その4(完)
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放課後の屋上は、早朝の校舎と同じくらい静かだった。
雨が近づいているのか、薄暗い曇り空から吹きつける風は湿り気を帯びて冷たい。薄手のワイシャツとズボンでは少し肌寒い。ブラウスとミニスカート姿の女子は、俺達以上に寒く感じることだろう。
緊張のせいもあって冷えた指をこすり合わせると、カチカチと金属音が鳴った。
俺の手には、いつも靴箱に引っかけてある南京錠が握られている。U字のフック部分を押し込むだけで簡単にロックがかかる、シンプルな鍵だ。
それを指でいじりながら、俺はこの事件の流れをもう一度頭の中で整理した。
まずは『密室P&U事件』だ。
昨日の夕方、俺はこの鍵をかけて帰宅した。その時、靴箱の中には何もなかった。今朝登校して、ウメに靴箱を開けさせるまでは……。
靴箱の側面や扉に仕掛けはない。つまり、犯人は確実にこの鍵を開けて、P&Uを入れたということになる。
直後の『消えたP&U事件』については、誰にもアリバイは無い。ゴリゴも含めて、全員がP&Uを隠せたということになる。教室やトイレや用務員室、または職員室へ行くフリをして、一旦靴箱の影に隠れる。俺が立ち去った後、すばやくP&Uを処分すれば良いのだ。
PもUも、サイズ的にはかなり小さいし、ズボンやスカートのポケットに入れて隠そうと思えば隠せる。ただ、不自然にこんもり膨らんでしてしまうだろうけれど……それこそトイレにでも寄って捨ててしまえばいい。
結局、俺の推理は中途半端なままだ。
「謎は全て解けた……とカッコ良く言いたいとこだけど、細かいとこが分かってないんだよなぁ」
まあいいか、と俺は思った。
犯人は、もうすぐここにやってくるのだから――
『ギィィッ……』
約五分後。錆びついた屋上のドアが、悲鳴のような音を立てて開いた。
そこに現れたのは……。
「どうしたの、大木君。こんなところに呼び出して」
秋風に煽られ、栗色の長い髪が波のように揺れる。
その髪を白く薄い手のひらで抑えながら、彼女は天使のように微笑んだ。
◆
「ここ寒いから、単刀直入に聞くよ……正直に答えて欲しいんだ」
彼女は「何のことか分からない」といった、無垢な仔猫の目で俺を見上げる。
その眼差しに俺はどうしても弱い。心がぐらつきそうになる。だけど、絶対に言わなきゃいけない。
声が震えないように腹の底に力を込めて、その一言を告げる。
「――犯人は、君だね?」
彼女は答えなかった。その代わりに、ふっと微笑んだ。
それはいつも見せている柔らかな笑みではなく、吹きつける北風のような冷笑だった。
「……一応、理由を聞いてあげる。どうしてそう思ったの?」
やはり話は長くなりそうだ。
俺はスタスタと歩み寄り、彼女の元へ。
野良猫のように怯えた目をする彼女に優しく微笑みかけながら、俺はそのほっそりした手を引き、給水塔の影の少しだけ風が弱まる場所へと誘導した。意図を理解した彼女は、俺の手をパッと振り払うと、顔を赤らめて「ありがと」と呟く。
予想外、いや理想的なツンデレっぷりだ。
蕩けそうになる男心をグッと抑え、俺は考えたことを順序立てて伝える。
「えっと……最初に思いついたキッカケはね、単純に水瀬さんにだけ“動機が無い”からだったんだ」
「どういう意味?」
「あの通り、ウメと葵の二人とはいつも馬鹿げたやり取りをしてる。だから、手の込んだ悪戯を仕掛けるのには“俺をからかう”って充分な動機がある。あとゴリゴも、いつも学生の揉め事を探してる。たぶん生徒から頼られたり尊敬されたいんだろうな。まあ、あんなバカらしいことをするには動機が弱過ぎるけど」
「……となると、私には全く動機が無いってことよね。だって大木君と話したのって、今日が初めてでしょう?」
彼女を襲う冷たい風に対して、少しでも盾になるよう、俺は胸を張りながら告げた。
「そう……それなのに、君が“動機を考えろ”って言ったからさ。行き詰って、犯人探しを諦めかけていた俺に、わざわざヒントを与えるみたいにね」
なぜ、他の悪戯じゃなかったのか……?
