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繰り返しが終わるとき

眠い。

単調な繰り返しというのはどうしてこう眠気を誘うのだろうか。

毎日毎日よく飽きないものだと思う。

飽きずに懸命に頑張る事は偉いのかもしれないが、僕は勿論飽きてしまって、この時間をもっと有意義に使うことにしている。

まぁ、居眠りが有意義かどうかは意見の分かれるところだとは思うが。

ともあれ、一定の境界を越えた睡眠欲は、周りの雑音さえも眠りを誘う子守唄に変えてしまう。

耳に入ってくる音も、普段ならば鬱陶しいことこの上ないが、今はどこか心地よい。

さて、どうして僕がこんなことを考えているのかというと。

「おい、篠崎しのざき!今は授業中だぞ!さっさと起きないか!!」

学校内でも厳しい方である数学教師が、僕の有意義な時間活用法を見て怒鳴る。

・・・そんな大声で叫んだ所で、僕には逆効果ですよ。

理由は勿論、言わずもがな。

何の反応も示さない僕に未だ怒鳴り続けている先生を華麗に無視すると、おそらくは顔を真っ赤にして怒っているだろう先生の顔を思い浮かべ。

・・・さて、寝るか。

僕の意識は心地よい眠りに飲まれていった。


「・・・で、見事にその報いを受けたと。みっともなく」

「言わないでよ、これでも結構痛いんだから」

頭をさすりながら、隣の席の佐久間さくまの戯言にそう返す。

まったく、あの後二時間も教員室に拘束されてしまった。

頭上に落ちる拳という素敵な目覚まし付きで、だ。

もう少しこちらに考慮した起こし方はできなかったのだろうか。

今でも痛みが引かない。

「ま、自業自得だわな。人が必死に勉強している横で、気持ち良さそうな寝息をたてていたわけだから」

「・・・本能に逆らっちゃいけないと思うんだ、僕は」

「その本能の中に生存本能とか危機察知能力がなかったのが災いしたな」

そう軽口を叩きながら、佐久間はさっさと荷物をまとめている。

そういえば、もう放課後だ。

ふと窓の外を見ると、空はすでに赤く染まり、校庭では部活に勤しむ生徒の姿が見える。

「さてと、俺は帰るかな。鏡夜はどうする?たまにはカラオケにでも行くか?明日は学校だが」

「・・・いや、僕ももう帰るよ。これから用事もあるし」

「お前にも用事なんてあるんだな」

「一人暮らしをしてると、中々に大変なんだよ」

そういって、僕は鞄を掴む。

これだけで帰る支度は終了。

我ながら惚れ惚れするスピードだ。

「準備が早くて羨ましいな、おい」

佐久間が手を休めずに、僕を半眼で睨む。

そんな佐久間に、僕はついっと肩を竦める。

「なにせ、結局一教科も出してないからね、教科書」

「それで成績優秀とか羨ましいな。これだから天才は」

「心外だな、努力で勝ち取った結果だよ。勉強あるのみだね」

「お前の言う勉強が、年始に一度教科書を読んだきりなんだから笑えるよな。それ以外に勉強していると言うのなら、聞こうか?」

佐久間の問い詰めに、僕は視線をさまよわせる。

ここで嘘を吐いたところで、佐久間には意味がないだろう。

テスト前日で周りが勉強をそれこそ命懸けでやってる中、僕はといえば窓の外を見て欠伸をしていたのだから。

ちなみにその時、佐久間は呆れてものも言えないって顔して僕のことを見ていた。

だから僕は必死に頭を働かせると、慎重に口を開く。

「・・・努力って、大事だよね」

「おめでとう。今の一言で世界中の人間を敵に回したと知れ」

