聖騎士ジェラン
「ジェラン殿!」
聖騎士ジェランは司祭が呼ぶ声に、振り返った。彼は〈魔術師〉の討伐から帰ってきたところだった。
「どうしたのだ、司祭殿」
「ジェラン殿がこの間連れてきた少年のことなんですが……」
「エシオンが?」
「共同墓地の前の扉から離れようとしないのです。あそこは立入禁止だというのに」
ジェランの脳裏に力のない兄を抱きかかえる少年の姿の像が浮かんだ。
「交渉しても、動かないというのか?」
司祭はうなずいた。
「皆で試してみたのですが……」
聖騎士はすぐさま共同墓地の扉へ向かった。
扉の脇でうずくまる少年の姿を見つけるのは容易だった。ジェランが近づいてきていることに気づいてないようだった。
「エシオン」
少年は生気のない目を聖騎士に向けた。助け出したときより痩せこけたその顔は、墓地の中で死霊を思わせた。
「ジェラン……」
聖騎士は隣に座り込んだ。
「そなた、どうして墓守の真似事をしているのだね?」
「それよりどうして、ここは立入禁止なの? 兄ちゃんはあそこで眠っているのに」
「エシオン、ここはな、魔力で汚染された遺体を扱う場所なんだ。この部屋に入ることは相当危険だし、死者の場所だから生者が入ってはいけないのだよ。だからここに大切な者を運ばれた遺族は、ここで祈るんだ。一緒に祈ろう」
二人は扉の前で祈りを捧げた。祈り終えると、エシオンはまた膝を抱えた。
「ジェラン、あんたになら、話していいかもしれない。あんたはおれを助けてくれた。だから分かるだろう。兄ちゃんがどうやって死んだか」
聖騎士は口を固く結んだ。あの時の光景は魔術戦争を見てきた男でも、衝撃的なものだった。あの〈魔術師〉が野望のために犯した最初の罪。それはこの双子から母親を奪うものだった。次は双子の片割れ。魔術を使うには、強い感情が込められた血で書かれた魔法陣が必要になる。その血を双子の片割れであるエシオンから取ろうとしていたのだ。憎しみを募らせるため、あの父親は何日も兄を苦しめた。そして――。
エシオンはそのことを思い出したらしく、自分の膝を強く握った。
「死ぬべきなのは、おれだったんだ。おれは父さんが憎かったのに、目の前で死んでいくヴァラン兄ちゃんを見殺しにしたんだ。兄ちゃんは最期までおれを気遣っていたんだ。自分が死にかけていたのに。なのにおれの頭の中にあったのは、自分に降りかかるであろう恐怖だった。迫ってくる自分の死しか考えられなかった――」
ジェランは言葉をかけずに、ずっと聞いていた。
「理不尽だよ。兄ちゃんのほうが立派に死んだっていうのに、救われたのはおれだけなんだから。だから、おれは救われないんだ。兄ちゃんを見殺しにしたんだから。おれに出来る償いはこれしか思いつかなかったんだ……」
ジェランはエシオンの肩に手を置いた。エシオンははっと顔を上げた。
「そなたは生きたいと思った。それが間違っているはずがない」
エシオンは黙り込んだ。ジェランは肩から手を離した。
「聖騎士にならないか?」
少年の目には絶望が色濃く映っていた。
「おれに? 〈魔術師〉の子どものおれに、なれるのか?」
「神は改心した者を拒まない。そなたこそ、聖騎士になるべきだ。そなたは大切な人を喪う苦しみを知っている。そなたならば、よい聖騎士になるだろう」
エシオンは手の甲で強く目を擦ると、立ち上がった。
「聖騎士は〈魔術王〉を倒せるの?」
「駆け出しの〈魔術師〉ならばな」
エシオンの目に光が宿った。
「教えてよ。聖騎士になる方法」
ジェランはエシオンが自分が捨てようとした命を拾って、兄の遺志を継いで聖騎士になりたいのだと思っていた。だが、エシオンの中で渦巻いていたのは、もっと強く、禍々しい感情だった。おれは一人でも多くの〈魔術師〉を殺してやる。誰よりも強い聖騎士になって、兄ちゃんを苦しめた〈魔術師〉たちの野望を打ち砕いていやる。




