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殺人鬼と魔法庁

放課後。

僕は今、無人の街を一人歩いている。

もちろん、最近休んでいた日課を果たすためだ。

とはいえ、実際は現実逃避のためではあるが。

「どうしてこう、ややこしい事になってるんだか・・・」

僕は夜の街を、今回はゆっくりと歩きながら呟く。

夜気が、心地よい。

「僕はただ、平凡に過ごせたらそれでいいんだけどなぁ」

全身黒尽くめの男が、深夜にぶつぶつと一人呟いている光景はまさに不審者にしか見えない。

実際不審者どころの騒ぎではないが。

それにしても、思う。

殺人鬼なんてやっていながら今更平凡も何もないが、それでも平凡を求める僕がいる。

明らかな矛盾。

矛盾した結果を、僕は望んでいる。

それが馬鹿げていることくらいは理解しているつもりなんだが。

「・・・ま、今度考えようか」

僕は思考を放棄する。

せっかく気分転換にきたのに、結局考え込んでしまっては意味がない。

取りあえず僕は、今夜の獲物を見つけるために、ぶらぶらと歩く。

今日はなんだか歩きたい気分なので、走らない。

夜の散歩も、これはこれで風情があっていい。

監視カメラとかの映像も怖いといえば怖いけれど、まぁ、なるようになる。

というか、たまには噂の殺人鬼君の姿を堂々とカメラに映すのもいいんじゃないだろうか。

捕まらないように最低限の注意は払っているつもりだし。

・・・それにしても、やっぱり散歩は気持ちがいい。

誰もいない路地裏。

夕方までは子供たちが元気よく帰宅していた通学路。

どこにも人がいない。

まるで世界が自分だけになったような、そんな高揚感。

まるで、世界に自分一人しかいないかのような、開放感。

そんな、久しぶりの自由を満喫する。

しかし、世界はいつでも唐突だ。

いつも唐突に、事実だけを世界は突きつける。

それは今回も例外ではない。

唐突に僕のささやかな時間は失われる。

つまりどういうことかというと。

「・・・・」

目の前の道を、二人の男が通り過ぎていった。

明らかに何かを警戒するような、怪しげな様子で。

夜道だから殺人鬼を警戒している、というのともちょっと違う。

後ろ暗い人間を何人も殺めた僕だからわかる、あれは闇に染まったものが光を恐れる仕草。

つまり、犯罪者が一般人を恐れる仕草。

せっかくの気分が削がれたことは不服ではあるが、こちらもなにやら面白そうだ。

僕は気配を消したまま後を追う。

幸い、こちらのことはまだ気づかれていないようだ。

「・・・」

二人は無言で、足早に夜道を歩いていく。

その後ろを、十歩ほど離れて僕が歩く。

魔法で気配・・・僕に関する視認と音を阻害しているとはいえ、この距離で気づかれないのも驚きだ。

前の二人の鈍さに軽く驚きながらしばらくついていくと、ずいぶんと寂れた一角に着いた。

二人はそこの、工場跡のような場所に入っていってしまう。

「・・・これはますます面白・・・キナ臭くなってきたね」

僕はそう独白する。

これはほんとに、愉快なことになった。

もしかすると、今夜の獲物は大量かもしれない。

そのことに僕は喜びを隠し切れず、仮面の下で薄く笑う。

そして僕は気配を消したまま、二人の後を追って建物の中に入る。

工場の中など初めてなので、迷路のような道をはぐれないように二人を追いかける。