僕が必死に考えた台詞を、佐久間がバッサリと斬って捨てる。

おかしいな、僕は無難に返した筈なのに。

というか、何も間違ったことは言ってないはずだ。

それなのに僕の背中からは、冷たい汗が噴き出してくる。

・・・次からは、会話の流れに気をつけよう、うん。

僕が決意を固めていると、佐久間は支度が終わったのか、鞄を手に立ち上がる。

「んじゃま、お疲れ。また明日な」

「うん、お疲れ」

部活に向かう佐久間にそう返し、僕も遅れて立ち上がる。

自称『永遠の帰宅部部長』として、僕も帰宅部の勤めを果たそう。

そんなわけで、僕は今日も汗を流して青春してる生徒を尻目にそそくさと帰宅する。

さて、今日もやるべきことは山積みだ。

時間は有限。有効に使おう。


そんなふうに寄り道もせずに帰った僕だが、やったことといえば制服から着替えたことくらいか。

その後は何もせず、ソファに座ってぼーっとする。

夕食の準備は朝学校を出る前に済ませたし、この後外出の予定がある為風呂は沸かせない。

やるべきことは終わらせたし、だからといってこの時間を潰せるような趣味も無い。

必然、空いた時間を僕は静かにぼんやりと過ごす。

これのどこが時間を有効に使うことなのか、自分でもよくわからない。

まぁきっと、本人がそれでいいのならいいのだろう。

どこか他人事のように、静かな部屋で僕はそう考える。

テレビはつけない。

見ていても煩わしくなるだけだし、静かなほうが好きだ。

むしろこの時間は、僕の疲れを癒してくれる為、嫌いじゃ無い。

そう考えると、これこそ僕の趣味と言ってもいいだろう。

ぼんやりと過ごすのが趣味、というのもまぁ、悪くはない。

悪くはないが。

「・・・はっ!」

いかん、今一瞬意識が飛んでいた。

ぼんやりとしていると眠くなるからいけない。

何度かこのまま朝を迎えたことがあるので、結構笑えない。

特に今日は用事があるので、このまま眠るわけには行かない。

「ちょっと早いけど、もう出ようかな」

幸い外はもう夕方になっていて、少し薄暗い。

予定としてはもう少し暗いほうが良かったが、まぁ仕方がない。

予定が果たせないわけでも無いので、そろそろ出かけるとしよう。

でないとこのまま、僕は夢の中へ旅立ってしまいそうだ。

仕方なく僕は手短に服を着替えると、予定を果たすため家を後にした。


ところで、魔法というものをご存知だろうか。

おとぎ話やゲームの中でよく見られるアレである。

それは、人々に一定以上の憧れを与えながら、叶うことのなかった夢。

あると主張すれば、周りから可哀想な目で見られることだろう。

35年前までは。

そう、35年前、落下してきた隕石によりもたらされた恩恵。

科学と魔法、二つの道具を持つに至った、我々人類。

今ではもう、魔法とは当たり前のものとなっている。

日常に魔法が組み込まれ、専門の学校までできた。

様々な分野に応用が効くことから、魔法力の高さこそが個人の力量、社会的な身分の高さを示す。

そして勿論僕は、魔法制御高等専門学校、通称『魔制ませい』に通っている。

当然の帰結として、僕はある程度魔法が使える。

「・・・」

僕は無言で自身に重力制御の魔法をかける。

瞬間、今まで感じていた抵抗が消失する。

体が軽い。

まるで重さなどないように、しかし足は地面を力強く蹴る矛盾。

全力で走れば、車に勝るとも劣らない速度で町を疾走する。

風を切り、周りの景色が一瞬で後ろに流れていくさまがとても心地よい。

