表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第16話

『昨夜の11時頃発生した列車襲撃事件、警察の調べでは――』


病室に備え付けられた小型液晶テレビ。

ディスプレイに映し出されるニュースでは昨夜の出来事がどのチャンネルでも報じられて居る。

結はリモコンを掴みアナウンサーが話して居る途中だが電源を切った。


(学校、行く気分じゃないなぁ。制服に着替えた意味なくなっちまった)


向ける視線の先には真っ白なシーツが敷かれたベッドで親友の志保が横になって居る。

左腕はギプスで固定されており、華奢な少女には身動きが取りづらい。


「左腕はもう痛くないか?」


「うん、お医者さんの話でも退院はすぐに出来るって。でもリハビリに3ヶ月は掛かるみたい」


結と笑顔で喋る志保、その表情からは辛い事など感じさせない。

けれどもそれが逆に結には辛かった。

彼女とは対称的に結の表情は暗い。


(事実を知ってるのはアタシだけ。本当の事なんて言える訳ないし、言っても信じて貰えない。狙われてるのはアタシなのに!! 志保は関係ないのに!!)


結の体に入れられたゲートの鍵。

自分では出す事も出来ないし、どう使えば良いのかもわからない。

見る事すら出来ないモノの為に関係ない人達まで巻き込まれてしまうのが我慢ならなかった。


(でも何も出来ない!! タツヤと釈さんじゃないとあのバケモノは倒せない。アタシは逃げるしか出来ない。悔しいよ!! 顔も名前も知らない人が大勢病院に担ぎ込まれた。子供だって居た。それにまた……また志保が傷付くのを見てるだけなんて……)


両手をギュッと握り締め、爪が肉に喰い込む。

ぶつけようのない怒りと悔しさ。

結は苦虫を噛み潰した表情で両肩を震わせる。


「結ちゃん、もしかして自分のせいだと思ってる?」


「え……」


息を呑む結。

志保はそんな彼女の震える手を自由な右手で触れる。

柔らかく温かい感触が伝わり、怒りに満ちてた心にも余裕が芽生えた。


「違うよ。私にも何でこんなケガをしてるのかはわからない。でもこんなのすぐに治るから。そしたらまた何処かに遊びに行こ?」


「志保……」


「昔もそうだったじゃない。今と違って私の方がはしゃいでて、そのせいでたくさん膝とか擦り剥いて。ケガしたのは私なのに、その度に結ちゃんまで泣きそうになって」


「違うんだ、志保。昨日のはその……上手く言えないけど違うんだ」


「違わないよ」


強く握られる手。

志保の瞳も力強く結の事を見て居た。

温かい手、その熱は弱った結の心にまで届き勇気をくれる。


「結ちゃんは昔から変わってないもん。あの時からずっと。だって結ちゃんは優しくて強いから」


「アタシが強い?」


「そうだよ。怖いなら逃げれば良いのに」


語る志保に結もどうするべきか悩む。

口を開けては閉じ、開けては閉じ、視線も明後日の方向を向いてしまう。

それでも志保は手を離してくれない。

振り解いて逃げる事も出来た。

けれどもそうしない結は生唾を呑み込み、意を決して力強く志保を見つめ直す。


「アタシは、昔のアタシは志保が羨ましかったんだ。家の中にばっかり居たアタシを強引に引き連れてさ。アタシの知らない所へグングン進んでく志保がカッコ良かったんだ。アタシもそうなりたいって思った。だから動けた」


「誰かの為に動くのは勇気が居るんだよ。だから結ちゃんは私よりもずっと強い」


「そう言われても強いかどうかなんてわからない。でも!!」


手を振りほどく結。

決断を済ませた彼女は病室を後にしようと出口に向かって歩いた。

ドアノブに手を掛けて振り返る彼女の表情はいつもより凛々しい。


「来年になったらさ、今度は海に行こ」


「うん、新しい水着買いに行こうね」


「行ってくる」


短い言葉だけを残して結は去って行った。

1人残される病室のベッドで志保は結の事を思う。


(ウジウジしてるなんて結ちゃんらしくないもん。それにカッコ良い結ちゃんの方が大好きだもん)


