第13話
オレンジ色のクロックスを履いて、服装はそのままでタツヤと一緒に家を出る。
施錠した結はハンマーで叩いたようなシックな郵便ポストに鍵を隠す。
午後2時、男は働きに出て主婦は外へ買い物か家の中へ居るせいで住宅街に人気はない。
太陽に熱されたアスファルトの上をタツヤは先へ先へ進んで行く。
置いて行かれそうになる結は駆け足気味になりながらも、なんとか隣へ並びながら潰れたゲームセンターへ向かう。
タツヤは鼻をヒクヒクさせ周囲を見渡す。
「臭わない」
「折角高いシャンプー使ったのに、それはないんじゃない?」
「違う!! アイツラの臭いだ!! 誰がテメェの臭いなんて嗅ぐか」
「わかってる。冗談だよ」
激昂し舌打ちするタツヤに結は驚いたりしない。
そう言うヤツなのだとわかってしまえば順応するのは早かった。
右手を髪の毛へ伸ばし、毛先を鼻先へ持ってきてバラの香りを堪能する。
「うん、やっぱ高いのって良いな」
「脳天気なヤツだ」
車道では車が引っ切り無しに通過して行く。
2人しか居ない歩道を歩きながら、忌まわしい記憶が残るゲームセンターに到着した。
雑草が生えてヒビ割れた駐車場。
その所々には黒ずんだ液体の染み。
遠目に見てもわかる程に入り口はグチャグチャに壊さたまま放置されて居た。
車の侵入を妨げるチェーンをを跨ぎ、誰も居ないゲームセンター内へ結とタツヤは入る。
割れたガラス、溶解した鉄に注意しながら潜った結は、暗闇の中へ差し込む光で中の様子を見た。
壁に叩き付けられた空っぽのUFOキャッチャー。
崩れる壁のコンクリート。
真っ赤に染まった白いタイル。
静寂する空間で埃だけが舞っている。
「酷いな……」
「本当なら魔獣の力はこんなもんじゃない。ただの人間が生き延びたのが不思議なくらいだ」
「これからはこういう事がないように、アンタが居るんだろ?」
馴れ馴れしく喋る結にタツヤは睨みを効かせる。
けれども効果はなく、結は1人で2階へ繋がる階段へ歩いた。
そこにも赤い模様が点々と付着しており、奥底へ押し込めた記憶が蘇ってしまう。
治った筈の背中の傷がズキズキ痛む。
「あった……」
静かに呟いた結は階段に転がっている自分のスクールバッグを手に取った。
ファスナーを開けて中身を手で弄り、何ともなっていないのを確認して右肩にヒモを引っ掛ける。
自分の一部だったモノを踏みつけさらに階段を昇り、2階にまで来るとフロア全体を見渡す。
物が何も設置されて居ない場所で、目的の携帯電話を見つけるのは簡単だった。
壁際に捨てられた携帯電話の元へ進み、しゃがみ込んでカバーにヒビの入ったソレを掴む。
尖った破片でケガをしないように、優しく慎重に取り上げる。
裏返して画面を見ても無残に壊れてしまって居た。
「あ~ぁ~壊れてる。マジかぁ~」
落胆する結の背後からタツヤがイライラしながら近寄って来る。
「おい、見つかったのか?」
「え? うん、あったんだけどさ」
ボロボロの携帯電話をタツヤに見せるが、見た所でどう言った状況なのかが理解出来て居ない。
無言で携帯を睨むタツヤを見て結はため息を付いて諦め、ダメ元で電源を押してみた。
少し力を入れるだけでもカバーからミシミシ嫌な音が聞こえて来る。
(まぁ、無理だろうな。機種変するとどれくらい金掛かったっけ? データは移せるのか? アドレスはまた貰えば良いけど、音楽はまた買わないとダメかな~)
心の中で嘆きながら電源ボタンを押す。
バッテリー電力がまだ残って居た携帯電話は、ヒビだらけの画面から眩い光を出した。
結にとってそれは希望の光にも見える。
「ウソ!? 動いた!! ラッキーー!! データ引き継げる」
手の平に収まる携帯電話を両腕で大げさに抱きしめ、瞳に涙を滲ませる。
歓喜に湧く結だがタツヤには彼女が喜んで居る理由がわからず、呆然と立ち尽くして眺めるだけ。
「でもさ、このケータイ。あの魔獣の目玉ぶっ刺して血が付いた筈なのに」
落ち着いた結はじっくりと観察するが、何処を見ても血の1滴すら付いて居ない。
「魔獣は死んだら何も残らない。肉片も、鱗の1枚すらも、この世から消える」