僕は無人の空間を、独り風のように走る、走る。

あたりは薄暗く、誰もいない。

まぁ、ここ最近はとある事件も流行っているし、人通りが少ない道を選んでいるため当たり前といえば当たり前なのだが。

しばらくそんな風に走り続けていると、さっそく僕の探している条件に合う人物がいた。

片や衣服を乱され青褪めた顔でぶるぶる震える女性。

片やナイフをつきつけ貪欲な目で女性に迫る中年男。

どんな犯行現場に遭遇したかは、あまり考えたくはない状況。

その光景を目にした僕は、素早く男の背後に回ると、男を蹴りつける。

背後から近づいたため、男は僕の存在に気づかない。

背中に靴がめり込むほどの衝撃に、男は無様に横倒しになる。

「がっ!?くそっ、てめえ何しやが・・・っ!?」

突然のことに罵声を浴びせようとした男は、僕の姿を見て最後まで言い切れずに固った。

女性のほうも、先ほどよりも一層青褪めた顔で僕を見ている。

それもそうだろう。

僕の格好は、全身を覆い隠すほど大きな黒いマントに身を包み、黒い仮面を被ったどこからどう見ても不審者。

全身黒で身を包み、笑顔を模った黒い仮面を被る僕はまるで不気味な黒いピエロ。

しかし彼らは、この姿の不気味さを怖がっているわけではない。

何故ならこの姿は、今この街を騒がせている連続殺人犯の姿なのだから。

「やぁ、こんばんは。今夜は月が綺麗ですね」

そう言ってフレンドリーに話しかけるが、男は体をブルブル震わせるだけで何も言わない。

ただ恐怖に染まった目で、僕を穴が開くほど見つめてくるだけ。

そんな滑稽な男の様子に肩を竦めて、要件を口にする。

「おめでとう。君は映えある僕の四十番目の犠牲者だ。楽に死ねるとは思わないでね?」

そういえば、僕の声は少しばかり高いと誰かが言っていた。

それが仮面越しに聞こえれば、さぞかし不気味だろう。

「ひっ・・・、た、助け・・・」

カチカチと歯を鳴らし、地面に転がったまま後ずさる。

その様子に興が削がれる思いがしながら、僕はゆっくりと男に近づいていく。

男は逃げる力もでないのか、既に後ずさりさえできていない。

ただその瞳に恐怖を映し、震えることしか出来ない哀れな兎。

獅子を前に、自身という名の餌をぶら下げた弱者。

・・・まぁこんな脂ぎった男を、兎という可愛らしい生き物と同列になど出来ないが。

あまりの醜さに、獅子ですら食べることを拒否するだろう。

食べたら絶対に腹を壊すだろうし。

「あ・・・・あ・・・」

声にならない、声に出せない悲鳴を、男は搾り出す。

僕が一歩進むたびに、僕に対する恐怖が男の中で膨れ上がる。

ゆっくり、ゆっくり近づいていき、男との間合いが残り5歩をきったとき。

「う、あ・・・。うぁああぁあぁぁぁあ!!!?!?」

臨界を越えた恐怖が、男の体を突き動かす。

生存本能の成せる業か、はたまた恐怖のためか。

先程までには信じられない速さで飛び起き、僕にナイフを突き立ようとする。

恐ろしい形相で男が迫ってくるのを見て、しかし僕は体を動かさない。

そしてそのまま、男と共に迫るナイフが僕を包む薄手のマントに突きたとうとしたところで。

「・・・へ・・・?」

唐突に、その三センチほど手前で止まる。

まるでそこに壁でもあるかのような、それでいてナイフを弾き返すことなく空中に静止させる。

何が起きたかわからない、という風に見つめてくる男に、

「楽には殺さないって言ったよね?」

ゴキリ、と生々しい音を立てて、僕は現れた時から指一本動かさないまま男の手首の骨を折る。