なぜ、パンツとウンコだったのか……?
彼女に投げかけられたこの疑問は、固く閉ざされていた記憶の扉を開いた。
「おかげで俺、思い出したんだ。パンツとウンコ……この二つの言葉を良く使ってた時期があったなって。小学校低学年の頃だった」
彼女は唇を噛み、自分を抱きしめるように胸の前で腕をクロスさせる。
そうやって腕を組むのは、自分を守りたい気持ちの表れだと、テレビで心理学者が言っていた。
彼女の張った透明なガードを突き破るべく、俺は真っ直ぐに彼女を見つめながら語った。
「あの頃、隣のクラスに男勝りな女の子がいてね。いつも男子に張り合ってきた……名前はハッキリ覚えてないけど、確か“みっちゃん”って呼ばれてた」
おぼろげな記憶の中で、こんがり日焼けしたショートカットの少女が顔をくしゃくしゃにして笑う。太陽をバックに「キシシ」と笑い声を立てて。
あれは確か、俺を落とし穴にハメた時のことだ。
みっちゃんの背後では、いつもすぐ泣く女子たちも俺を見下ろしながら笑っていて、本当に悔しかった。あの落とし穴事件を機に、男子対女子の壮絶な戦争が起こった。
「みっちゃんはいつもズボンだったから、俺らは“男女”ってからかってさ。珍しくスカート履いてきたとき、真っ先にスカートめくりで攻撃したんだ。そしたら、みっちゃんのパンツのお尻に、茶色い熊のイラストがあって……」
みっちゃんのお尻は思っていたよりうんと小さくて、そこにプリントされた熊は可愛かった。
だから思わず、言ってしまった。
「みっちゃんのパンツに、ウンコがついてる……ってさ。ハハッ!」
「笑うところじゃないでしょっ!」
キッと俺を睨みつけるアーモンド形の勝気な瞳が、やせっぽちで気の強いみっちゃんと重なる。胸の中が、懐かしさと甘酸っぱさで満たされていく。
「まあまあ、良く言うじゃん。あの年代の男は、好きな子ほどいじめたくなるって」
「――ッ!」
俺は自分の放った台詞の意味に気付かないまま、回想を続ける。
それからみっちゃんは、男子から『ウンコ』と囃したてられるようになった。
当時流行っていた『みっちゃんみちみち~』という歌と同じあだ名だったことが災いして。
みっちゃんは顔を真っ赤にしながら「歌うのやめろ!」と追いかけてくる。俺達は蜘蛛の子を散らすみたいに逃げた。男子の集団がバラけても、最後まで俺を狙ってくるから、俺はみっちゃんをからかうのをやめられなかった。
でもその後すぐに、みっちゃんは遠くに引っ越してしまった。そのときはとても寂しかった。先生に住所を教えてもらい、俺は心を込めて手紙を書いた。
ただ、返事は来なかった。
俺は布団の中でこっそり涙して、全部忘れることにした。これからは絶対に女の子をいじめないと誓って。
自ら閉ざした記憶の扉は、予想以上に硬かったらしい。それから今日までみっちゃんのことは一度も思い出さなかった。転校してきた水瀬さんを見ても、靴箱の中のP&Uを見ても。
俺が淡々と告白するその間、水瀬さんは俯き、何かを堪えるように震えていた。あまりにも儚げなその姿は、過去のみっちゃんと違い過ぎる。
けれど、俺はどっちの女の子も最強に可愛いと思った。
「……った」
「うん?」
ふと漏れ聴こえたか細い声。俺は軽く屈み、彼女の唇へと耳を寄せる。
そして次の台詞に、胸を痛めた。
「辛かったの……いじめられっぱなしで、悔しかった」
「そうだよな。ゴメンな」
あの頃どうしても言えなかった言葉、手紙に記した言葉が、ようやく届けられた。それでも彼女は俯いたままで……。
「一生許さないって思った。大木広人のこと」
