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〜リンバイド王国〜 ある拗れた恋の物語1


リンバイド王国のアーシェ大公爵家。別名宰相家。その二つ名通り代々宰相を排出してきた名門貴族だ。何より宰相は世襲制ではなく、貴族院の推薦と国王の任命により決定されるのだから、その才覚は並のものではないと分かってもらえるだろう。


アーシェ家が最も栄えた時代が、ちょうど中央国家の元首太陽王が討たれた後だ。討った連中が帝国を名乗り、次々と侵略によって周辺国の領土を侵していく中、当時の宰相エイデバルト・アーシェは毅然とし属国を拒否。国王の参謀として恐ろしく緻密な策を立てこれを撃退した。


その後も、豊かな資源と財力を持つリンバイド王国はしつこく戦をしかけられたがその度に勝利を収め、リンバイドは大国としてその地位を確立し、宰相エイデバルトは周りから一目も二目も置かれ、ついには事実上王家の次の位大公爵家の冠を与えられたのである。


そして幼い頃からこの話を何度も聞いていた、エイデバルトの孫のアマリリス・アーシェは彼に強く羨望を抱いていた。老いて現役を退いた祖父であるが今でもその影響力は強く、貴族院の者たちなどは度々助言を求め彼の屋敷を訪れていることをアマリリスは知っている。まあ、その度に「こんなことも分からぬとは、貴族院の穀潰しめが。我輩を煩わせるくらいならば、いっそ清々しく岩に頭を打ち付け果てよ。クズめが!」との、お言葉と絶対零度の視線を送られ、大の大人が冷や汗やら涙やらを可哀想なくらいダラダラとこぼし、縮まった蛙の様になるのだが、どういうわけか懲りずに皆通い続けている。


そんな彼だが、孫にはかなり甘い。妻を早くになくし、一人息子しか持たないエイデバルトにとって愛しい妻の血をひく孫娘は可愛くてしょうがないのだろう。アマリリスにだけは絶対零度どころか春の陽気の様に柔らかくあたたかな眼差しを向けている。


頭がよく、冷酷でもありながら、人を導く才を持ち、そして自分にだけは甘く優しい。いつしか祖父こそがアマリリスの理想の男性像となっていた。



* * *



「おじいさま、将来私と結婚して下さる?」


「すまない、嬉しい申し出だが我輩には今は亡き愛しい妻がいる」


祖父の膝の間に座る幼いアマリリスは、その言葉を聞いて頬を膨らます。大人びた言動の割にこういうところはやはり子供だなと、祖父、エイデバルドは目を細める。


「まあ、ひどいわ。女性からの求婚は勇気がいりましてよ。それをバッサリ切るなんて。断るにも、もう少し甘い言葉をささやいて下さいませ」


「む、甘い言葉とな?そんな芸当は、」


「おじいさまの野暮天」


「なっ」


「この前お会いした伯爵のおじさまなんて、わたくしをマイレディと呼び、甘く口説いてくださりましたのに」


「待て、誰だそいつは。十才のお前を口説いたのか!許せん」


頭の中で可能性のある人物を何人か思い浮かべる。彼の人脈と、発言力を使えば社会的制裁を加えるのはたやすい。


「そんなことより、おじいさまのことよ。言って下さらないの?」


「妻にもめったに言わなかったのだぞ。態度で察しろ」


「む~、女心が分かってない。仕方ありません、デビュタントの付き添いで手を打って差し上げます」


「は?何を。我輩は現役を引退したのだぞ。今更社交界なぞ出ても恥だ」


「ダメですわ、甘い言葉か社交界の二択です」


「社交界だ、アマリリス」


「本当に言えないのね。ふふ、約束ですよっ。指切りげんまん、嘘ついたら結婚。指切った」


無理やり祖父の手を取り小指を絡めたアマリリスは、成功したとばかりにいたずらな笑みを浮かべる。


「まったく、お前は。そのずる賢さは誰に似たんだか」


呆れた様にため息をつきながらも、その手は優しくアマリリスの髪を梳いていく。祖父の皺のよったペンだこだらけの手と、厳しくとも暖かな瞳が好きだ。アマリリスは幸せな気持ちで目を閉じる。気分は猫。