「ぎゃああぁぁぁ!!?」

醜い絶叫が、あたりに充満する。

男が手首を抑えて転げ回るのを冷めた目つきで眺めた後、男に先ほど襲われていた女性を見る。

ぐったりと倒れ伏している女性は、どうやら緊張と恐怖のあまり気絶してしまったらしい。

本当は逃げ出してくれているのがベストだったが、文句は言えない。

何はともあれ、女性のトラウマを気にせず男を殺せそうだ。

それが出来るのなら十分だ。

「さぁ、僕を楽しませてくれよ、たっぷりと」

それからも何度もあたりに絶叫が響き渡った後、グシャリ、という音を最後に地獄の夜は終わった。


「ふわぁ~あ」

登校して早々、大きな欠伸が口から零れる。

昨晩は少々、遊びすぎたかもしれない。

結局あの後、さらに四人ほど殺してしまった。

流石に一晩で連続五人の殺害はまずかったかもしれない。

おかげですっかり寝不足になってしまった。

気を付けてないと、このままうっかり寝てしまいそうになる。

「おっす。いつになく眠そうだな、鏡夜きょうや。今にも寝そうだぞ」

僕が睡魔と戦い必死で欠伸をかみ殺していると、遅れて登校してきた佐久間に声をかけられた。

「おはよう、佐久間。昨日は夜更かししすぎてね。3時間ぐらいしか寝てない」

「ほうほう、つまり・・・昨日はお楽しみでしたね?」

「OK、佐久間。それは僕に対する宣戦布告ととっていいんだね?」

僕が佐久間の言葉にジト目で睨んでやると、佐久間は肩を竦める。

「冗談だよ。お前がヘタレなのは俺がよく知ってる」

「・・・はぁ、もういいよ。ただでさえ眠いのに、佐久間の相手なんてしてられない」

「おいおい、ひどい言い草だな。それじゃまるで、俺といるのが疲れるみたいじゃないか」

「自覚がなかったのか。たちが悪いね。何なら、そこら辺の生徒に聞いて見てあげようか?」

「・・・ところで、お前が夜更かしなんて珍しいな。いつも寝てばっかいるくせに」

僕が周りの生徒に声をかけようとすると、佐久間が露骨に話を変えてきた。

分が悪いことを悟ったらしい。

まぁ、普通ならここで追い打ちをかけてやるのだが、佐久間が振ってきた話題は僕にとっては少々まずい。

「・・・まぁね」

流石に、人殺しに時間を忘れて楽しんでいた、とは言えない。

言ってもいいが、きっと佐久間は僕に病院を勧めてくれることだろう。

まぁまず信じることはないだろうが、それでもこの話の流れは僕にとって面白くない。

僕は曖昧に微笑んでごまかすと、話をずらす。

「でも結局、いくら夜更かししようとも今からたっぷり寝れるわけだからいいんだけどね」

「ん?何言ってんだ?寝れないぞ、今日は」

「へ?」

まさかの事態に、僕は思わず間抜けな声を上げる。

誰だろう、勝手に僕の睡眠妨害を許可したのは。

少なくとも、僕は許可した覚えがないぞ。

僕がう~んと唸っていると、佐久間が飽きれたようにこちらを見てくる。

「お前、今日二組と合同で魔法実技あるの忘れてただろ。寝る暇なんてないぞ」

「・・・ああ、そんなのもあったね」

そういえば今日は、週に一度の実技だった。

何でよりにもよって魔法実技なのか。

他の教科なら意地でも寝てやるのに。

「お前、魔法実技だけは苦手だもんな。他の教科はパーフェクトなのに」

「そうだね、魔法実技だけはパーフェクトな佐久間くん」

僕は不機嫌そうにそう返すも、佐久間は全く動じない。

それどころか、そんな僕の様子にさも驚いたといわんばかりの態度をとる。