「うん、これから復讐してくれていいよ。俺のこと凡人の“凡ちゃん”とか、いっそ“ウンコ菌”って呼んでくれても構わないから」
「バカ……」
呟いた彼女の大きな瞳から、ポロリと涙の雫が落ちた。
◆
俺の差し出したハンカチで目元を抑えながら、彼女は声をあげず静かに泣いていた。
母さんが「いつかどこかで役に立つから」と、常にフレッシュなハンカチを仕込んでいてくれた。それが、本当に活躍する日が来るとは思わなかった。
俺は彼女の気持ちが少しでも浮上するようにと、不自然なくらい明るい声で問いかける。
「それにしても、水瀬さんがみっちゃんだなんて、全然気付かなかったなぁ。見た目もキャラも違うしさ」
「……大木君は、私のことなんてすっかり忘れてたってだけでしょ? 見た目は変わっても、名前は一緒なんだから」
「うっ……まぁ、確かに忘れてたけどさ」
「私の方は、わざわざ大木君がいる学校調べたのに。しかも地味な眼鏡のもやしっ子になってても、すぐ分かったのに」
彼女はむっつりと膨れて、さりげなく嬉しいことを言う。俺はニヤケそうになる口元を抑え、神妙な面持ちで伝えた。
「あー、それ一個言い訳させて。俺みっちゃんのこと、あえて忘れようとしたんだ。軽いトラウマっていうか……俺みっちゃんが転校した後、手紙出したんだよ? 返事が来なくてマジ泣きしたんだから」
すると、彼女は弾かれたようにパッと顔を上げる。
「嘘、そんな手紙知らないよ? 届いてないもん」
「うーん……もしかしたら、俺の字が汚すぎて郵便屋さんが読めなかったのかもなぁ。差し戻そうにも、俺んちの住所も読めないだろうし……」
自虐ネタでまんまと彼女を笑わせることに成功した俺は、調子に乗って当時の思い出を面白おかしく語る。小学生の頃、この町はもっと緑に溢れていて、俺達は日々大冒険を繰り広げていたのだ。
懐かしく愉快な思い出話がひと段落したところで、俺は話の核心に触れた。
「ところでさ、あの密室と消えたP&Uのこと教えてくれよ。アレどうやったの?」
「……もう、だいたい分かってるんでしょ?」
ハンカチを目元から離した彼女の瞳から、涙の輝きは消えていた。代わりに浮かぶのは、好奇心でいっぱいのキラキラした瞳。
誰にでも振りまく天使の仮面を外して、昔のように明るく活発な“みっちゃん”に戻った彼女は、小悪魔のようにキュートな笑みを向けてくる。
俺は彼女の目の前で、靴箱から持ってきた南京錠をプラプラと振った。
「とりあえず、この鍵のカラクリだけはね……これ、昨日水瀬さんがすり替えたんだろ? もう一個同じやつを持ってて」
「うん、大正解」
駅前の百円ショップで売っていて、この学校の生徒も多数愛用している平凡な鍵。
鍵穴まで一緒なものは無理でも、同じデザインのものなら、誰にでも簡単に入手することができる。
「少し前に、同じ鍵を買っておいたの。たまたま前に読んだ小説に、南京錠のトリックがあったから……アレをやってやろうと思ってね。ちょうど今日は朝早くから文化祭委員の会合があるっていうし、仲良くなる前に思い出させてやりたくて」
不敵に笑う彼女は、スカートのポケットから俺と同じ形の鍵を取りだした。
「昨日のお昼休みに、大木君の持ってるその鍵と、私が買ったこの鍵を交換しておいたの。ロックがかかってなければ、穴に引っかかってるだけだから、すり替えるなんて本当に簡単」
「俺は何も知らずに、そっちの鍵をロックして帰ったんだな」
「そう。あとは今朝私が大木君達より早く学校に来て、私の持ってる方の鍵で靴箱を開けて、アレを置いて……今大木君が持ってる、元々の鍵の方をつけ直せば完了」
まるで双子がこっそり入れ替わるみたいに、同じ形の南京錠が、昨夜だけ入れ替わったのだ。
