に炎に包み込まれていくが男は痛みや熱さを感じていない。

灼熱の炎に体中が包み込まれ、赤い光で男の姿が見えなくなる。

炎に消えてしまった男は自らの能力を開放し、自らの本来の姿を現した。


「グオォオオオォォーーー!!」


炎が弾け飛び火の粉に変わる。

この世のモノならざる雄叫びを上げて現れたのは金色の鎧。

長い尻尾に4本の足を持ち、背中には巨大な両翼が生えている。

体全体に纏っている金色の鎧は神々しく光り輝く。


(金色の、ドラゴン)


長髪の女に抱きかかえられたまま、結はその景色を垣間見た。

けれどもそれを視界に入れるのを最後に結の意識は途切れてしまう。

まぶたを閉じ、自分を助けてくれている女に体を委ねた。

『鎧を纏うドラゴン』、それが彼の本当の姿。

人間ではなく、この男もまた魔獣と呼ばれる存在の1人。

『鎧を纏うドラゴン』は両翼を羽ばたかせ、甲冑に覆われた頭部を敵の魔獣へ向ける。

開かれた眼の先に居る魔獣を睨み、自らの攻撃範囲へ捉えた。

白い魔獣は右腕を振り上げ、鋭く伸びた鉤爪でドラゴンを切り裂こうとするが、全身を覆われた固い鎧に阻まれてしまう。

豪腕から繰り出される攻撃は肉を引き裂かんと狙った首元だが、鎧に指先の鉤爪がへし折られ苦痛の声を上げる。


「グギャアアアァァァ!!」


鎧にはキズ1つ付いておらず、ドラゴンは痛くも痒くもない。

大きく口を開け相手を喰いちぎる牙を晒し、白い魔獣の左腕に噛み付いた。

太い骨に筋が囲っている白い腕に簡単に牙が喰い込み、紫色の血しぶきが上がる。


「キシャアアアァァァ!!」


今までの攻撃とは比べ物にならない激痛が魔獣を遅い、耳鳴りが起きる程の甲高い悲鳴を上げた。

腕を振りほどこうと空いている右手に力を入れドラゴンの頭部を掴む。

頭にも纏っている鎧を引っ掴み強引に上へ持ち上げるが、ガッチリと喰いこんだドラゴンの牙はそう容易くは外れない。

そうしている間にも血が滴り落ち、肉はズタボロに切り裂かれていく。

太い骨もドラゴンの顎で居られてしまい、このまま折る勢いだ。

だがドラゴンは牙は腕から外すと、前足に生えている爪で相手の胸元を引き裂いた。

自らを守る物がない白いヘビは防ぐ手立てがなく、皮膚が切り裂かれ3本の紫色の斜線が胸に刻まれる。


「グゴアァアアア!!」


「シャアアアアアア!!」


吠える2体の魔獣。

白いヘビは自らの臓器で消化液を精製するとそれを口から吐き出した。

強酸性の黄色い液体がドラゴンの鎧に飛散し、白い煙を上げながら溶けていく。

けれども内側にはダメージは通らず、それがわかると今度はさらに接近して消化液を当てようと白いヘビはドラゴンに肉薄した。

頭部を右腕で抱え込み牙を向かれないように押さえ付ける。

両翼を羽ばたかせ暴れるドラゴン。

尻尾を覆う鎧が意思に反応して延長され、2倍以上に長く伸びる。

金色に光る鎧を槍のように扱い、長く伸びた尻尾で両翼の間からそれを左腕にダメ押しとばかりに突き刺した。


「ギャアアアァァァス!!」


痛みに力が弱まり、隙を突いてドラゴンは拘束を振りほどいた。

尻尾の槍も引きぬかれ、白いヘビの左腕はもはや皮一枚で繋がっている状態。

ブラブラと肘から先の腕が少し動く度に揺れ、切断された肉からおびただしい量の血が流れだす。

ドラゴンの力の前に為す術のなくなってくる白いヘビは、もう1度口から消化液を吐き出した。

鎧に掛かり溶かしていく消化液、胴体や頭部のを数枚剥がす事は出来たが結局はここまでで終わってしまう。

目を見開いたドラゴンは視界に白いヘビを確実に捉える。

息を大きく吸い込み、周囲の時間が一瞬だけ止まった。

触れた物質を粒子ごとこの世から消し去る地獄の業火。

灼熱など生易しい程、体が消えていくこの世のモノならざる痛みを死ぬ寸前まで感じながら。

白いヘビは黒い炎に焼き尽くされる。

実生活が忙しくなって遅れてしまいました。

誤字脱字の細かいモノからアドバイスまでどんどん送ってくれると嬉しいです。

ご意見ご感想お待ちしております。

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