建物の中は予想よりはしっかりとしているものの、ずいぶんと薄暗く、埃っぽい。

ここが昔何の工場だったのか知らないが、たまに素通りするする部屋の中にはずいぶんと大きな機械も点在していた。

そんな建物の中を、迷いもなく進む二人の様子を見て、少々うんざりする。

よくもまぁ、こんなところ我慢が出来るものだ。

掃除ぐらいしようとは思わなかったのか。

どこか場違いな感想を思いながらついていくと、どこかの扉の前に三人目の男が現れた。

僕はばれないように身を隠すと、三人の様子を伺う。

三人は二言三言言葉を交わした後、錆びたドア特有の大きな音を立てて三人とも扉の中に入っていく。

どうやら目的地は、その扉の中のようだ。

物陰から身を起こした僕は、ゆっくりと扉に近づく。

何の変哲もない、鉄製の扉。

ただの散歩が、この扉に導いてくれた。

扉の中にはいったい、何が入っているのか。

今すぐ開けて確認したいが、それでは面白くない。

僕は自身に聴力強化と透視の魔法をかけ、自分の登場する場面まで待つことにした。


私、川凪渚かわなぎなぎさは今、極度の緊張状態にあった。

原因は、数時間前のこと。

「今夜、件のテロリストモドキを一掃する」

魔法省特別対策課のトップ・・・つまり私の直属の上司が唐突にそんなことを言った。

「は?」

いきなり緊急の話があるといわれ、彼の執務室に来た私を迎えてくれたのはそんな一言。

私もこれには、思わず頭がついてこない。

しばし私が混乱のふちにいると、上司である鷺沼孝二さぎぬまこうじがコーヒーを片手に呆れたような視線を送ってきた。

「ふむ、私としてはこれ以上ないくらいに簡潔に述べてあげたのだが。しかしこれでも、川凪君は理解できないようだね。では言い方を変えよう。今夜、例の案件を片付ける。これならわかるかね?」

「はい・・・いえ、そういう意味ではなくてですね」

私は首を振り、まだ若い上司のいけ好かない顔に否定の言葉を吐く。

というか、絶対わざとやっているな、こいつ。

「私は、どうして急に方針を変えたのか。どうして私を呼び出したのに挨拶を省いたのか。そして不本意ながらもここのトップであるあなたが部下が目の下に隈を作って働いている中どうしてコーヒーを飲んで寛いでいるのかがわからなくて疑問の声を上げたまでです。別にあなたの言葉が理解できなかったわけではありません。あなたの頭が理解できなかっただけです」

「・・・相変わらず手厳しいね、君は」

捲くし立てるように言う私に、さすがの鷺沼といえども顔に苦笑を浮かべる。

しかし私は、憮然とした気持ちが治まらない。

全くこの人は、いつもこうだ。

いつもふとした思い付きで勝手に行動指針を変えてくる。

いきなりのことに慌てる私たちのことなど、少しも考えてはいない。

振り回される私たちにもなってほしい。

しかしまぁ、いつもそれで想像以上の良い結果を残す人なので、文句を言うにいえない。

これだから天才というものは。

「まぁ、機嫌を直しておくれよ。今回はちゃんと、理由があるんだから」

私の態度が硬いままなのを見て取り、少しだけ鷺沼も口調を改める。

そして真面目な表情で、重々しく告げる。

「事態は思っていたよりも、切迫していたようなんだ。所詮、考えなしのアウトローだと気にも留めていなかったんだが。彼らへの認識を、どうやら改めなければいけないらしい」