鍵が一つしかないという思い込みが、真実を覆い隠した。
「今朝さ、俺の携帯をウメが普通に取ってただろ? そこでピンと来たんだ。ウメとは携帯の機種が同じだし、自分のだと思ってたものが人のかもしれないって。あとは、うちの母親がそっくりな豆腐を『微妙に違う』って言い張ったり……タイミング良くヒントがあってさ」
「……大木君って、やっぱり頭いいよね。普通そんなことで思いつかないよ」
「まあ鍵のトリックが分かったところで、それこそ犯人は誰でもいいってことになるんだけどね。決め手は、水瀬さんがくれた“動機”に関するヒントだったから」
他にも、唐突に俺を「信じる」と言ってくれたり、昔話を仕掛けたり、熊のストラップを見せつけたり。
褒め言葉のつもりで羅列すると、彼女はなぜかシュンと俯いてしまった。
「ごめんなさい。私もまさか、あんな展開になると思わなくて……本当は大木君が自分で靴箱を開けてたはずでしょ? その後どんな風にごまかすか見てやろうと思ったの。なのに、ウメ君が見つけて大騒ぎするし、先生も来るしで……本当に焦っちゃった」
自分の証言にも矛盾があったのだと彼女は暴露した。
保健室を利用したなら、まずは用務員室に鍵を返してから教室に戻るのが最短ルートだ。だから彼女はあのとき保健室の鍵は持っていなかった。既に用務員室へ寄って、鍵を戻していたのだ。
それなのに、P&U発覚の直後「鍵を返しに行く」と言ってしまった。
「じゃあもしかして、用務員のオジサンに聞き込みしたら……」
「うん、私の嘘がバレてたはず。もし葵ちゃんが『アリバイの裏を取る』って言い出してたら、自分でバラしちゃおうと思ってたけどね」
そこまでは俺の想像通りだ。俺はうんうんと頷き、再度問いかけた。
「じゃあ、消えたP&Uの方は?」
「それも簡単なことよ。皆が考えた通り、私は用務員室には行かないで靴箱の裏に隠れてたの。大木君がいなくなってすぐ、アレを処分したってわけ。どうやったか分かる?」
俺はしばし空を見上げて唸った後、両手を上げ降参のポーズをとってみせる。
「分からない? 案外ウメ君が鋭いなっていうのが、ヒント」
「ウメが……何だろう?」
「ほら、後からもう一度靴箱を見に行ったとき、ウメ君が見つけたじゃない。靴箱に忍び込んだ侵入者をね」
ペロッと舌を出してみせた彼女が、あまりにも可愛くて……俺は推理どころじゃなくなってしまった。とっさに顔を伏せた俺を悩んでいると勘違いしたのか、彼女は楽しそうに笑った。
「もう一つ、ヒントあげるね。……小学生の頃、大木君が良く歌ってた、みっちゃんの歌があったでしょ?」
「ああ、うん、ゴメン」
「もう謝らなくていいから、あの歌思い出してみて?」
俺は、その歌詞を記憶から引っ張り出してみた。
「えっと、『みっちゃんみちみちウンコ垂れて、紙がないから手で拭いて、もったいないから食べちゃった』……って、ひでぇ歌詞だよなぁ。で、この歌がヒントって?」
「降参する? だったら教えてあげる」
首を傾げる俺を見上げて、お気に入りのチョコレートを頬張ったときのように、ニッコリと微笑む。
その可憐な唇がゆっくりと開いて……。
「歌の通りなの。あのUの方はね……私が、食べちゃった!」
「――へっ?」
「でも、ほんの少し食べ損ねが残ってたみたい。アリさんの嗅覚ってすごいね」
「つまり、まさか、アレは……」
「うん、かりんとう。大好物なの」
その瞬間、俺はがっくりと肩を落とした。
今まであんなに恐れていた物が……あの屈強なゴリゴでさえ、軍手とビニール袋越しに触ろうとした物が、彼女の胃袋に収まっていたとは!
