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その3

 3


 アドベンチャーゲームで学んだ知識によると、捜査で最も大事なステップは現場検証だ。

 この靴箱のどこかに犯人の痕跡が残っているかもしれない。遺留品とか、ダイイングメッセージとか。

「……ふむ。靴箱の高さは、ちょうど俺の目線だな。小さな子どもが悪戯したという可能性は消えるだろう」

「当たり前でしょ」

 すっかり俺を犯人扱いの葵が、唇を尖らせて俺を見上げる。その横ではマスクをつけた水瀬さんが、困ったように小首を傾げている。ウメはその後ろで、ヘラヘラといけすかない笑みを浮かべる。

 俺はニヒルな探偵っぽい表情をつくり、居並ぶ靴箱の取っ手部分に目を向けた。

「密室っていうけどさ、もしこの鍵が誰にでも開けられるとしたら? 所詮百円だし、いろんなヤツの鍵とかぶってるだろ?」

 ほぼ全員の靴箱に、俺と同じような南京錠がぶら下がっている。ダイヤル式だったり、俺と同じく小さな鍵を差し込むタイプだったりと種類は様々だ。

「確かに大木クンと同じ鍵使ってるひとは、いっぱいいるけどさぁ……本体の形が一緒でも、鍵の形までそっくり同じってことは無いんじゃない?」

「う……まぁそうだな。でもこんなチャチな鍵、針金で簡単に開けられるかもしれないし」

 小汚いスニーカーが収まっているだけの日中は、鍵をロックせず穴にひっかけている。

 俺は自分の南京錠を手に取った。そのフック部分を押し込んで、一度鍵を閉める。そして、教室から持ってきた針金クリップの先を鍵穴の中に突っ込む。適当にぐりぐりとかき混ぜて……結果、一分弱で諦めた。

「……ま、こういう作業が得意なヤツが居てもおかしくはないし」

「特技が鍵開けの高校生ねぇ……そんな人、漫画の世界でしか見たことないけど」

 葵の皮肉が俺の胸にグッサリ刺さっている間に、持ち前の好奇心を発揮し出したウメが、俺の靴箱の中を覗き込んでいた。上下左右、靴箱の内側をコンコンと叩いている。

「どーした、ウメ?」

「いや、もしかしたらこの中の仕切り板が外れたり、この扉ごと取れたり、なんか仕掛けが見つかるかなーと思ってさ……でもダメだ。アリンコ一匹しか見つからねえや」

「なるほど、その手があったか……」

 うっかり口に出してしまった正直者の俺。

 すかさず葵が、水瀬さんに内緒話を囁きかける。「大木クンって眼鏡の委員長キャラだけど、あんまり賢くないの」と……うん、まったく内緒になってない。

「ちがうんだ、今日は寝不足で頭の回転が鈍ってて」

 と、我ながら見苦しい言い訳をしようとした俺は、一つの事実に気付いた。

 あの方法なら――

「おい、ウメ」

「んー?」

 俺の靴箱の扉をガタガタ動かしていたウメが、振り向きもせずに生返事をする。

「やっぱり犯人は、お前だな?」

「ほぅ……その説の根拠を聞こうじゃねーか」

 ウメは威圧感たっぷりの鋭い目で俺を見下ろし、ゴキゴキと指の骨を鳴らす振りをする。自称元ヤンなウメの強烈デコピンを恐れた俺は、慎重に言葉を選んだ。

「お前は俺のスマホにこの靴箱の鍵がつけてあるのを知っていた。そして、俺の家はこの学校から徒歩十五分。急げば往復二十分だ。昨夜から俺達はずっと一緒にいたが、明け方俺は二時間ほど熟睡した。その間にお前がここへ来てP&Uを仕込めば」

「はぁ? んなアホなことするかよ。ぐーぐー寝てる凡ちゃんの隣で、ギャルゲのエンディング見て泣いてたっつーの。第一凡ちゃん家って、夜中にドア開けたら警報鳴るんだろ?」

「あっ、そう……だな。よし、その可能性もナシ、と」

 俺はさも当たり前のことを確認したように、葵が情報を書き込んだルーズリーフに『ウメ:密室アリバイ有り』と加筆した。

 俺の汚い字を覗き込んできた葵が、「これ読めなさ過ぎ。アラビア文字? 暗号文?」と、またもや水瀬さんを巻き込んで大爆笑。俺のテンションをどん底まで追い込んだ後、さらりと呟く。

「アリバイねぇ……でもそれ言ったら、密室じゃなくて消えたP&Uの方は、全員アリバイ無しよ? 大木クンも含めて、全員が一旦この場所を離れてバラバラになったんだから。ゴリゴだって、本当はすぐ戻ってきてP&Uを捨てて、あんな風にわざとアピールしに来たのかもしれないじゃない?」

「そりゃそうだよな……」

 誰にも不可能な密室と、誰にも可能な消失。

 結局こんな風に推理してみたところで、誰かが嘘をついているとしたら、真相は藪の中だ。ましてや名探偵属性もない平凡な俺が、こんな難しいトリックを解ける可能性なんてゼロに等しい……。