そこで鷺沼はいったん言葉を区切り。

「・・・彼らの起こす細かい事件の所為で、私の休日が削られつつあるんだ」

なんとも辛そうに、そう言い切った。

「・・・わかりました。みんなには今日は帰って寝ろといえばいいんですね?」

「それでは私の仕事が増えてしまうぞ!?」

「増やしたかったものですから」

なんて馬鹿な上司なんだろう。

途中から真剣に聞いていた私が馬鹿みたいだ。

というか、本当にそんなことで私を呼び出したんだろうか、この人は。

・・・否定できない。

「それで、結局冗談なんですか?本気なんですか?」

「むぅ、せっかくの息抜きだったのだが。まぁ、それはともかくとして。・・・本気だ」

そう言う鷺沼の目には、今度こそ本当に真剣な光が宿る。

「正直に言って、奴らのことなど構ってられんほど忙しかったからな。さほど危険視をしていなかったのだが。しかし一昨日、君のほかに潜入させていた者から報告があった」

鷺沼はここで少し声のトーンを落とす。

私はその様子に、次の言葉を聞き逃すまいと身構える。

そんな私を、鷺沼はちらりと一瞥すると。

「・・・殺人だ。それも、関係のない一般人を殺したらしい」

悔しそうに顔を顰め、そんな言葉を吐く。

しかし私は、そんな彼の様子に気を配る余裕はない。

・・・聞いてない。

彼らから、そんな話は聞いていない。

そのことに、驚きを隠せない。

私も捜査員として、例のテロの元に彼らの仲間として潜入していた。

それなりに彼らの上のほうに食い込み、ある程度の情報も聞けるほどには、信頼されているという自負もあった。

これならば、組織ごとまとめて捕まえることができる日もそんなに遠くはないだろうと。

しかし私は、この事について何も知らされていない。

私が魔法省の人間だとばれた?

しかしそれなら、すぐにでも殺されるだろうに。

わけがわからない、そんな顔をした私の表情を性格に読み取り、鷺沼が否定するように首を振りながら言葉を続ける。

「いや、おそらくだが君たちのことが奴らにばれたわけではないだろう。ばれているのなら、既に組織の上のほうの人間の顔まで知ってしまっている君たちを生かしておくことはないだろう。だがそれでも、確実とはいえない。彼らには、早急に消えてもらうしかあるまい。あまり自分の部下を危険な目にあわせておきたいわけではないしね」

それに、と鷺沼は続ける。

「それに、奴らの例の計画のこともある。どちらにせよ、手をこまねいている時間はない」

「例の・・・大停電のことですね?」

「そうだ。まったく、発想は可愛らしいのだが、如何せん、効果のほどは折り紙つきだからな。東京を長時間にわたって停電など、経済にどれほどの打撃を与えるか。そもそも奴らの目的は、魔法による格差社会をなくすというものだろう?いくら自分たちの意見が無視されるからといって、これでは本末転倒だろうに」

やれやれと、疲れたように首を振る。

そして私のほうをビシィッと指差すと。

「そこでだ、川凪君。奴らの今夜の集会場はわかっているのだろう?そこへ乗り込み、うまく捕まえてくるのだ。帰ったら打ち上げだ」

「成功することが前提で話が進んでいる気がするんですけど?」

「当たり前だ。君が失敗することなどあるのかね?いつものように、よろしく頼むよ」

さ、行った行ったとばかりに手を振ってくる鷺沼。

・・・軽く殴ってやろうか。

だがまぁ、行くしかあるまい。

今回ばかりは、鷺沼も本気のようだから。

「人員は、こちらで勝手に決めていいんですよね?」

「ああ、好きにして構わんよ。この件に関しては君に一任する」

「わかりました。では、ここの事務員を全員連れて行くので、留守番お願いします」

「それは私に他の仕事をすべて押し付けるという意味かね!?」

「・・・冗談ですよ」

想像するだけで死んでしまう、と顔を青くする鷺沼に軽く微笑む。

「それでは、行ってまいります・・・・鷺沼大臣」

そういって私は、彼の執務室から出た。

・・・ここまでが、ほんの数時間前の出来事。

今の私はというと、既に例のテロ集団の今日の集会場である廃工場に来ている。

部下たち・・・武装員は周辺に隠れて待機させてある。

後は私が、鼠が逃げられないように誘導すればいい。

幸いまだ、私が彼らの敵だということはばれていないはずだ。

逃げられないように、確実に仕事をこなさなければ。

私はさすがに緊張しながら、しかし怪しまれないよう自然に建物の中へ足を踏み入れた。


「例の女を殺そう」

僕の耳が捉えたのは、そんな言葉だった。

「諸君らに集まってもらったのは他でもない、あの女を今夜殺す、その実行のためさ」

中央に立った、おそらくは男たちの中で一番立場が上なのであろう男がそう告げる。

そしてその突然の発表に、中にいた男たちは騒然となる。

意味がわからない、そんな顔をして自分たちのリーダーを見る。

しかし男はその様子に肩をすくめ、

「どうやらあの女は、私たちの敵だったようだ。魔法省の、それもかなり上のほうの役人だったらしい」

なんでもないことのように、そう言い切る。

しかし周りはそうはいかない。

聞いた男たちは、さらに動揺を強くする。

やがて軽い混乱の中、耐えかねたように一人の男が進み出た。

男は困惑を顔に浮かべ、リーダーの言葉に疑問をはさむ。

「それは彼女が、魔法省を裏切っているってことじゃないのか?それに彼女は、俺たちの考え方にも賛同していたし、とても信頼できる性格をしていたように思う。何があったかは知らないが、殺すっていうのは早急すぎ・・・」

