森
エシオンは朝の光に目を覚ました。彼は森の木々を屋根に、一晩を過ごした。半魔人はこわばった身体をほぐし、歩み始めた。これほど穏やかな気持ちは初めてだった。森は外の戦場に関係なく生い茂り、人の手がないゆえに壮大だった。
〝目を覚ましたか〟
エシオンは自分の中に響く声で、闇に叩き込まれた気分になった。
「なあ、わたしたちは何をしているのだろうな? 生き物の繋がりは本来互いを喰らい合うより共生するものだと思っていたのに。昨日は二人を殺してしまった」
〝経典の次は、食物連鎖か。この森だって死骸の魔力を得て育っているのだぞ? 死した者が土壌を作り、木々を生やすのだ〟
「お前はどこまでも魔力に飢えているのだな」
〝魔人の生命力なのだ。命に執着することの何がいけない?〟
彼は自分の抱えている最も深い闇をまさぐられ、さらに不快感を覚えた。
「お前は復活したいのか?」
〝当たり前であろう? 〈悪夢の創造主〉を恐れる阿鼻叫喚をせしめたいものよ〟
エシオンは鼻で笑った。魔王は支配欲の塊だ。
〝行くあてはあるのか?〟
「さあ、分からない」
〝分からないだと? 〈魔術王〉は多くいるのだろう?〟
「〈魔術王〉として名乗れる者は数少ない。大抵は〈魔術師〉同士の小競り合いで死ぬんだ。それに〈魔術王〉は軍隊を持っている」
今思えば無謀な契約を結んだものだ。わたしも魔力でやられたのだろうか?
エシオンは人の声が聞こえ、木に身を隠した。彼は息を殺し、耳をすました。
「見つかったか?」
「いや、半魔人の痕跡はない」
半魔人という単語にエシオンは自分のことを捜している〈聖霊教団〉だと悟った。
「この森も広いからな。引き続き捜索しよう」
聖騎士たちはエシオンと反対の方向へ去っていった。エシオンはほっと息を吐き、ここから離れようと身を屈めながら進んでいった。慎重に進んだはずだが、枝の折れる音が響いた。聖騎士たちが背後の音を聞きつけ、近づいてくる。おかしい。わたしは枝を踏んでいないはずだ。エシオンは草の陰から覗き込み、聖騎士が向かっている方向が自分のいるところと少しずれていることに気づいた。
その先にいたのは、自分より少し年下くらいの人間だった。茶色のつばの広い帽子で顔は見えない。身に付けているものはぼろ同然で、袖から出ている腕は枝のように細かった。今は茂みに隠れているが、見つかるのは時間の問題だ。
エシオンは木の陰から躍り出ていた。彼は右手の甲に浮かぶ赤い目を見せつけた。
「こっちだ!」
聖騎士たちは目標を見つけると、聖剣を抜いてかまえた。
〝何をする気だ?〟
「エヴィレイ、手を出すなよ」
エシオンは右手の力を抜いて、左手をかまえた。迫ってくる聖騎士の剣をかわし、左手を首筋に打ち付けた。気を失った聖騎士が落とした剣をすかさず左手で握り、もう一人の聖騎士のあごに突きつけた。
「わたしはあなたを殺す気はない。だから、本部に帰れ」
聖騎士は動揺していた。エシオンはその聖騎士モフェルを知っていた。
「エシオンか? なぜルクイドを殺した?」
「わたしの意志じゃない。わたしは――」
「お前は自分の行動を、その結果を否定するのか? そんなことしてルクイドは甦るのか? 死ななかったことになるのか?」
その言葉はエシオンに残酷なまでに響いた。聖騎士は歯を食いしばり、涙をあふれ出させまいと下まぶたをけいれんさせていた。
「頼む。わたしが憎いのも分かる。だが、情けをかけてくれ。ルクイドのようになりたくなければ、本部に戻れ」
モフェルは決して怯えていなかった。
「必ず、お前には神を捨てた報いを受けるだろう」
モフェルはそう言い残し、気絶しているもう一人を引きずって歩みだした。裏切りと解釈されるだろう。だが、わたしにはもう道がないのだ。そう、わたしは自分の生き方を選択出来る人間ではないのだ。彼は地面に落ちている聖剣を見つけた。魔術戦争で死んでいった兵士たちを思い出した。彼らは魔力で歪んだ身体を、聖剣で清められるのを望んでいた。エシオンもまた魔力にまみれた身体に聖剣を貫く衝動に駆られた。彼は左手で剣を持ち、胸にめがけて突き刺そうとした。