「おお、機嫌が悪いな。寝不足か?睡眠は大事だぞ。心を落ち着かせ疲れを癒してくれる」

「その通りだね。というわけで、僕は今から寝ようと思うんだけど、いいかな?」

「単位落としてもいいならな」

「・・・」

じゃあ寝れないじゃ無いか。

疲れたように僕が深く深~くため息をついていると、佐久間が思い出したように僕に話しかける。

「そういえば、聞いたか?鏡夜」

「何を?」

「また昨日殺人があったみたいだぜ。殺され方からいって、例の殺人鬼の仕業らしい」

「へぇ」

「・・・あんま興味なさそうだな」

「まぁね」

それはそうだろう。

この事件のことを一番早く知れるのは僕だし、一番良く理解しているのも僕だ。

今更知りたいことなど無い。

寧ろここで喜んで話を聞くのは自己顕示欲の強い奴ぐらいだろう。

残念なことに、僕はそれに該当しない。

「お前なぁ。既に四十人以上殺されてんだぜ?しかも数人はうちの生徒だし。昨日も六人殺されたんだぞ?」

「・・・え、六人?五人じゃなくて?」

「いや、六人のはずだぞ。ニュースでも新聞でもいってたんだから間違いはないと思うが」

「・・・」

おかしい。

僕が昨日殺したのは、確かに五人だけのはずだ。

ただの偶然か、誰かが僕の真似をしているのか。

後者だとしたら、少々面倒臭い。

精神的に。

「ま、何にせよ、物騒な世の中になったもんだな。迂闊に外も出歩けやしない」

「佐久間ならむしろ、その殺人鬼を撃退しそうだけどね。殺人鬼も裸足で逃げ出すんじゃない?」

「ひどい言われようだな。俺はそんな非常識な人間じゃないぞ?」

「魔法なら教師以上の実力を持ってるくせに、よくいうよね」

ご存知のとおり、魔法には『スコルピウス』というスポーツがある。

それの練習で、佐久間は教師に圧勝して見せた。

ちなみに、国家公務員である教師たちはかなりの実力。

この若さで圧勝とかシャレにならないほどのエリートだ。

まだ二年のくせに、既に企業からアプローチを受けてるとか。

しかもその中にはしれっと大企業まである。

魔法を使いこなせることはさまざまな分野に応用できるため、多くの企業から評価されている。

当然といえば当然だが。

とはいえ、何故だか全ての誘いをやんわりと断っているらしいが。

勿体無い。

「手加減してもらってるからだろ?本気出されたら流石に敵わないって」

僕のさっきの言葉に、佐久間は当たり前だろ?、と真顔で言う。

その佐久間の様子に僕は、はぁ、とため息をつく。

佐久間はこれを本気で信じてるんだからすごい。

実際に何度か佐久間の練習風景をみたことがあるが、付き合っている先生は汗だくで今にも倒れそうだった。

佐久間は呼吸すら乱していないのに、だ。

これで謙遜なんかされると、もはや嫌味にしか聞こえない。

まぁ本人にその意思は無いし、佐久間が言うと誰も嫌味になんて聞こえない。

人望というか、カリスマというか。

もはや言葉も出てこない。

「取り敢えず、そろそろ行こうぜ。もうすぐ始まるぞ」

その言葉に、僕は腕時計をみて見る。

確かに後五分しかない。

少々話し込み過ぎたらしい。

「・・・そうだね、行こうか。気分的には嫌だけど」

「本音がだだ漏れだぞ?」

「隠す気も無いからね」

はぁ、鬱だ。

せっかく忘れてたのに。

僕はいつになく重く感じる足を引きずるようにして、既に誰もいない教室を佐久間と後にした。


僕らがそこについた時、既に大半の生徒が集まっていた。