「ばぁかだろ、お前」

「な!?」

中央の男は進み出た男の言葉に不快そうな顔をして口を挟む。

そしてさも当然といわんばかりの顔で、

「あの女が我々の仲間なら、どうしてそんな重要なことを隠す?魔法省を裏切ってレジスタンス入りしたのなら、どうしてまだ魔法省にいて、我々に報告しない?すっかり誑かされて、馬鹿じゃないのかい?まさか君も、あの女の仲間とか?」

疑るように、面白くもなさそうに、中央の男は自分に意見した男を覗き込む。

じっと見つめられた男はさすがにぶるぶると横に首を振る。

そんな男の様子に満足そうに頷き、周囲をぐるりと見渡す。

「では、早急に始末しようじゃないか。彼女には私の顔も見られているからね、長いこと野放しには出来ない。一昨日の一般人のこともある。目立たないように殺しは控えていたのに、死体を一つ作ってしまった。彼女を殺し、明日例の計画を実行しよう。例の、殺戮劇をね」

そこでリーダーの男は薄く笑うと、

「さて、何か質問はあるかね?ないならば、早速準備を始めたいと思うが」

「そうだね。まずは、君がどんな悲鳴を上げてくれるのかが知りたいかな」

「誰だ!!」

唐突に発せられた僕の声に、中央の男が鋭く叫ぶ。

ふむ、典型的な悪役の言葉だね。

じゃあご要望にお答えして、彼の問いに応えてあげよう。

僕は目の前のドアをゆっくりと開ける。

その様子をリーダー格の男が睨みつけるように見ていたが、次第にはっきりしてくる僕の姿にその顔が驚きに歪む。

「やぁ、こんばんは。巷で噂の殺人鬼です。以後、お見知りおきを」

「・・・殺、人鬼・・・」

どこか呆然としたように呟く声に、僕は慇懃に一礼する。

わざとらしい挨拶だが、わざとやっているのだからしょうがない。

それに、せっかくのサプライズなんだ。

少しぐらい楽しめるように演出しなくては。

「何をしに、ここへ来たんだ・・・?」

先程まで部下に接していたときの勢いはどこへやら、恐る恐る、男は尋ねる。

その様子に、ふむ、とわざとらしく顎に手を当てるようにして。

「最近運動していなかったから、体が鈍ってしまっててね。むさ苦しい男ばかりで残念なことこの上ないが、僕のダンス相手になってもらおうと思って」

そう、死のダンスの。

言外に僕は、彼らへの死刑宣告をする。

すると周りの男たちも、面白いように皆顔を青くしていく。

そんな男たちの様子に、僕はなんとなく肩をすくめる。

それにしても、僕も恐れられたものだ。

向こうは多勢、こちらは無勢だというのに。

まぁ、残虐な殺害方法と、魔法省すら補足出来ないほどの魔法力の高さを持っている、なんてテレビで放送されてたから、無理もないか。

魔法省といえば、魔法関連の警察とも言われて、迷宮入り事件は無し、犯罪者に一片の隙も与えず確保する、ある意味化け物集団というイメージがあるから。

そんな奴らでも補足出来ていないのだ。

ちょっと位の人数差など、物の数には入らない。

実際、前に十人の人間を瞬殺したこともあるし。

そんなわけで、彼らでは僕に対処できないだろう。

さて、どうしてやろうか?

「固まってるとこ悪いんだけど、僕も退屈しててね。さぁ、一番手は誰から相手をしてくれるのかな?それとも、みんなで仲良く踊るかい?」

顔を青ざめ震えている男たちに、僕は首を傾げながら尋ねる。

僕の問いに、誰も答えようとはしない。

面白くないが、このまま一気に殺してやろうか。

あまりに男たちが動かないので、そろそろ真剣に検討し始めたころ。

「く、くくくくくくくくくく・・・・・」

リーダー格の男が、唐突に笑い出した。

気でも触れたのかな?

