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〜幻精国〜茶会と後悔

七十年前、失意に沈む女王を残しわたしは一人眠りについた。だが、その身を捧げたと言われるたび、違うと心が叫ぶのだ。


わたしの罪。それは、守護者としての役目を果たしきれなかったこと。そして、一番必要とされている時に、彼女の涙をぬぐってあげられなかったこと。


もっとするべきことがあったんじゃないか。人間との離別は間違いだったんじゃないのか。


そして、今日それが思い知らされる。


戦争は嫌いだ。だけど、それがわたしのせいなら。わたしは・・・・・。


眩しい程の朝日に照らされながら、体は水面をたゆたう感覚に微睡んでいた。


風に揺れる木々の音、冷たい水の感触。それらが放つ刺激は、生きているということを思い出させてくれる。目を閉じたまま、感覚だけを頼りにそんなことを考えていたイエ=エネは、ふと傍に人の気配を感じ、瞼を開いた。


四角い毛皮の帽子からはみ出た、灰色の毛を片手で押さえながら、女性がすぐ側の岸辺で微笑んでいた。



「ご機嫌よう、蒼き精霊様。わたくし、朝の茶会を計画していますの。一杯、いかがですか?」



赤と青のピアスが揺れる。




イエ=エネは目を見開いた 。紛れようもない。彼女は人間だった。


人が絶対不可侵の地において、決してあり得てはならない存在。それが、そこにいた。















「なんだ、お前。また泉で寝てたのか?もう十分寝たろ。七十年たっぷりと」


菓子を口に放りながら、岩男が呆れたように言う。


「癖だ。気がついたらあそこで寝ていた」


「ひでえな、そりゃ!呪われているんじゃないか」


声の大きさにイエ=エネは眉をしかめたが、男は気がつかない。


「んで、あの人間の嬢ちゃんになんて言ったんだ?」


「『薔薇の香を再びかぐつもりはない』と。あれがわざとでないなら意味は分からないだろうが」


朝の出来事を思い出しながら、イエ=エネはミルクティーを口にした。正直あまり美味しいとは思えず、おもわず顔をしかめてしまう。


「ガウード、お前のをよこせ。失敗した」


了承を待たず、それを手に取り飲む。砂糖も入れないただの紅茶だが、イエ=エネにとってはまだましだった。


「・・・・・ちゃんとした茶が飲みたい」


思わずそうこぼす。しかし、そんなことは不可能なのは知っている。諦めねばなるまい。探すにも国を出ねばならないのだから。


「お前も難儀な奴だよなぁ」


そんな様子を見てガウード、いやガウディ=ファイは哀れみの眼差しをむける。


「もうよい。それより、あの女のことだ。情報を」


「名はアマリリス・・・・・なんだっけ。たしかアーなんとかだ。んで、出身はリンバイド王国。宰相家の令嬢だ。なんでもそこの王と婚約中らしい。才色兼備で、狩猟を得意とする上、政治にも積極的にかかわっているんだと」


腕を組み、宙を見上げながら、思い出すように話していく。


「それは褒められているのか、疎まれているのか。どっちだ?」


「半々ってとこだな。お国柄、勇ましいのが好まれるのも事実だが、その手の性格は万人受けしない。貴族からは特に。おまけに、継承争いの際には、かなり活躍したらしい。兄王亡き後、第二王子が今の王となったんだが、第三王子が幽閉された後も、裏でそいつを推していた貴族様方は王宮に残っていてな。 彼女とそいつらとで衝突が耐えないみたいだ」


朝日に照らされながら、微笑んでいたアマリリスを思い出す。上品さと、聡明さを可憐な笑顔の中に秘めた、貴族令嬢らしい娘。あくまで外見上はだが。


「で、人間がなぜここに入れたんだ?目的は何だ」


すると、急にガウディ=ファイが黙り込んだ。顔を強張らせ、歯を食いしばり、うつむき加減に睨むように思案し始める。はっきり言ってその姿は、山を降り殺気立った山賊にしか見えない。まあ、似たような地位の持ち主だが。


ふむ、静かだ。ちょうどいいと、イエ=エネは紅茶を片手に、窓の外の鳥の音を聞き、風に感じ入った。


「イエ=エネ、俺はお前に謝らねえといけねえ」


よく見ると、向かいの木の枝の上に、白い小さな毛玉が座っていた。視線に気が付いたそれは、毛の間から覗く手を振る。非常に愛らしい。


「あの娘を入れた原因は元をたどれば俺にあるんだ」


手を振り返すと、白い毛玉が桃色に変わった。どうやら、照れを隠せない素直な体質のようだ。


「女王が結界を制御できるようになるまでの間、俺たちはずっと外にいた。そこで仲間をうまく助け出すべきだったんだ。だが、失敗した。あの人間の王が敗れた相手だ、難しいのは分かっていた。だがそれでも、俺は成功させるべきだった」