///


病院を出た結は走った。

自分の気持ちが揺らがない様に、心も体も熱くしてとにかく走る。

昼の街には人がたくさん居るが体をぶつけてでも掻き分けながら前に進む。

向かう先は彼らが隠れる潰れたコンビニ。

駆け抜けた先にある荒れ果てたアスファルト、雨で薄汚れた空き店舗がそこにある。

裏口に回り込み割られた窓ガラスを見つけそこから入って行く。

中の床には未だにガラスが散らばっており、油断すると滑り転けてしまいそう。


「結、来たのですか?」


振り向く先にはキッチリとスーツを着た釈が居る。

タツヤもいつもの様に不機嫌そうな顔をして腕を組み壁に背中を支えさせた。

そしてもう1人、見慣れない顔の男が居る。



「その人も仲間なの?」


ビーチサンダルに穴の空いたジーンズとタンクトップ。

肌は黒く、髪の毛はドレッドヘアー。

部屋の中だが真っ黒なサングラスを掛けて居る。

アメリカ人の様な風貌をした男がホコリまみれの床であぐらをかき、まぶたを閉じてジッと動かない。

結の声が届いているのに反応しない男の代わりに釈が口を開ける。


「彼は『弓を使う暗黒魔道士』と呼ばれてます。力を使って貰い、残り1体の魔獣を探して居るのですが……」


「ですが? って事はまだ見つからないのか」


「えぇ、元の世界で擬態するのは極限られたモノだけでしたから。人間に擬態した事による力の低下、相手も逃げ延びる為に全力です。すぐには無理そうです」


折角やる気になったのに腰を折られる無理と言う言葉。

そんな事くらいで諦められず、結は何とかしようと釈に詰め寄る。


「この前ので関係ない人だって巻き込まれたんだ。あと1体なんだろ? このままじゃまた同じ事に」


「結、アナタの言いたい事はわかります。ですが今は手の施しようがありません。残りの1体は慎重なヤツです。これでは相手が動いてからでないと行動出来ない」


真っ直ぐに見つめ返す釈は冷たいくらいに冷静だ。

何もわからない結に魔獣を見つけ出す代案など思い浮かばない。

心が霞みまた表情が暗くなる。

でも諦めたくない気持ちだけは決して折れる事なく結の心の中にあった。

もう1度、力強い視線で釈を見る。


「ならアタシが囮になる。魔獣の目的はアタシなんだろ? だったら――」


「It is useless」


突然遮られる結の言葉、聞こえる英語。

びっくりして振り向くとさっきまであぐらをかいてた男がいつの間にか立って居た。

サングラスのせいで表情はわからないが、その視線は結を見て居る。


「You are hearing it」


「え!? えぇ~っと? あ……アイアムアガール、じゃなくて!!」


英語など全くわからない結は酷く動揺した。

しどろもどろになりながら喋れもしない英語を何とかしようと必死に単語を思い出そうとする。

さっきまでの威勢は何処に行ったのか、額に汗を滲ませながら瞬きもいつもより多い。


「アイキャウントスピークイングリッシュ!! だから~、フロムジャパン!!」


必死に絞り出しても中学生レベルの英語しか口から出ず、発音も全然出来てないので相手に伝わるかは怪しい。

サングラスを掛けた男は何も言わず眉間に深い皺を寄せる。

意思の疎通が出来ない結は相手が怒ってると思いさらに動揺してしまう。


(どど、ど、どうすれば良い? 怒ってるのか? ちゃんと英語勉強しなかったせいか?)


これ以上は言葉すら出なくなり口をパクパクする結。

見かねた釈は男に向かって普通に日本語で話し掛けた。


「結が困ってます。おそらくアナタの言語のせいでしょう。私に合わせて下さい」


「そうなのか? すまない」


言われると男はすぐに日本語を話し出した。

同時に緊張でこわばってた結も口から大きな息を吐き落ち着きを取り戻す。


「に……日本語喋れるの?」


「彼は見た目がアメリカ人ですので、外に出た時はそのようにしてもらってます。私達はアナタに伝わるように日本語を話して居るに過ぎません。本来なら相手に声さえ届けばそれで良いのです」


「英語全っ然勉強してないから焦ったじゃん。このこの~」


「すみません」


謝罪する釈に安堵する結は肘で軽くこつく。

でも笑ってるのは結だけで部屋の中に乾いた空気が流れる。

タツヤは興味なさげに両目を閉じてしまう。


(あ、アレ? アタシのせい? この気まずい空気は)