たいした恐怖でもないだろうに。

そう思って男を見ていると。

「くくくく・・・・あははははははははは!!」

声をあげて、男は笑う。

愉快そうに、哀れむように僕のことを見て笑う。

「あはははは!!君もずいぶんと間抜けだねぇ!私たちが武装していないと、どうして思う?」

そういって男は、懐から銃を取り出す。

それに触発されて、男たちも慌てて銃を取り出す。

男たちの大半が手にしているのはハンドガンのようだ。

しかし後方では、ライフルを持っている奴もいる。

一瞬で、形勢が逆転されてしまった。

「くくく・・・、私たちはまだ、ほとんど殺しをしていない。しかしだからといって、我々が武装して無いとどうして言える?君も盗み聞きしていたのならわかるだろう?我々はレジスタンスなんだよ。いや、この場合はテロリストというほうが正しいのかな?」

そういって、嫌な笑みを浮かべながら聞いてくる。

他の男たちも自分たちのリーダーの様子に自信が戻ってきたのか、少しずつ緊張を解いているように思える。

さて、めんどくさくなった。

いくら魔法があるとはいえ、銃器には劣る。

タイムラグが生じてしまう魔法は、ほぼタイムラグの無い銃器とは相性が悪い。

魔法といえども、万能ではないのだ。

どうしようか、僕は顎に手を当てて考え込む。

しかし状況は、そんな時間を許してはくれない。

抵抗しても意味が無いことを理解している男は、ひとしきり愉快そうに僕を眺めたあと。

「殺せ」

男の合図に、僕に向けられた銃器が一斉に火を噴く。

押し寄せる数の暴力は、なす術もなく立ったままでいる僕を飲み込む。

それでもなお僕を殺そうとする銃撃はとどまるところを知らず、古びた建物の壁を穿ち、床を粉砕する。

密閉された空間に銃撃の音だけが響き渡り、厚く積もった埃が舞い散り視界が覆われる。

しばらくして銃弾が止む頃には、既に僕がどうなっているのかわからないほど視界は塞がれていた。

しかし男は僕が死んだことを確信した様子で高笑いした。

「あははははは!死んだ!死んだ!殺人鬼といったって、大したこと無いじゃないか!」

あははははは!