「もちろん、おじいさまに似たのよ」


生意気にもそう応えれば、閉じた瞼の先で祖父が微笑んだのを感じた。




* * *


時は戻り、アマリリスが祖国リンバイド王国へ帰った日。転移した時と同じ場所に現れた彼女は、すぐさまその地で待たせていた従者と馬車で王城へと向かった。


城に着くと不機嫌そうな顔をした大男が出迎えた。腰には騎士の証である剣を帯刀している。


「無事のご帰還心より喜ばしく思います」


全く喜ばしくない顔で一言そう発し、礼を取るものだから、思わずアマリリスは吹き出してしまった。


「ふっ。まあ、相変わらず頭の硬い男。愛想笑いの一つも出来ないなんて。だからいつまでも上に嫌われ出世できないのよ」


手に持った扇子で、礼のために膝をついたままの男の顎をすくう。不快そうに眉を歪ませる姿にまた笑みがこぼれる。この男はやはり愚かだ、城の中よく生きてこれたことと、呆れる思いでアマリリスは男を見つめ、彼の嫌いな香水の匂いをつけるように体を近寄らせ、そっとささやいた。


「どんなにお前達がわたくしを嫌った所でむだよ?陛下から離すことは不可能。わたくしは優秀だわ。それにクリスは間抜けにもわたくしを好いているんですもの」


後半はわざと陛下の名を呼び、甘く毒を吐いた。近寄るアマリリスから離れようとしていた男はその言葉を聞くと途端、目をかっ開いた。大きな体を怒りに震わせ、殺気立つ。


「貴様っ!我らが陛下を愚弄する気か」


今にも剣を抜きそうな勢いでくってかかる男の気迫は、戦場に出たことがあるだけあって女性や軟弱者なら腰を抜かし、許しを請いたであろう程凄まじい。しかし、体を離し男を見上げるアマリリスの瞳は、冷たく無機質だった。


「気をつけなさい、こんな人目につく場所で貴族令嬢に声をあらあげたとなれば、お前は終わりよ。陛下を守る砦は減る」


己から守れ、と言いたいのか、刺客からという意味なのか、分からないまでも、自分の迂闊な行動により起きる結果の深刻さを悟り、男は顔を青ざめた。


もしこの女に上へ一言報告されれば、城には居られなくなるだろう。そうなれば、誰が弱く優しい王を守ろうか。唇を血が出るほど強く噛み締めると、謝罪の礼を取った。


「申し訳ございません、どうかお許しを」




「さてと、わたくしは陛下の元へむかうわ。誰か案内なさいな」


アマリリスが首を巡らし、出迎えのため端に立っていたメイドを見やれば、慌てて返事をした。しかし、よく見ればどこか不満そうである。どうやらあの男と同じで陛下を慕う一人の様だ。


これみよがしにため息をつくと、隣でメイドが怯えた様に肩を揺らしたが興味ない。さて、どうしたものかと、アマリリスが思っていたその時、後ろから声がかかる。


「アーシェ嬢、よければ私が案内しよう」


無表情に近寄る女騎士。長い髪を一つにしばった彼女は騎士の制服がよく似合っている。


「任せます」


短くそういうと、女騎士と共に歩き出した。


彼女の名はサラ。実はアマリリスの友人である。女性の社会進出があまり歓迎されないこの時代、アマリリスは官僚、サラは騎士と身分は違えど同じ苦労を分かち合う同士でもあった。


「アマリリス嬢、八つ当たりか?」


前を歩いていたサラが振り向き問うた。先程のやり取りについて言っているらしい。咎める響きはない。


「気のせいよ」


「そうか。だが愉快だった。腹がよじれるかと思ったぞ」


無表情のまま淡々と応える。普通なら嫌味に思えるそれも、実は全く違う。本気で面白いと思っているのだが、質が悪い。非常に分かりづらい性格だと、アマリリスは常々思う。


「その顔でよく言うわ。怒っていないのね」


「大人気ない対応の同僚より、理不尽な嬢を迷わず選ぶ。見事な悪役ぶりだった。やはり嬢は面白い。だからサラは嬢が好きなんだ」


「あっそ、それはどうも。あなたって本当に変わり者」


適当に返したと言うのに、サラは心なしか嬉しそうだった。とはいっても無表情だから、雰囲気から察してみただけなのだが。


「それより陛下は、わたくしがいない間いかがお過ごしだったのかしら?」


「ふむ、陛下もなかなか面白かったぞ」


この後、言葉の続きを聞いてアマリリスは頭が痛くなった。






























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