まあ授業開始まで後一分もない訳だから、当たり前かもしれないが。

「それにしても、相変わらず騒がしいね」

室内は生徒で溢れ返り、がやがやと騒がしい。

この距離の佐久間と話すのでさえ一苦労なほどだ。

そんな不満げな僕の言葉に、佐久間は当たり前のように言う。

「まあな。なんせ二組には如月が居るからなぁ」

どこか諦めたようなその返事に、僕もやっと思い出す。

如月藍凪きさらぎあいな

容姿端麗、成績優秀。

誰にでも気さくに話しかけ、明るく裏表もない。

細かい心配りもでき、同性異性を問わず人気が高い。

おまけにあの如月家の一人娘。

この高校のアイドル的存在だ。

噂によるとファンクラブまで在るとか無いとか。

天は二物を与えないというが、佐久間同様、四つも五つも与えられた人間だ。

そしてこの授業は、二人一組になって行われる。

周りが浮き足立つわけだ。

・・・ちなみに、女子も佐久間がいるためにそわそわしている。

佐久間も何気にイケメンなので、人気度は如月と同じ。

本人に自覚はなかったりするが。

「はい、皆さん!静かにしてください!少々早いですが、早速授業の方を始めたいと思います。皆さん、二人一組になって各自課題を始めておいてください」

何時の間にやら部屋の真ん中に立っていた先生が、周りに促す。

しかし、地味にここは普通の体育館並みの広さを持っているので、ただでさえ騒がしい現状では先生の声など聞こえていないはず。

「・・・おぉ」

が、先生が言い終わった途端、女子と男子がそれぞれ佐久間と如月の元に殺到する。

何というか、怖い。

さりげなく佐久間から離れて隅の方へ移動していなかったら、今頃僕は人波に押しつぶされていた事だろう。

「・・・さて、取り敢えず待ちますか」

現在、男子も女子もそれぞれ必死に佐久間と如月を取り合っている。

このバトルが終わるまでは、誰もグループを作ろうとはしないだろう。

というか、ただでさえ成績の悪い僕は、残念ながら余り物になる。

よって、しばらくの間僕は暇なのだ。

「・・・ふぁ」

壁に凭れながら、ぼーっとその光景を眺めていたら自然と欠伸がこぼれる。

何もしてないと、寝不足が祟ってやっぱり眠い。

どうせしばらくは待たされるわけだし、少しくらい寝ても罰は当たらないだろう。

そう思って、僕が目を瞑っていると。

「・・・ええっと、篠崎くん、だったよね?」

いきなり声をかけらて、僕は驚いて目を開ける。

「あの、グループまだ組んで無いなら、私と組んでもらってもいい、かな?」

僕の目の前でちょっと不安そうにそう訪ねてきたのは、何を隠そう、如月藍凪だった。

艶のある黒髪を肩まで伸ばし、美女ではなくまさに美少女という印象を覚える整った顔立ち。

普段から明るく優しげな印象を周りに与える彼女はしかし、今は少し不安そうにしている。

目の前の理解できない状況にまさか、と思い周りを見渡すと。

「「「・・・」」」

凄い殺気を出している男子集団と目が合った。

しかもよく見れば、女子側も興味深そうにこちらをみている。

ああ、道理でさっきから静かなわけだ。

と、現実逃避気味にぼんやりと考える。

「・・・やっぱり、だめ、かな・・・?」

如月が顔を俯かせながら、悲しそうにポツリと呟く。

瞬間、女子と男子の両方から物凄い殺気を受ける。

それはもう、目だけで人が殺せるんじゃないかというほどに。

「・・・いや。こっちも丁度相手を探してたとこだから。よろしく、如月さん」

どうにも断れない雰囲気だったので、僕は仕方なくそう返す。