「風邪気味っていうのも、ちょっとしたアリバイ工作なんだ。皆より早く学校来る理由と、あとマスクしてられるようにって。マスクがあれば、白い布を持ってるとか、口をもぐもぐさせてても多少ごまかせるかなって」
「スゲー、全然思いつかなかった。じゃあ、Pの方はどこに隠したんだ? スカートのポケットか?」
「それは……きゃっ!」
唐突に駆け抜けた疾風。
その時、彼女のスカートがふわりとめくれ上がり……俺は、見てしまった。
意外と肉付きの良い太ももの上、ピンク色のパンツの上に重なった、純白のもう一枚を。
「み、見たっ?」
リンゴみたいに真っ赤な顔で俺を睨みつける彼女に、俺は素直過ぎる感想を漏らしていた。
「みっちゃん、ずいぶんお尻に肉ついたなぁ」
「――バカッ!」
ヒラリと揺れるスカートの裾を抑え、栗色の髪をなびかせて、みっちゃんは脱兎のごとく走り去った。
その後姿を見送りながら、俺は思った。
「公共の場で、ウンコを頬張りながらパンツを穿く美少女かぁ。うーん、まさに事実は小説より奇なり」
独りごちた俺は、そのシーンをリアルにイメージして、ブハッと噴き出した。
ひとしきり爆笑した後、眼鏡を持ち上げ目尻に浮いた涙を拭う。
「しっかしみっちゃんも、思い切ったことするよなぁ。俺がもっと早く引き返してたら、パンツはいてる決定的瞬間が見られたかも……まぁ、そーいやみっちゃんは昔からそんな子だったな。お互いバカな悪戯して、何度も先生に怒られたっけ」
心の奥から引っ張り出された、古いアルバム。
返事の来なかった手紙の悲しさから解放されれば、こんなにも色鮮やかに幼いみっちゃんの姿が蘇ってくる。そして小さなみっちゃんは、俺がドキドキしながら見つめていた『大人しい水瀬さん』へ変化し……ツンデレっぷりが可愛らしい、今のみっちゃんへとリンクしていく。
吹きつける風の冷たさも忘れ、ゆっくりと順を追って彼女の気持ちを想像していくうちに、俺は一つの事実に気付いた。
ようやく辿りついた最後の謎。
彼女が俺に、こんな罠を仕掛けた理由。
「そっか。みっちゃんは俺に、気付いて欲しかったんだ」
みっちゃんは俺のことをずっと覚えていた。
ゴリゴに見つかった後は、たぶん俺をかばうためにP&Uを消した。
何よりさっきの、照れたような拗ねたような表情……。
「この推理が当たってたら嬉しいんだけどな」
中学高校と、それなりに可愛い女子と出会ってきた。でもどんな女の子を見ても心が動かなかった。
「俺もずっと、忘れられなかったのかもな……初恋の相手が」
秋空にたなびく雲を見上げながら、俺は願った。
彼女にとって俺が、この先もずっと、一人の平凡な男に成り下がりませんように、と。
その夜、俺は彼女に電話をかけた。
それはまさに、平凡を愛する俺にとって一世一代の大勝負――
エピローグ
翌朝。
二日連続の『早朝ミーティング』にて集合した文化祭委員のメンバーに、嵐のような衝撃が襲いかかった。
最もダメージを受けたのは、当然……。
「――ええっ! 犯人ってミナだったのっ?」
「うん、お騒がせしてゴメンね。ビックリした?」
「かなり……まいった。腰抜けそう」
ぐったりと力なく崩れ落ちかけた葵の身体を、背後に居たウメがさりげなく支える。お調子者のウメも、「食べちゃった」という無邪気なカミングアウトはさすがに想定外だったのか、口をぽっかり開けて絶句している。
二人のリアクションを見て、アハハと明るく笑い飛ばした水瀬千花の髪は、さっぱりしたショートヘアに代わっていた。アイドルがステージを降りて普通の女の子に戻る……それくらい見事なイメチェンだ。
俺は露わになった白いうなじに見とれつつも、なんとか口を開く。
いつもと変わらない、平凡過ぎてあくびが出るような質問を。
「それにしてもみっちゃん、その髪型どーしたんだよ? 昨日の電話では切ったなんて言ってなかったのに」
「ふふっ。ヒロ君を驚かせたくてねー。どう? 昔みたいでしょ。長いのと短いの、どっちがイイ?」
「そりゃあ、どっちも最高に……って、こんなこと言わせんなよ」
「ダメ、ちゃんと言ってくれなきゃ許しません」
という、俺たちのナチュラル風でありつつ違和感たっぷりの会話に、ウメと葵が生気を取り戻す。
「……“みっちゃん”?」
「……“ヒロ君”?」
訝しげな二人の視線を浴びて、照れ笑いするのが精一杯な俺の背中を、頬を染めた彼女が『ちゃんと言え!』というように力一杯叩いた。(了)
↓解説&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
「かりん糖はウンコに似ている!」……それだけで発案した話でした。結果、非常にバカバカしい内容になってしまい、ミステリとは堂々と言い難い感じに。スンマソン。しかしラストの爽やか感は、あたかもウンコがつるんと出たかのようなry ※ちなみにこの作品は一昨年夏に書いたものですが、当時の某企画のキーワード『5、嵐、英雄、一世一代の大勝負、ケンカ仲直り』も使ってみたりしております。縛りがあった方が筆が進む不思議……。