状況を察するが取り繕う事も出来ない。

呼吸をする微かな音すら聞こえて来るくらいに静まり返りいよいよどうして良いのかわからなくなってしまうが、サングラスを掛けた男が口を開いた。

結は嬉しさに思わず歓喜する。


「擬態を解けばもっと明確にヤツの動きが見えるかもしれん。彼女の案は飲み込めんが、言うように悠長にはしてられない」


「そうするしかなさそうですね。では私達は外へ行きます。何もしないよりかはマシでしょうから。後は任せます」


そう言い残す釈はガラスをハイヒールで踏み付け音を立てながら歩き窓から出て行ってしまう。

話について行けない結は呆然とする。

サングラスの男にわざわざ聞く気にもなれず、会話してた釈も外へ行ってしまった。


「何してる。行くぞ」


「タツヤ……」


いつの間にかタツヤが結の傍まで来ており肩を揺らす。

有無を言わさず腕を引っ張るタツヤに結は黙って付いて行く。

振り返り横目で見たサングラスの男は表情が見えず何を考えてるのかわからない。

窓枠を踏み外へ出た。


「釈さんもう居ない、早いな。これからどうするんだ?」


「お前が言っただろ。敵を探す」


「でも見つけられないんだろ? 闇雲に行くつもりか?」


「そうするしかないだろ、見つけさえすれば勝てる。お前は黙って俺から離れずに付いて来い」


「でも前みたいに一杯人が居る所で襲って来たらタツヤだけじゃ……」


心配したつもりで言った結の言葉にタツヤは鋭く睨む。

けれどもイラつきやすいタツヤの性格を知ってる結は毅然とした態度を崩さない。

タツヤは諦めた様にため息を付き、両手をポケットに突っ込んで大股で歩いて行ってしまう。


「だからどうすんだって!!」


「ぎゃあぎゃあうるせぇんだよ!! アイツを呼べば良いんだろ!!」


怒りながらも言った事は聞いてくれるタツヤをみて結は胸を撫で下ろす。


(もう終わらせないと。怖いのも痛いのも我慢出来る。でも人が傷付くのなんて見たくないんだ。狙われてるのはアタシ、アタシだけ)


覚悟を決めた結の心は強い。

今までは巻き込まれてばかりでどこか他人ごとだったがもう違う。

風に流れる赤く染まった長髪。

瞳の輝きは迷いがない。

ひび割れてアスファルトがボロボロになった駐車場まで出たタツヤは不意に立ち止まり、口元へ指を添えて息を吹きかけた。

空気の流れが甲高い音を生む。

音は何処までも届くくらい鳴り響き、空へ消えてしまう。


「指笛?」


「まだ近くに居るなら聞こえるだろ。戻って来なかったらもう知らん」


「声じゃなくても良いって言ってたから。指笛でも良いのか……」


こう言う事も出来るのだと関心してるとタツヤがすぐに反応した。


「届いたみたいだな。もうすぐ来るだろ」


「そんなのもわかるんだな」


「俺は人間とは違う。何度も言わせるな」


言われるがままに釈が戻って来るのを待つ。

そして何秒かすると向かい側の歩道の先からそれらしき姿が見えて来た。

結は目を凝らして本当にそうなのかを注意深く確認して見る。


(う~ん、黒い……スーツっぽい。やっぱりそうだ)


少しずつ大きくなって来る釈の姿。

でもハッキリ見えて来る彼女の動きは何処かおかしかった。

気が付いた結はハッと息を呑み、恥ずかしさに目を背けてしまう。

釈とすれ違う人も不審な目で彼女を見てしまう。


「何してるの!?」


肘を折り曲げて、足も内股にしながら。

でも表情は変わらず真顔のまま。

俗に言う女走りで釈は結の元へ向かって来る。


「お待たせしました。どうしました結? 顔が赤く見えますが」


「よくそんな事して恥ずかしくないな!?」


「何がでしょう?」


「さっきの走り方だ!! 女走りなんて」


「私も少し走りづらいのです。ですが調べによりますと人間の女性はこの様に走るみていなので、人目に付く所ではこうしてます」


「女走り自体は……まぁ良い!! でも、何か表情が……」


「すみません。言いたい事が良くわかりません。どうすれば良いのでしょう」


意味を理解出来ない釈と上手に伝えられない結。

しどろもどろになる結はどうすれば良いか悩むが、考えが浮かばずに諦めた。


「何て言ったら良いかわからないからもう良いよ。とにかく女走りはもう止めて」


「結がそう仰るなら」


釈は順応に返事を返す。

チラリと見たタツヤはまた両腕を組んで急かすように片足で足踏みして居た。

ご意見、ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