というか、断ったら絶対に僕は死ぬ。

肉体的にも、精神的にも。

社会的抹消と言い換えてもいい。

「よかったぁ。よろしく、篠崎くん」

ぱっと笑顔を弾けさせて、嬉しそうに返事をする如月さん。

すると、女子からの殺気がなくなり、男子がその分だけ殺気を強くする。

・・・いや、もう、どうすれば良かったっていうんだよ・・・。

取り敢えず、呪われそうな視線を浴びせて来る男子集団は無視する事にした。

僕の精神衛生上、あまりよろしくない光景なので。

「取り敢えず、早速始めようか。今日はどんな課題だっけ?」

「たしか、木片の周りに火を創ってたんじゃなかったっけ?それも木が燃えないような」

「ああ、何かそんなのだった気がする・・・」

先週の授業を思い出し、僕は頭痛がしてきた。

簡単そうに見えて、結構大変なのだ。

そもそも魔法とは、世界の認識を上書きする、というのが一般的な解釈だ。

何故だか世間では、魔法の元である魔素が変質して物質化すると勘違いされがちだが、それだとすぐに魔素が枯渇してしまう。

そもそも魔素は人間の思考に影響を受ける物質だ。

そしてその思考を叶える方向に、魔素が世界の法則に干渉する。

魔素が変わるのではなく、魔素を媒体にして世界を置き換えているのだ。

当然大きな結果を起こすには大量の魔素に干渉しなければならない。

ここで、個人差が生まれる。

魔素に干渉できる量が一人一人違うのだ。

学者の中には、操る人間の精神力と発想力、この二つが個人の魔素に干渉できる絶対量を決めていると言っているが、定かではない。

まあ集中力の乱れが、魔法の成功率に影響するのも事実だが。

そして絶対量の差異は、後の結果に大きく影響を及ぼす。

例えば単純に、魔法で火を創るとする。

するとある人によってはマッチ程の火しかできないが、ある人は車並みの大きさの火を創ってしまう。

それは結果に対する正しい認識と、潜在的に干渉できる魔素の量が違うからだ。

そこで出て来るのが言の葉、つまり沁句しんくである。

沁句と呼ばれる言葉を紡ぎ、言葉で魔素に影響を与える。

これにより、思考だけでなく言葉にも依存するため、結果が一定になりやすいのだ。

ただデメリットとして、沁句と思考が一致した時しか魔法が発動しないが、逆にいえばそれは予期せぬ結果を防ぐストッパーでもあるため、沁句を使わない者はほとんどいない。

人々は数ある沁句を組み合わせ、自分の結果に沿うように工夫する。

十人十色。

同じ結果を及ぼすにも、人によって沁句は違う。

効率のいい沁句もあれば、悪いものもある。

人々はより効率良く魔法を使うため、日々魔素を研究する。

無から有を、正から負へと世界を騙すために沁句を繋ぐ。

これが今の、35年で培ってきた魔法のあり方だ。

これにより、ほとんどの人間がある程度まで魔法を使える。

使えるのだが。

「・・・ごめん、如月さん。僕、実技は苦手なんだ。手本見せてもらっても?」

残念ながら、僕は使えない側の人間だったらしい。

沁句を使うと、どうしてもうまく成功できない。

すでに自分が、手本も見ずに成功できるなどとは思ってもいない。

手本を見ても成功したことはないが。

「うん、いいけど。篠崎くんって実技苦手なの?」

「前回結局成功しなかったくらいには苦手だよ?」

実際は一度も成功したことはないが、オブラートにそう包む。

それでも如月さんには、ちょっと苦笑されたが。

「あ、あはは。まぁ、取り敢えずやって見せるね?