「だから血も消えたのか」
「多分な」
「多分って、詳しく知ってるんじゃないのかよ?」
「俺に細かい事を聞くな。そんなに知りたいならアイツに聞け」
ぶっきらぼうに応えるタツヤに結はそれ異常言及しない。
人名を言わないが釈の事を指しているのだと判断し頷くだけに留めた。
けれどもまだ必要な物が1つだけ見つかっていない結は、微かな願望を込めてタツヤに聞いてみる。
「あのさ、傘知らない?」
「か……さ?」
「そう、傘。外には落ちてなかったし、中にもないし。何処にあるんだ?」
結はあの時の記憶はあまり詳しくは残って居ない。
ずっと握り締めて居たと思っていた借り物の傘が気が付いたらなくなっている。
記憶を遡って思い出そうとするも、悍ましい魔獣の姿と背中の痛みしかわからない。
「さぁな。でもここにないのだとしたら、ゲートに飲まれたのかもな」
「ゲート?」
「あぁ、今ごろは異世界に飛んでるかもな」
「ゲートって、どう開ければいいんだ?」
「それはぁ……」
言葉尻が弱くなるタツヤ。
顎に手を当てて考えるがわかる筈もなく、イタズラに時間が過ぎるだけ。
10秒経っても何も言わず、上昇する気温のせいで結は額から汗を溢す。
ジトッとした目で見つめるがタツヤの頭の中で閃きは起こらず、考えて居るのではなく悩んで居るだけだった。
「もう良いよ。なくなったのなら、もうしょうがない。志保には素直に謝るか」
「良いのか?」
「うん、家に帰ろ。 昨日見れなかったテレビ、FD3で見たいしさ」
立ち上がった結は背伸びして体をほぐし、クロックスの踵をズルズル引きずりながらフロアを移動する。
彼女がする事に興味のないタツヤも両手をポケットに突っ込み階段を降った。
壊れた出入口から出た結はこれからの事を聞く。
「アンタさ、夜はどうするの?」
「お前を守れとしか俺は言われていない」
言われた言葉を呑み込み、しばらく頭で考える結。
意味を理解した彼女は赤面する顔でタツヤを怒鳴り付けた。
「部屋に来る気か!? それはダメだ!! 親になんて説明すればいいんだ!!」
「知るか。テメェが考えろ」
帰路に着くタツヤはいつもの様に彼女を追い抜いて行く。
///
時刻は夕方を過ぎ、太陽も西へ沈む。
夜に覆われた街には半分に欠けた月が光を照らす。
夕食を食べ終えた結の家では、母親の由紀恵が使い終えた食器を泡立てたスポンジで洗って居る。
リビングではシンクを弾く水の音しか聞こえず、蒸し暑さに包まれた部屋に結はだらけて居た。
「あっつ~、母さんエアコン使って良い?」
「まだダメって言ったでしょ。マドを開ければ風入って来るから」
「えぇ~、無理。溶ける」
何もやる気が起きず、フローリングに寝転び頬を密着させ少しでも涼もうとする。
「ひんやりして気持ち良い~」
けれども体を冷やしてくれるのは一時的なモノでしかなく、吸収された体温がまた自分に返って来る。
寝たままゴロンと回転して今度は仰向けになって涼もうとした。
天井に設置された丸い蛍光灯の光に目を瞑るが、それだけで遮る事は出来ず腕で視線の先をカバーする。
でも力の入っていない彼女の腕はダランと顔に落ち、暑さからは逃れられないと諦めた。
(母さんにどれだけ言ってもダメだ。それに隠れて自分の部屋のエアコン付けたらマジで怒って来るしな。何か良い方法は……)
思考がまともに働かない状態でも悪知恵だけは思い付く結。
寝転がって居たフローリングから勢い良く立ち上がり、由紀恵に言葉を残して家から出て行く。
「志保ん家行って来る」
「良いけど、もう夜だし迷惑掛けないでよ?」
「わかってる」
開けっ放しのリビングのドアから玄関まで進み、裸足のままクロックスを履いた。
玄関を開けアスファルトを跨いだすぐ先にある家のインターホンを押し込み、中から返事か返って来るのを待つ。
『はい』
「あ、志保? アタシだけど」
『あぁ、結ちゃん。すぐに行くから待っててね』
音声がブツリと切れ、しばらくしてからサンダルを履いて志保がやって来た。