男は愉快そうに、しかしどこか安堵したように笑う。

周りの男たちも、人を殺したことなど無いくせに、人を殺す恐怖よりも自分が殺される恐怖がなくなったことでほっとした表情を浮かべる。

だが。

「楽しそうだね、君たち」

小さな呟きに、途端に恐怖する男たち。

生きているはずは無い、そんな表情。

生き延びられるはずは無い、そう思いながらどこか確信している表情。

そんな表情で、男たちは自分達が撃ったところを見る。

次第に晴れていく視界の中、男たちは恐怖に持っていた武器を取り落とす。

男たちが目にしたのは、無傷で立っている僕。

そしてその周りに浮かぶ、無数の銃弾。

「楽しそうだね、君たち」

もう一度、僕は同じ言葉を口にする。

その言葉に見えない圧力でもあるかのように、一歩あとずさる男たち。

さすがに、お遊びが過ぎただろうか。

彼らを支配しているのは今、本能的な恐怖しかない。

自分を死に貶める、そんな存在への恐怖。

「・・・ありえない・・・」

名前の無い、数瞬後には存在すら無くなる男が呟く。

だがしかし、僕にはその言葉の意味がわからない。

僕は首を傾げて尋ねる。

「何がだい?僕は単純に、魔法で銃弾を防いだだけだよ?そのまま馬鹿みたいに突っ立っていたって、蜂の巣にされるのが関の山だからね」

「だが・・・、だが、あのタイミングで魔法を使うことなんて出来なかったはずだ!沁句すら言って無いじゃないか!」

男の言葉に、僕はようやく理解する。

ああ、そんなことが理解できなかったのか。

まぁ、普通は理解できないだろうけど。

「・・・単純な話さ。沁句を使わずに、魔法を使った。それだけのことだよ。別に不思議でもなんでもない」

「嘘だ!沁句を使わずに魔法を使うなんて、出来るわけがない!」

自分の言葉に確信を持った、しかし僕を見て確信できずにいる、そんな様子で男は叫ぶ。

しかしまぁ、理解したく無いならばそれでいい。

わざわざそれを理解させてあげるほど、僕は優しくない。

それになぜ、自分が理解できないものなどない、自分が知らないものなど世界にあるはずがないという妄想が抱けるのだろうか。

そっちのほうが僕には理解できない。

「つまり君の考え方によると、僕は生きていないらしい。生きてもいないし、幽霊なんて現実的でないものであるはずも無い。なら僕は、君らの恐怖が生み出した幻想というわけだ」

