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〜幻精国〜全ての命の母よ


「 イエーネ、久しぶりね」


夜、イエ=エネは女王の部屋に呼ばれた。水色のナイトドレスを着て、髪を高く結った目の前の主は愛らしく、それでいて大人の女を感じさせた。


「会いたかった。七十年、ずっとあなたのことを考えていたの」


鮮やかな笑顔と共に吐かれる偽り。


「光栄です」


そういって、礼をとる。これで顔は見えない。


「他人行儀だわ。ねえ、イエーネ、私のこと

恨んでる?もう嫌いになった?」


「・・・・・・まさか。心底、想うておりますよ。何にも変え難いほどに。強く」


顔を上げ、不安に染まるその顔を見る。自然、眉間にしわがよるのは嫌いだからではない。愛おしすぎて辛いのだ。


「なら、呼んで。私を呼んで?」


女王は手を伸ばしながら、何かに耐えるようにわずかに顔を歪まぜた。一心に乞われると、辛い。心の内に渦巻く想いが出口を求め騒ぎ出す。


何と呼べばいいのか、何が正解なのかは分からない。だが・・・・・・。


「姫」


口をついて出たのは、結局自分の望むものだった。途端、彼女の顔が喜びに染まる。


「イエーネ!大好きよっ、私の愛し子!」


体当たりでもするかのように抱きつかれ、体が揺らぐ。必死に抱きとめると、長い金の髪を手で梳いた。細くやわらかで、稲穂のようだ。


二度と触れられないと思っていた感触。孤独に麻痺した己の心がほろほろと、溶かれていく。幸福な時間。眩暈がする。


どれくらいたったか、違和感に気づく。女王が黙り切ったままなのだ。かすかに総身が震えてもいる。


「女王、泣いておられるのですか?」


「だって。イエーネぇ」


幼げな様子に、思わずふいてしまった。


「なんで笑うの?ひどいわ」


むっとして女王が顔をあげる。その額にイエ=エネは軽く口付けた。


「お変わりないようで、嬉しく思ったのですよ」


涙を眦に浮かべたままの女王が、再び強く抱きつく。


「イエーネ、イエーネ、イエーネ!!ブレナス エイディア。カッ ポネ」


興奮して、古語が出ているが本人は気づいていないようだ。


「女王。嬉しいのですが、あまり古語を使わないで下さい。危険です」


「あ、私、いまっ。ごめんなさい」


途端、しゅんと、してしまう。そんな姿にも笑みがこぼれる。


それから、たくさんの話しをした。嬉しげに、時に切なげに語る主の話をイエ=エネは黙って聞いていた。そして、イエ=エネもまた、言葉数は少ないが昔話をした。


月の位置が高くなり、夜霧が森を包んだ頃、イエ=エネは退室した。ベットに眠る女王を想いながら、ひとつの決断をすることとなる。


次の日、イエ=エネの姿は幻精国のどこにもなく、また国を覆う結界は波立っていた。




「どういうこと?私がここまで来た意味はなかったとでも言うのかしら?」


「いいえ。ただ、一度国にお帰り頂きたいだけです」


謁見の間で、真っ赤な装束に身を包んだ女が不服そうに玉座を睨みつける。


「まだよ。まだそちらの兵の実力を見てないわ」


「彼らの実力は私が証明します。なんなら、あなたのおばあ様に見せてもらうというのはいかがでしょうか?人を殺めずとも小国のひとつは落としてくれるはずです」


玉座の上の女がやわらかく微笑む。天然とも、わざととも判断のつかないそれに、紅装束の女の苛立ちが増す。


「殺さず、まだそんなことを言ってるの。我が国の時は国中が赤く染まったわ。おばあさまがいくら強かろうと、邪魔者を消せないなら意味がないのよ」


女、アマリリスは祖国の惨状を思い出す。血の匂いも、巻き込まれ怒り狂う民の声もよく覚えている。だが、全ては国のため、王位をあのろくでなしに渡らせないためだ。正しいとは言わないが、間違っているとも思わない。


「昨晩、我が蒼き愛し子と話したのです。子は戦に了承しました。私が望んだらきっと本位に背いても人を殺めるでしょう」


「なら、問題はなくなったのではなくて?」


「いいえ。だからこそ、させてはならないのです。あなたには損はさせずこれを守ります。ただし、私達の価値観は人間とは大きく違う。命は奪わず、体を奪うことならするかもしれません」


体を奪う。それが彼らにとって何を指すのかはアマリリスには分からなかった。だが、もう時間がない。これしか方法がないのなら腹立たしいがひとまず了承すベきだろう。


「分かりました。ただし、四日。四日の内にあなた方には帝国に宣戦布告をしてもらうわ。その間にこちらも策を練りますから」


女王は静かにうなずくと、手を上げた。何事かを呟けばアマリリスの姿は間から消え、結界近くへと移動していた。


結界を抜ける感触はスライムへ身を投げ出す感覚と似ている。柔らかな、多少の不快の先に目的地があるのだ。厳しい自然に囲まれた、極寒の地。アマリリスの祖国であるリンバイド王国が広がっていた。











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