ーー火よ、水の慈しみを持ちて現れよ」

如月さんが、用意されていた木片に向かってそう唱える。

すると、木片の隅に小さな炎が上がり。

「流石如月さん。凄いね」

「そ、そうかな?あんまり褒められると照れちゃうかも」

僕の見ている前で、木片を燃やさない炎が、木片を包み込んだ。

うん、やっぱり如月さんは凄い。

火の性質そのもの変えるなんて、僕には想像もつかない方法だ。

そもそも思いついてもできない。

「・・・で、僕もしなきゃいけないかな?」

「当たり前だよ。そのために手本見せたんだし。とにかくやってみよう?やって見せてくれないと、教えられないよ?」

「了解。あたってぶつかって砕け散ってみるよ」

「素直に頑張れって言えないところが悲しいね」

「否定できないのはもっと悲しいけどね。ま、何にせよ、やってみますか。

ーーそよ風は、彼のものを守る盾となる。

侵食する火は、やがてすべてを包み込む。

別たれて現れよ」

彼女よりは長く、しかし僕の中で最良の沁句を紡ぐ。

そしてその効果が現れるのをジッと待つ。

一秒が経ち、十秒が経った。

「・・・ええ、と?まだなのかな?」

いくら経っても現れない結果に如月さんが首を傾げる。

だが僕は、この結果が予想できていた。

何故なら。

「失敗しちゃったみたいだね、やっぱり」

「え?無理だったの?」

何の含みもない、驚きだけの感情を示す如月さん。

正直、この反応が一番辛い気がする。

嘲笑と嫌味なら聞き流せるけど、純粋すぎると逆にダメージが大きい気がする。

「・・・情けないけど、これが精一杯です。というわけで、レクチャーお願いしても?」

「うん。久しぶりに教え甲斐がありそうかも。一緒に頑張ろうね。今日の目標は一回でも成功させる事だね!」

「いや、今まで成功しなかったのに、それは流石にハードルが高いというか・・・」

いきなり無茶苦茶だな、と僕は顔が引きつる。

大体今まで成功しなかったのに、今日一日で出来るようになるなら苦労はしない。

それでも如月さんは、諦めるということを知らないらしいが。

「ほらほら、無理と思ってたらいつまで経っても出来ないままよ。それに、問題点はもう分かってるし」

「えっ?一回見ただけでわかったの?」

凄い、僕なんか一年かけても分からなかったぞ。

というか、さっきの自信はここから来るのか。

問題点がわかるなら、確かに一日で改善できるかも・・・。

「単純に、二重沁句だからじゃないの?それで魔法が複雑化して失敗したとか」

「・・・もしかしてそれは、性質変化で沁句を一つに纏めろと?」

「うん。そうすれば、沁句が簡単になって成功し易くなると思うの」

僕は今の一言で、目から鱗が落ちたようだった。

・・・天才には、凡人の苦労など分からないらしい。

それはまぁ、確かにいちいち結果を二つに分けるよりは一つに纏めたほうが簡単ではあるのだろうけど。

「・・・あのね、如月さん。性質変化を僕らが学ぶのって、まだまだ先なんだよ?この授業は、生徒が性質変化を使えない前提で、二重沁句を学ばせるのが目的だから」

「・・・そうだったの?」

「うん。正直に言って、性質変化は沁句が簡単化される代わりに難易度が上がってるんだ。二重沁句も使えないようじゃ性質変化は使えないよ」

そういうことだ。

性質変化は物質の構成にまで意識を向けて変化させなければいけない分、遥かに難しい。

魔法とは、無から有を生み出すより、AをB、またはAをAとBに変えるほうが難しくなっているのだ。

少なくとも、一年の僕らが出来るようなレベルじゃない。

如月さんが出来るのは、単純に才能が違いすぎるためだ。

「で、でもさ!佐久間くんだって性質変化使ってるよ!二重沁句じゃないよ!」

「佐久間も如月さんも、いろんな意味で論外というか、規格外というか。見本にしちゃいけない人間だと思う」

「なんで!?」

そりゃまあ、君らは天才だからね。

そんな言葉を僕は寸前で飲み込む。

「ところで、他に問題点ってある?」

如月さんの問いに答えず、あえて話をそらす。

しれっと嘘を吐けるほど、僕は出来た人間じゃない。

それでとっさに如月さんにそう聞いたのだけれど。

「・・・」

僕の問いに、如月さんは気まずそうに目をそらす。

それだけで、僕はすべてを察してしまう。

「ああ、やっぱりわからないよね、問題点なんて」

「・・・ごめん」

申し訳なさそうに謝る如月さんに、僕は逆に申し訳なくなる。

実際、ここまでやって問題点がわからないということは、逆に言えば僕自身に問題があるということだろう。

というか、沁句に問題があるならもっと前に改善できていただろう。

如月さんや佐久間に頼むまでもない。

というわけなので。

「振り出しに戻ったね。僕としてはいつものことだから、無理して成功させる必要なないと思うんだけど?」

「・・・ううん、やっぱり一度決めたことだから。今日中に一度は成功させましょう!」

そう決意を新たに固める如月さんを前に、僕は悟りを開く。

ああ、やっぱりスパルタにはするつもりなのか。

如月さんといると、僕は絶対に過労死してしまう。

出会って十分も経たぬうちから、如月さんがどういう人物なのかがよ~くわかった。

ていうか、このまま逃げ出してもいいだろうか。

「頑張ろう!おう!」

「・・・お~」

元気よく腕を振り上げる彼女に、僕は世の中に避けられない事があることを実感した。

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