検閲所
「〈魔術師〉の遺体? これで十二人目か」
オクトールは最近あった同様の事件簿を見比べていた。その顔にはパズルを解く子どものような笑みが浮かんでいた。彼は地図に赤丸を書き込んでいった。
「ここと、ここと……ばらつきがあるな。何かを探して国中を巡っているのか?」
「〈魔術師〉同士の小競り合いという可能性はないのでしょうか?」
宰相の言葉に〈灼熱王〉は呆れた声を上げた。
「その遺体は全部血から魔力が抜かれているんだ。そんな芸当は並の〈魔術師〉じゃできないよ。それに遺体の持ち物には〈空鬼使い〉の貼り紙がある。〈空鬼使い〉を捕まえようとして返り討ちにあったんだろうね」
「しかし、このままでは国民に混乱をもたらすことになりますぞ。それは何としても……」
「うん、そうだね。〈魔術師〉に任せるのも危険になってきた。〈空鬼使い〉の実力は噂に違わぬ相当なものだし、〈魔術師〉が国民を巻き込まないとも限らない。……うん、各町に入る入り口に検問所を設置しよう。紫色の目なんだ。来たら分かるさ」
エシオンの目の前には、魔人の姿があった。蛙のような太った身体、コウモリのような翼……それは空鬼だと分かった。だが、少しようすが違った。その空鬼の顔は驚くほど人間に似ていた。彼らは襲った人間を丸呑みにしていた。それがただの魔物だったなら憎悪を感じただろうが、今のエシオンは恐怖が支配していた。
エシオンは自分の身体が喰われるような苦痛を感じ、その場にうずくまった。彼の身体は〈人間〉を失い、〈魔人〉と化していった。そう、空鬼もこうして愚鈍な魔物になったのだ。背中から翼が生え、額からは角が皮膚を突き破って生え出す。そこにいたのは黄金色の魔王だった。
エシオンはそこで目を覚ました。彼は不快に響く頭痛に頭を抱えた。
「エヴィレイ、お前が今の夢を見せたんじゃないだろうな?」
〝魔人は夢を見ないし、見せることなどできないぞ〟
「夢を見ないのか?」
〝魔人は魂を持たない。そして夢は魂の活動なのだ。魔人の魔力は精神に影響は与えられないし、屈強な魂には勝てない〟
「魔王でもか?」
〝それは魂が肉体的苦痛にどれだけ耐えられるかによるな〟
エヴィレイの言葉にエシオンは背筋が凍った。魔王がわたしの意志に反して無理矢理復活しようとしたとき、自分はあの喰われるような苦痛に耐えられるのだろうか?
「さて今日も行くか」
彼は寝台から飛び降りた。
エシオンは町を巡りながらテトゥアを捜していた。エヴィレイはもう呆れて何も言わなくなった。
彼はまず町中の宿屋にテトゥアのような娘を見なかったか聞いて回った。彼らは大抵宿泊者のリストを読んで首を振るのだった。巡り終えると、今度は別の町へ旅立つ。彼の一日はそれで終わりを告げてしまう。この生活が一月続いた。宿賃はもう底を尽きかけている。
だが、この日は違った。町を囲っている門の前で兵士が出入りする者の身体検査を行っているのが見て取れた。検閲所だ。厄介なことになった。この町から抜け出せないぞ。彼は魔王の力を借りたくなかった。血の魔力をひねり出さなければならないし、空鬼の件のようにろくな結果にならないからだ。
彼は運河を見つけた。路地裏を見れば、空になった木箱がある。箱を抱えれば意外と重かった。エシオンはそれを運河に投げ込んだ。
水しぶきの音に兵士たちが反応した。一人は音のあった運河へ駆け出し、もう一人は検閲所に残った。
運河に着いた兵士は怪しいものが浮かんでいないか槍をかまえながら目を凝らしているのを路地裏から見て取った。
エシオンは兵士に背後から忍び寄り、次の瞬間彼は鎧と兜の間に出来た隙間から首筋に籠手で一撃を見舞った。
「すまないな」
気を失った兵士を路地裏に引きずり、鎧を脱がせた。自分の籠手以外はその鎧を身につけ、槍を持つと、検閲所の兵士と合流した。
「どうだった?」
「何者かが運河からこの町を抜け出そうとしたらしい。まだ遠くには行っていないはずだ。おれは奴を追う」
「待て」
エシオンはどきりとした。
「いつもより堅苦しいが、どうした? それにその籠手……」
エシオンは籠手で兜を殴りつけたが、警戒していた相手にかわされた。兵士は槍をかまえた。
「お前がお尋ね者だな。殺すわけにはいかない」
〝我らは殺してもかまわないがな〟
「黙れ」
エシオンの言葉に兵士はかっとなり、槍で突いた。お尋ね者は槍をかわしてその柄をつかみ、相手の動きを封じた。それから自分の槍で足払いをしかけた。兵士は倒れた。エシオンは兵士の槍を投げ捨てた。兵士は死を覚悟した。
「どうした? 殺さないのか?」
「おれはただこの町から出たいだけだ。殺すつもりはない。いや、殺すのはこりごりなんだ」
エシオンは門を通り、町を後にした。