結とは違いキチンとした部屋着に着替えている彼女は清楚で、縞模様のロングスカートが夜風で靡く。
通気性の良いシャツは少しサイズが大きく、体のラインは見えにくい。
「昨日は学校休んで心配したんだよ。何かあったの?」
「まぁ、色々とな。中で話すよ」
「うん。チーズケーキ用意するから、私の部屋に行ってて」
2人は一緒に玄関を潜り、履物を脱いで結は続く階段を登った。
向きを揃えた白いサンダルと適当なままのクロックス。
勝手知ったる他人の家の如く、薄暗い通路の先でドアの隙間から明かりの漏れる部屋へ入って行く。
ベランダへのマドが開かれてそよ風が白いカーテンを揺らす。
結はマドを閉じカーテンを引いて外の景色を遮断し、机の上に置かれたリモコンを手に取った。
水色のゴムに冷房と書かれたボタンを押し、電子音が鳴った後に壁のエアコンが動き出す。
機械が部屋の水分を取り込み涼しい風が漂う。
「はぁ~、生き返る」
リモコンを置きベッドに腰を降ろす。
スプリングが弾み体が僅かに浮かぶ。
フカフカの布団の肌触りを感じ、そのまま力を抜いて仰向けに転んだ。
枕の傍に置かれている目覚まし時計の秒針が時を刻み、静かな部屋では自分の心臓の鼓動が響く。
涼む結は頭を空っぽにして天井を眺めて居ると、階段を登る足音を聞き体を起き上がらせる。
ノブを捻りドアを開いた先にはトレーにケーキとティーカップを載せて運ぶ志保が居た。
「サンキュー、志保」
「ありがとう。テーブル出してくれる?」
「あぁ、押入れだっけ?」
言いながら結は押入れを開けて中を探した。
足が折り畳まれた木目調のテーブルを引っ張りだし、ステンレス製の足を固定させて部屋の中央へ設置する。
志保は足の短いテーブルにしゃがみ込み、持って居たトレーを置いた。
「ちゃんとベークドチーズケーキ買っておいたからね」
「うん、好きなんだよ。コレ」
結もテーブルの前へ対面して座り込み、自分の分を手元へ引き寄せる。
右手にフォークを掴み、銀紙に乗せられた三角形のチーズケーキの先端を刺した。
指越しに伝わる生地の抵抗感とサクッと切れるクッキー。
口の中にチーズの芳醇な香りが広がる。
「ペアーゼのだから美味しいでしょ?」
「味の違いなんて良くわかんないけど、美味いなl
「そう、良かった~」
ケーキを食べる結を眺めながら志保は笑みを浮かべた。
チョコレートケーキに巻かれた透明のビニールを剥がし、皿の隅へ丸めて置く。
トッピングのブルーベリーを2つ、ココアパウダーで色付けされたクリームと一緒に一口食べる。
「うん、美味しい」
「あ~、それでさ。ちょっと言い難いんだけど」
「どうかしたの? 結ちゃんらしくないよ」
「あぁ、前に借りた傘なんだけどさ。その……壊しちゃって」
フォークを動かす手を止め、俯きながら申し訳無さそうに小声で言う結。
それを何とか聞き取った志保は怒る訳でもなく、また笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、アレは貰い物だから」
「いや、でも……結構、値段高いみたいだし」
「気にしなくて良いよ? でも結ちゃんが気になるなら、明日の放課後一緒に買いに行こ。私はそれで良いから」
「本当に?」
「うん。それに最近は一緒に遊べなかったし」
あやすように話し掛ける志保。
彼女の嘘偽りのない反応を見て、結はまたフォークを動かす。
「ならアニオンに行こ!! 携帯の画面壊れてさ。買い直したいんだ」
「わかった。夜ご飯も中で食べよ」
フォークは土台のクッキーを器用に避けて、結の口元に運ばれて行く。
食べ終わる頃には元の形は残したまま、生地だけがなくなった状態で置かれて居た。
「結ちゃん、変な食べ方するよね」
「いいだろ、残す訳じゃないんだから」
赤面して応える結。
部屋の中は和気あいあいと楽しむ2人の会話で、しばらくの時間包まれた。
カーテンの隙間から漏れる明かり。
タツヤは夜の闇に隠れながら外でじっとそれを見守る。
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