僕はそこで、彼らを馬鹿にしたように小さく笑うと、浮かべていた銃弾を落とす。

からんからんと、高い金属音を室内に木霊させながら、僕はゆっくりと彼らに近づく。

口では男も否定していたが、やはり恐怖はあるらしく、男たちは僕から離れようと後退していく。

しかし所詮室内。

ゆっくりとだが、確実に僕は彼らに近づいていく。

もはや、一見無防備な僕を撃つことなど考えることも出来ないらしい。

これで彼らはもう、捕食者に食らわれるだけの哀れな被捕食者。

僕は歩きながら、静かに言葉を続ける。

「僕の存在が幻想ならば、君たちは何もおそれることは無い。声が聞こえようと、姿が見えようと、所詮幻覚でしかない」

僕は足を止めると、ゆっくりと手を伸ばし、もはや逃げ場の無い男の頬に触れる。

触れられた男は顔に絶望を浮かべ、しかし恐怖で声を上げることすらできていない。

そんな哀れな男の様子など気にも留めず、僕は続ける。

「その息使いも、その仕草も、触れられている感覚だって幻。そして」

す、と僕が腕を移動させて、男の肩に触れる。

そして、

「・・・痛みだって、きっと夢の一部だ」

ぼとり、と男の腕が落ちる。

そしてそこから、遅れるようにして鮮血が噴き出す。

「ぎゃあぁぁぁあぁあぁああぁぁぁ!!!?!?」

男の絶叫が僕の耳を打つ。

腕を押さえ、痛みに転げまわる仲間を、彼らは呆然と見下ろすことしかできない。

彼らの頭はまだ、現状に追いついていないらしい。

そんな彼らを哀れむように見つめ、

「ダンスのつもりだったんだけど、予定が変わったね」

そこで僕は、仮面の下で小さく微笑み、告げた。

「さぁ、悪夢を始めよう」

その言葉を皮切りに、虐殺が始まった。


銃声が耳に届いた瞬間、私は走り出していた。

嫌な予感しかしない。

そもそも彼らは、例の計画までは自分たちに注目を集めるような行動はしなかった。

その言葉には、きっと嘘はないはずだ。

そもそも、嘘をつく理由がないから。

ということはつまり、今彼らに銃を使わせる『何か』が起きているということ。

彼らに銃を使わせるような異常事態があるということ。

それは私たちの計画の破綻につながるかもしれない。

「・・・いったい、何が・・・!」

不安を膨らませながら、私は走り続ける。

そもそも、この計画自体下手を打てば私は死んでしまうものだ。

この廃墟に入った段階で、すでに私の不安は大きかった。

なのに今、予想外の状況がさらに私を追い込んでいく。

焦りが自然と、私の足を速める。

「ぎゃあぁぁぁあぁあぁああぁぁぁ!!!?!?」

「!?」

近づいていくうちに、誰かの悲鳴が耳を打つ。

そしてその声をきっかけに、奏でられる悲鳴の連鎖。

「何が起きているのよ、いったい!!?」

わからない。

だが、事態は思っていたよりも不味い。

この悲鳴は、目標である彼らの一部のものだ。

誰かに襲われているのか、それとも仲間割れか。

わからない分、焦りは増していく。

焦燥に駆られる中、耳をふさぎたくなるような絶叫は次第に小さくなり、消えていく。

途端に訪れる、静寂。

それが意味するところを、私は必死に考えないようにする。

耳を塞ぎたくなるような気分の中、やっとそこにたどり着いた私が真っ先に気づいたのは、錆びた鉄の臭い。

そして、壊された扉。

今更ながらに私は、入り口の陰から慎重に中の様子を伺う。

そして中の様子を見て、私は吐き気を必死に抑えた。

赤。赤。赤。

部屋の中一面、まるで赤い絵の具をぶちまけたかのような光景がそこにはあった。

そして転がっている、赤い塊。

元が何なのか想像を拒みたくなる肉塊が、部屋を埋め尽くす。

しかしそれでも、あたりに散らばる腕や足の残骸が今のこの光景を作る材料であることを主張してくる。

そしてその中央に立つ、黒いマントを羽織った何か。

(まさかあれは・・・!)

私は驚愕の叫びを胸の中に押しとどめる。

惨劇の中央に立っている者。

それは私たちが必死に後を追い、それでも未だ姿しかわかっていなかった人物。

殺人鬼の姿がそこにはあった。

そして同時に、自分の中に恐怖が芽生えるのを感じた。

もともと、自分たち魔法省というものが化け物じみた組織であることは自覚している。

この国での魔法省の立場は、裏の支配者と呼ぶにふさわしいものがある。

この国における魔法という力を統括した、自衛隊とは違う組織。

表立っては政府の機関のひとつでしかないが、その発言力はこの国において大きなものとなる。

逆らえない権力と暴力を同時に備えたもの。

世界トップレベルの裏の軍事力。

その組織からいっても、この殺人鬼は化け物じみていた。

殺人現場に慣れているはずの警察と魔法省の人間が思わず吐いてしまうほどの殺害方法の残虐性。

国屈指の人間に頼んでも、ここまでうまくはできないだろうといえるほどの、魔法力の高さ。

そして、国という観点から見てそこまで大きな被害を出しているわけではない分動き辛いとはいえ、魔法省の手を逃れ、未だのうのうとのさばれる賢さ。

魔法省という化け物にさえ恐れられる化け物。

だから私は、その存在に恐怖した。

見つかったら殺される。

それは紛れもない事実。

ここで最善なのはばれないようにここから離れ、待機させている部隊に突入させること。

幸い、殺人鬼に私のことはばれてない。

殺人鬼から目を離さず、私はゆっくりと、音を立てないようにして離れていく。

そうやって私がそろそろと三歩ほど後退した頃。

「ねぇ、どこに行くんだい?」

唐突に発せられた声に、私の足はぴたりと止まる。

まるで弱者が、強者の言葉に逆らえないかのように、その言葉は私の足を縫い付ける。

本能が、逆らってはいけないことを理解している。

私が恐怖に身動きひとつできなくなっている中、殺人鬼は悠々と殺戮のあった部屋から歩いてくる。

静かに歩いてくるその姿は、まるで地獄からやってきた悪魔を彷彿とさせる。

滑稽な笑顔を模った黒い仮面が、今はこの上なく恐ろしい。

「・・・?あれ?君は・・・」

私の目の前で立ち止まった殺人鬼は、小首を傾げる。

その仕草にはこちらを害する意思は感じられない。

しかし私は、すでにもう限界だった。

「っ!?」

恐怖から体が勝手に動く。

私は懐から銃を取り出すと、押し付けるようにして引き金を引く。

バァ・・・・ン!