 意気消沈した俺が、「じっちゃん、すまねぇ」とギブアップの言葉を口にしかけたとき。

「あのね、ちょっと思ったんだけど……」

 澱んだ空気を一瞬でリフレッシュさせる、水瀬さんの囁き声。

 コホンと一つ咳をすると、水瀬さんはパッチリした瞳で俺を見上げて言った。

「私、ミステリーが好きで良く読んでるの。アリバイで捜査が詰まったら、もう一回基本に戻ってみるといいかも。例えば、動機とか。先生にはこんな悪戯をする理由が無いよね? わざわざ学校で揉め事を起こすなんて」

「そーねぇ。無理やりこじつけるなら、ゴリゴって大木クンのことお気に入りだから、コミュニケーション取りたかった、とか?」

「コミュニケーションなら、もっと別の方法があるんじゃないかな? パンツとウン……P&Uじゃなくても、いろいろ考えられるでしょ?」

 確かに、とその場に居た全員が頷いた。畳みかけるように、水瀬さんがシンプルな疑問を口にする。

「大木君も、葵ちゃんも、ウメ君も、これがただの悪戯だって思ってるみたいだけど、悪戯にしてもわざわざこんな手の込んだマネ、するかなぁ?」

 その言葉に、俺は焦った。

 ウメが……いつの間にか梅宮君じゃなく“ウメ君”と呼ばれてる!

 俺は大木君のままなのに!

 できれば『ヒロ』とか呼んで欲しい……そう念じつつ、俺は水瀬さんの可憐なドヤ顔に見入った。

 俺のあだ名は、小学校の頃から『ヒロ』だった。この学校でも、入学当初は皆そう呼んでくれていた。なのに、ウメのせいで俺は“凡ちゃん”に……ッ!

 殺意を込めてウメを睨みつける間、葵はぷくっと頬を膨らませながら思案する。

「ミナってボケてるよーに見えて、意外と鋭いかも。そう考えれば、変だよね。単にビックリさせたり笑わせるだけなら、P&Uじゃなくても良かったワケでしょ。ヘビの玩具入れるとかさ」

「でもP&Uだから、オレはめちゃめちゃウケたけどなっ」

 ウメがまたもや思い出し笑いをし始めるその横で……俺の脳裏には、何やらもやもやとした疑問が浮かんできた。

「パンツと、ウンコ……?」

 あごに手を当て『考える人』のポーズを取った俺の脇から、沈黙を破るブブブという機械音。ウメがズボンのポケットからスマホを取り出す。

 しばし楽しげに会話した後、ウメは俺の肩を叩き言った。

「ほい、凡ちゃんのオカンから電話だよ」

「ちょ、人の電話勝手に取るなよ!」

 そう叫んで、俺は気付いた。

 さっきウメに靴箱を開けさせたときから、携帯を預けっぱなしだったのだ。まるっきり同じ機種で、お揃いのストラップをつけているから分からなかった。

 慌ててそれを奪い取った俺に「帰りに豆腐を買って来い、男前じゃなくてジョニーの方だ」という母からのミッションが言い渡される。

 げんなりしつつも、いつものように「ポッシブル」と返事をする俺の横で「大木ママ、ご馳走さまでした!」と葵が大声を出した。「あら、葵ちゃんも傍にいるの? ちょっと代わって」と言いだした電話をプチッと切る。

「ったく、こんな大事なときに何で……せっかく何か浮かびかけたっつーのにっ」

 思いっきり不機嫌になる俺の背中をぽんと叩き、葵が言った。

「そろそろタイムリミットだよ。謎が解けないままってのはしゃくだけど、一旦教室戻ろ? また何か気が付いたら話し合うってことで。そーだ、文化祭の件もあるし、ミナも二人に一応連絡先教えてあげてよ。ラインのIDがいいかな」

 葵のグッジョブにより、俺は不機嫌をあっさり返上。

 ホクホクで水瀬さんの名前をスマホに入力していると、速攻作業を終えたウメが邪魔しにかかる。

「そーいや、水瀬さんって何で『ミナ』なの? 名前の『チカ』でもいくね?」

「あんまり慣れないかも。小さい頃からずっと、名字の方で呼ばれてたから」

「あ、そーなんだ。でも水瀬さんって、最近ご両親が離婚したんだよね。名字変わったんじゃねーの?」

 あまりにもデリカシーの無い発言だった。

 俺と葵が、左右からデコピンの構えをつくると、水瀬さんは何事も無いようにニッコリと微笑んで。

「うんとね、ちょっと複雑なんだけど、うちのお母さんって元々シングルマザーだったの。籍入れないで“内縁の妻”って形で一緒に暮らしてて、今回また別居することになって……だから私はずっと“水瀬”なんだ」

 その台詞を耳にした俺の身体は、一瞬動きを止めた。スイッチが切れたアンドロイドみたいに。

 鈴が鳴るような軽やかな声が、俺の脳みそをぐるぐるとかき混ぜる。

 水瀬さんの白いブラウスの胸で、スマホのストラップが揺れる。トラッドなスーツを着こなした、可愛らしいテディベア。

 さっき浮かびかけて消えた疑問が、入道雲のようにむくむくと湧きあがってくる。

 同時に、すっかり忘れていた……いや、忘れたかった記憶の扉が開かれていく。


 鍵の閉まった南京錠。

 ウメが取ってしまった、そっくりな二つの携帯電話。

 そして水瀬さんの過去と、パンツとウンコに関する遠い記憶……。


 パズルのピースがはまるように、俺の頭は一つの結論を導き出していた。

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