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〜リンバイド王国〜ある拗れた恋の物語2

王の間を開け放ち、そこにいる人物をとらえると、アマリリスは眉をしかめた。


「なに、ソレ。どこから拾ってきましたの?」


「あう、マリー?えっと、幻覚じゃないよね。おかえり」


ほうけた顔のまま少年は猫を抱いて言う。麦の穂のようにやわらかな金色の髪と、翠の瞳。若いが、彼こそがこの国の王、クリス・ミュン・リンバイドである。


「ええ、ただいま帰りました。それで?このふてぶてしい毛むくじゃらは何」


「猫のアリスだよ。マリーがいなくなってから二日経った頃に、城にふらりと現れてね。マリーそっくりだからしばらく居てもらうことにしたんだ。はい、アリスご挨拶」


ブナ〜。


目つきの悪い、太った猫だった。年をとって毛は茶色まじりだ。


「こんなブサイクと一緒にしないで」


ブナっ!?


「それで、この猫は後々対処するとして、わたくしに何か報告しておきたいことはない?」


「え?おかえり、は言ったし。あ、政務の事か。うん、書類は執務室の皆に手伝ってもらってどうにか全部終えられたよ。朝の会議は何回か噛んじゃったけど、内容についてはメモしたからばっちり。国が管轄している施設への訪問も、皆喜んでくれたし。まあ、ちょっと転んでびっくりさせちゃったけどね。えへへ」


頭を抑えだすアマリリス。


「失敗を分かっていながら、重大さは理解できていないなんて。ほんとバカっ」


クリスのやわらかい頬をつかみ横に引っ張るアマリリス。白い肌が僅かに赤くなる。


「いひゃいっ」


「あなたの頭は本当に機能を放棄していますのね。ねえ、どこの国にメモ帳片手に会議を受ける王がいますの?公の場で転ぶのだって何回目だとお思い?王は国の強さと権威の象徴、転ぶことは国が傾くことを暗示させる。そう教えたはずよね」


「ごめんにゃふぁいっ」


手をはなすと、アマリリスは深い深いため息をつく。


「いいわ。これくらいの問題はある程度想定していたもの。頭は痛いけど、留守にしたのは私。仕方ないわ」


「ごめんね、期待に応えられなくて」


「そうね。でも、まあ。一つだけ、最高なことがありましてよ。あなた、大臣の嫌味にずいぶんうまく返したそうじゃない」


不敵な笑みを浮かべるアマリリス。


「え、僕何か言ったかな」


「天然バカもたまには役立つと思いましたのよ」


たぶん、いや間違いなく、嫌味に全く気づかず笑顔で言葉を返したのだろう。その時の大臣は一体どんな顔をしていたのかしらと、アマリリスは考えた。怒りで頬を真っ赤にしていたか、それとも分厚い狸の皮をなんとか被って微笑んでいたか。恐らく後者だろうと、結論づけるとなんだか愉快でたまらなくなった。あの嫌味な大臣を困らせられるなんて、クリスくらいだ。


「ねえ、マリー。その、妖精さん達との話し合いはうまくいったの?」


「そうね。とりあえず承諾はもらったわ。ずいぶんごねられた末に、おかしな条件を突きつけられたけど」


「条件?」


「『私達は人を殺すことはしません。でも体だけなら奪うでしょう』ですって。意味が分からないわ。戦争なのに」


「ねえ、あなたも同意見?」


「ううん。それができたら素敵だけど、僕はただの人で・・・、国民を守らなきゃいけない王だから。だから、辛くても戦争をするよ」


胸の前で苦しそうに手を握りしめて少年は言う。弱い叫びだった。


「そう、わたくしがいない間にようやく決心がついたのね」


そっと、クリスの頬に手を伸ばし、目の下を指で撫でていく。曇りのない、澄んだ瞳だ。アマリリスは静かに、けれど確かに言葉を紡いだ。


「いいこと、クリス。この戦争を進めたのはわたくしよ。あなたはただの駒。キングとしてそこにあればいいの。今のまませいぜい民に愛されなさい」



* * *



「陛下お一人、ですか」


西日射す王の間には、王と眉をしかめる大男が二人。


「うん、マリーは政務室だよ。僕は休んでていいから、自分が代わりに書類を片付けるって」


男はますます眉間のしわを増やした。政務室は国の機密があふれた場所であり、基本的に王と選ばれた官僚しか出入りできない。そこに部外者であるアマリリスが王の許可を得て足を踏み入れたとしたら、それはアマリリスの王からの寵愛の深さと、王宮での権力を示すこととなるのだ。


「勝手なことを。よいのですかっ!このままではあの女がますます付け上がり、王宮を食い物にしますぞ!」


「マリーはこの国のためにがんばっているよ?」


首を傾げるクリス。彼は王でありながら、暗黙の了解や駆け引きにはひどくうとい。


「騙されているのです!あの女、純情無垢な陛下を惑わし、王の権力を使って思うがままに振る舞い、あ、挙げ句の果てに・・・」


『愚かにもクリスは私のことを好いているんですもの』


「俺の陛下をーーーーー!!」


「俺の?」


きょとん、と音がなりそうな程首を傾ける王の姿に、大男は自身の失言に気付き、慌てて釈明する。


「あ、こ、これは違うのです。偉大なる陛下に対しそのようなことっ。ただ、その私たちの陛下、バンザーイといった意味でして、はい。・・・申し訳ありません」


「えっと、僕ら友達だよ?」


知らなかったの、とでも言うような、太陽の様に無邪気で明るい笑顔。クリスにとって騎士や使用人は彼の大切な友なのだ。初めて自分を好いてくれた人達だから。そんな優しい気持ちも大男には少しずれて伝わったようだ。