手に持った銃が、敵を殺すべく火を噴く。

しかし音が鳴り響くと同時、私の体は壁に押さえつけられていた。

手に持っていた銃の感覚も消えている。

「・・・危ないなぁ。もしかして、君も彼らの仲間なのかな?」

撃たれたはずの殺人鬼が覗き込むようにして呟く。

元の位置から一ミリも動かないままで。

見れば殺人鬼の前に、一発の弾丸がある。

そして私の体は、誰にも押さえつけられていない。

だというのに、今なお増すこの圧迫感は何だというのか。

魔法。

それ以外にはありえない。

なのに、仕組みが少しも理解できない。

だとすれば、自分はなんと言う化け物に歯向かってしまったのだろうか。

漂う硝煙の香りが、鼻に付いて離れない。

「で、どうなんだい?君は誰なのかな?返答次第では、君も彼らの仲間入りするけど」

そう言って、ちらりと後方の部屋を一瞥する。

そこには、物言わぬ塊と化してしまった彼らだったものがある部屋。

この返答は、間違えることは許されない。

私は、恐怖と緊張に渇いた口を濡らしながら、慎重に口を開く。

「・・・私は魔法庁の者よ。彼らとは関係ないわ」

私はそう、真実を口にする。

一瞬、信じてはもらえないのではないかという懸念もあったが、殺人鬼はその言葉に頷きをかえし、

「ああ、やっぱり君が彼らの言っていた人なのかな?まぁとりあえず、証明するものとかってある?」

「・・・ズボンの右ポケットに入ってるわ」

「了解。じゃ、ちょっと失礼」

そういって私のポケットに手を入れ、魔法庁関係者であることを証明する手帳を取り出す。

「・・・川凪渚。魔法省特別対策課所属。・・・うん、間違いないようだね。ごめんね、手荒な真似なんかしちゃって」

言いながら魔法の拘束を解除したようで、押さえつけていた力がなくなる。

急になくなった力に私が思わずよろめくと、とっさに体を支えてくる殺人鬼。

それに思わず体を強張らせると、殺人鬼が申し訳なさそうに離れる。

癖なのか、仮面の頬の部分を掻くようにしながら言い訳がましい口調で弁解する。

「えっと、ごめんね?女性には極力見られないようにはしてるつもりだったんだけど・・・。怖がらせちゃったよね?」

「あ、えっと・・・」

心底申し訳なさそうにしているその姿に先程までと大きくギャップがあり、私はうまく話せないでいる。

するとその様子をどう勘違いしたのか、

「あ、ごめん。こんな仮面つけてたら怖いよね?今外すから」

そういって、殺人気は仮面に手をかけるとつけていた仮面を剥ぎ取る。

ついていけない状況にあっけにとられる私の目の前に現れたのは、黒髪の美少年の姿だった。

いや、その表現にはいささか語弊がある。

少年というには大人びた、しかし青年というには幼げな顔立ち。

すまなさそうな顔をしてこちらを伺うその表情は、少し垂れ気味な目元と相まってやさしげな印象を私に与える。

男とは思えないほど整った顔立ちで、女の私が羨ましくなるほどその肌は白くきめ細かい。

まさに優男、といったその姿に、私は開いた口が塞がらなかった。

仮面をはずしたとはいえ未だマントは羽織っているというのに、その姿からはどうしても殺人鬼を思い浮かべることはできない。

実際に目の前で外してもらわなければ、私は決して信じることができなかった自信がある。

そんなまさかの現実に、私の頭はフリーズした。

「ええっと・・・。大丈夫?どこか怪我でもした?」

心配そうにこちらを覗き込む殺人鬼に、私はやっと正気に戻る。

「・・・ええ、ちょっと驚いただけ。・・・本当に、あなたがあの殺人鬼なの?」

私は思わず、彼にそう尋ねてしまった。

違うなんてことはない。

でも、彼の口から聞かないと、私はこの現実を信じきることができない。

それこそ、違うといわれれば信じてしまいそうになるくらいには。

「・・・そんな風に質問されても、僕としては困るんだけど・・・」

私のストレートな質問に、彼は困ったような表情を浮かべる。

「本当は、魔法庁の人にそんな質問をされても、はいそうです、とは言わないんだろうけど。今回はしっかり現場も見られたし、僕にも落ち度があったからなぁ・・・」

はぁ、とどこかあきらめたように小さくため息をつくと、私の目を見てはっきりと告げる。

「僕の名前は篠崎鏡夜。貴女の言うとおり、今世間を賑わせてるその殺人鬼だよ」

彼は困ったような、しかしどこか面白そうな表情をしていた。

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