桃色に色づいた毛玉に、もう一匹の白い毛玉がよってきた。毛からのぞく、小さな手が絡まり合う。


「幻精国に入れるようになったのは、お前が眠りについてから三十年後のことだ。もう、その頃には幻精族は奴隷として認識されちまっていた。人間は自然を破壊し、どんどん科学技術とやらを発展させ、天の父を忘れていった」


愛しげに見つめ合う二人に刺激され、ある記憶が呼び起こされる。


姫は頬を桃色に染め、人間の男に腕を絡ませていた。幸せそうに微笑む二人。俺が守ると、俺だけのものになってくれと、人間は姫にささやく。


「その後四十年間、秘密裏に救い出そうとするもその科学力に敗れ成功しなかった。だから、女王は決断するしかなかったんだ」


風に揺られ、二つの毛玉は去って行った。それでも、イエ=エネの頭の中、記憶はきえない。


「最も権勢をふるっている国であるオルガ帝国。俺たちはリンバイド王国と共にそこと戦争をすることにしたのさ。なあ、笑っちまうだろ?ふざけんなって思うだろう?」


記憶の中、呆然と立ち尽くすイエ=エネの隣りで、がたいの良い男が怒っていた。お前それでいいのか、腹が立たないのかよと。


「ああ、くそっ!」


何も答えない自分の代わりに、男は吼え続けた。


拳を膝に打ち付ける鈍い音が、何度も何度も部屋に響く。イエ=エネは目の前の男に視線を合わせた。


「俺のせいだ。お前がやったことに報いれず、挙句の果てお前が嫌いな戦争を引き起こして」


正義感が強いこの男は、ああそうだ、昔からこんなにも変わらない。自分の為より人の為に怒り闘い、仲間を守り続けてきたのだ。


「ガウード、もうよせ」


その拳を手で包み抑えると、男は激しい眼差しのまま見やった。だが、イエ=エネの静かな青い瞳に、我にかえったように表情を解く。


「っ、すまん」


「急に沸点に達するのも相変わらずか。ある意味、安心するよ」


薄く微笑むイエ=エネに、気恥ずかし気に、ガウディ=ファイは視線をさまよわせた。


「・・・・・本当にすまねえ」


「ガウード、わたしは怒ってなどいない。戦争が女王の意思ならそれに従うつもりだ。だが、前の時のように女王が一人悲しむ姿は見たくない。それに・・・・・・」


一旦区切り、それから息を吐き出すように呟いた。



「わたしは人を殺せない」



決意か弱さ故か、それは恐らく言った本人にも分からない。ただ青い瞳が微かに揺れる。それと一緒に、先程から張り付いていた記憶の欠片が目の前を覆っていった。強い花の香が、イエ=エネの鼻腔をくすぐった気がした。









その日の夕方。城の前には多くの幻精族が集まった。その中心には精霊女王。


緑色のドレスを着た女王は、“命の母たる存在”にふさわしく、威厳と慈愛とがこもった眼差しを皆に向けている。


七十年前より大人っぽくなった気がした。


凛とした声が響くと、皆それを一言一句聞きもらすまいと耳を傾ける。女王はゆっくりと七十年間の間の気持ちと、仲間を守りきれなかった謝罪、戦争を決めた経緯を語った。


途中何度も、言葉をつまらせながらも賢明に伝えようとする女王を見ているうち、何人かは泣き始めてしまった。それも、すすり泣きではなく雄叫びのような泣き方で、女王がたまらず笑い出してしまい、それをきっかけにその場の全員が笑いだす。場は和やかな雰囲気に包まれた。




「私は、やっぱりみんなが大好き。だから、女王として、母として今やるべきことをしたいの。ずっと救えないままで、囚われた子達にはすごく辛い想いをさせてしまったから・・・・・・。その手段が戦争だなんて、私は本当に最低な女王だと思う。だけど、もうそれしかなくてっ。ごめんなさい。でも、どうか力を貸して下さい。お願いします!」



飾らない言葉に、相変わらずだとイエ=エネは思った。思わず笑みがもれる。



その日、森に拍手の音がこだました。













女王の話を聞きながら、思ったことは、なんてばかなのかしら、ということ。


女王としての威厳はあったもんじゃないし、君主が頭を下げるなんて聞いたことがない。


ふん、まったく、所詮は精霊の長ね。


っあ、痛っ!何をしますの?


女王はいい子だからそんなこと言ったら、めっ!って。


おばあさま、暴力に訴えるなんて幼稚ですわよ。淑女としての品格をお持ち下さいな。


ふふっ、睨まないでちょうだい。


ただわたくしは、クリスに似ていると続けようとしただけなのですから。







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