大男の心は撃ち抜かれた。王の偉大さに歓喜し、ほえるように叫びだす。


「陛下ーーー!!私はあなたの下僕です。一生ついて行きます」


愛しく優しい王よ。誰よりも慈悲の心を持ち、民を第一に考えて下さる。王のために生きることこそ我が喜びよ!

そんな事を熱く語りながら、さらに彼はほえ、終いには慟哭する。


「あれ、友達・・・」


王の悲しい声は、鼻息を荒くし使命に燃える大男には、残念なことに届かなかった。


首を傾げながら、それにしてもどうしてアマリリスはこんなに王宮の皆から嫌われているのだろうと、クリスは考える。使用人や騎士、大臣、全て彼女の敵なのだ。貴族の令嬢からは好かれているようだが、それでもやはり居心地は悪いだろう。反対にクリスの周りには慕ってくれる人が多くいる。でも、なぜ。


昔は二人の状況はまるっきり反対だったのだ。アマリリスは多くの人を惹きつけ、社交界の華として君臨していたが、クリスは自室に閉じこもりきりの暗い王子だった。大臣には眉をしかめられ、使用人にすら馬鹿にされていた。食事を忘れられるのはしょっちゅう、廊下で勢いよくぶつかられても彼らは謝りもしない。むしろ、舌打ちをされる始末。


小さな頃から、彼は王族としてあつかわれなかった。母が異国の身分の低い家の出で、しかも彼が生まれてすぐ亡くなってしまったのがその原因として大きい。おまけに、クリスは頭が弱く、周りを期待させるような才などなかった。


そんな彼を唯一気にかけていたのは第一王子である兄だった。母親は違うが、兄は本当にクリスを慈しんでいた。しかし、彼の力でも弟の状況を変えるのは難しいことだった。若き次代の王として彼もまた多くの人々を認めさせなければならなかったからだ。


『すまない、俺の力が弱いばかりに。だがいずれ王となったあかつきには必ずお前を自由にしよう。武力ではなく、智やお前のような優しさが尊重される社会にしてみせる。だから今暫く待っていてくれ』


その言葉を信じながらも、クリスはどこか諦めを抱いていた。このまま城の中、あの真っ暗な部屋で誰にも見向きもされず一生を終える。それでも良かった。誰かに頼らなければ変えられない運命なら、いらない。迷惑はかけたくない。弱い自分、周りとうまくやれない自分を思うと吐き気がするから。


でも、


『あなた馬鹿ですの』


兄と共に部屋を訪れた綺麗な女の人。彼女は強い自負心と決意を以って、自分を嗤った。


『そこにいつまでもいれば万事円満解決、なんてなるとでも本当に思ってるの?おめでたい頭。社会を知らない子どもだから許されるとでも?』


不快気に歪んだ顔を隠そうともせず、彼女は毒を吐いていく。軽んじられているとはいえ、クリスは王子だ。ここまではっきり言われるのはめずらしい。目を瞬かせながらも、彼女の発言はどこか小気味よく聞こえた。


兄が額に手をやりながら、アマリリスを制す。そして、彼女をお前の教育係とする、とクリスに告げた。


アマリリスは兄を一瞬睨むも、渋々ながら淑女の礼をとる。それから、一人きりの日々は終わりを告げ、アマリリスに怒られ呆れられながらも、王族としての礼儀作法から国の歴史、社会情勢、果ては人心掌握まで習う日々が続いていった。


『マリー、大好き!』


いつしかクリスが満面の笑みで告白し、それをアマリリスが受け流すのが日課になった。きっと彼女は知らない。あの出会いの日より以前に、城の中遠くから偶然見えた彼女にクリスが恋に落ちたこと。


初恋は現在まで数年に及び続いている。アマリリスは婚約者になったけれど、それも仮初めのこと。今でもクリスの片思いに過ぎないことを知っている。それに昔を思い出すと、いつもアマリリスの隣には兄がいたのだ。教育係となったのも権力に屈してではなく、兄のためだろう。二人は想い合っていたのかもしれないと、最近になって鈍いクリスは思うようになった。今は亡き兄。彼の恋路を邪魔したのは自分だ、とも。優しい兄が弟が唯一慕うアマリリスを奪えるはずがないから。


だから、いくら好きと言っても踏み出せなくなった。どうしていいか分からなくなった。ただ、彼女のため良き王を目指すだけ。


























次話はアマリリスの心の内と、おばあさまの秘密。

たぶんアマリリスは分かりづらいツンデレですね。バカですの!?はご褒美です、はい。次回あたり出てくるはず。誰得かは、作者得ですが。

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