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とある勇者と魔王の決闘は。

作者: ジェル


1月15日改稿しました。










さあ、やっとよ!


そう彼女が意気込んで入ってきたのはいつだったか。

彼女は未だ、数十メートル先にいる男を、ただ睨みつけていた。



深緑の髪の毛は高い位置で束ねられており、大きな黒い目は堅い意志と信念の色に染まっている。そして、その視線は揺らぐことなく自分より高いところに鎮座している男に注がれている。(つまり、彼はいくつか段があるその上のステージのようなところにいた。)

馬鹿にされていると感じた彼女は、無意識のうちに顔をしかめた。

華奢な体には似合わない大剣を背中に担ぎ、しかし服は、どこか軽装のように見受けられる。

彼女は睨むだけで喋る気はないのか、唇は一文字に結ばれていた。しかし、そんな愛想のかけらもない顔をしていても、綺麗な顔だということははっきりと分かる。思春期の子供から大人の女性になる、危うげな美しさと少しあどけない可愛らしさを兼ね備えた顔つき。

彼女の名前は、チェルシー・エリアス。

職業は、勇者。


そんな彼女に睨まれている当の男は、なんの感情もこもっていないような表情で彼女を見下ろす。

それが余計チェルシーを苛立たせた。

このまま睨んでいても埒が開かない。そう思ったチェルシーは、息を吸うと……、でもやはり口を噤んでしまった。

―――ああだめ。一体何を言えばいいの。こんな状況になるなんて、全く考えなかったのに!

この男を倒すために厳しい特訓はしてきたが、その戦いを始めるためのコミュニケーション能力が要り用だとは微塵も思っていなかった。

もういや。うそよ。

萎えそうな気持ちを、打倒魔王!の訓練を思い出して引き止める。

そうよ、私は頼りない男の勇者候補たちを出し抜いてここまでやってきた。たった30キロの剣も持てず、「えーおれもう無理ー」なんて、ふざけとんのかあの男たちは。あんな貧弱なやつら、男の風上にもおけん。全く、だらしなさ過ぎ。私が「じゃあ出ていけば?」って言ってやったら涙ぐんでたっけ…。

おっと、いかんいかん。思考が懐かしの故郷にトリップしていた。

にしてもさあ……―――なんか喋れよ魔王!!!!


そう、チェルシーを見つめるだけのこの男は魔王なのだ。勇者であるチェルシーは魔王をやっつけるべきなのに、ついタイミングを失ったせいで、彼女はかれこれ30分ほど黙って彼を睨んでいるだけとなっていた。

苛立ちも消え始め、チェルシーは心の中で、必死に言い訳を始め出した。


だってっ!

私がババーンとこの大広間に入ってきたら、魔王があくどい笑みを浮かべて、

『お主が勇者か。このわたしを倒そうなど100年速いわ!』

とか言う設定で。

それに私は、

『可能性が0じゃないのなら!

0.1%にでもかけて私はあなたを倒すっ!!』

とかなんとかカッコいいことを叫ぶ予定で。

なのに!なのによ!?

私がここに入ってきても、こいつ静かに私を見つめるだけなんだもの!

別に殺気とかもなくて?

全然攻撃的でもなくて?

彼しゃべる気もないし?

私はいつ何をどうすれば良かったのよーっ!


チェルシーの瞳に、戸惑いと焦りが見え始める。

睨み続けて30分、今更何を言えばいいのだろうか。

自分が情けない。


こんなことなら、師匠に戦いの火蓋を切って落とす方法を教えてもらうんだった…


チェルシーは、それでも魔王が喋ってくれることを期待してただ彼を睨んでいた。

濃紺の髪は少し長くて、前髪などは彼の目にかかっている。だが、その顔立ちが、綺麗で、端正で、整っていることはここからでもわかった。その瞳が表す、自分と戦う気がないということも。

彼はただ彼女を見ていた。

無表情。

殺意も闘争心もない代わりに、興味も好奇心もなかった。

チェルシーはもう逃げ出したかった。何の感情も持ってもらえない。魔王に殺意さえ抱いてもらえないほど、魔王にとって自分は大したことない存在なのか。あんなに、特訓したのに…。ありえない。もういや。

でも、ここまで来たのに逃げるのはもっといやだった。

チェルシーはぐっと唇を噛んだ。うつむく。


「なんなのよ…」


ポロリと零れた言葉にびっくりした。

あんなに言葉を発することを躊躇っていたのに。

一度喋ると、その後は簡単だった。


「どうして何も言ってくれないの?」


やだ、違う、文句じゃんか。


「いや、あの…、私勇者です」


最悪だわ、自己紹介してしまった。

チェルシーは喋らなかったほうがマシだったかもしれないと感じ始める。

魔王は、普通に頷いた。


「………知っておる」


ですよねー。

チェルシーは絶望的な気持ちになった。

絶対、バカだと思われた。うん、絶対、バカだと思われた。

撤回したく、マトモなことを言おうと再び口を開く。


「あ、ああなたを倒しにきました」


どもった。

しかも、当たり前だ。それが勇者の仕事だし。

チェルシーは、自分が自分で思っていたより賢くないことをこの瞬間学んだ。



「殺せばよいではないか」



は?

突如聞こえた低い声に、落ち込んでいたチェルシーの動きが止まる。

魔王――彼の名前はリィヴと云った――は、首を少し、ほんの少しだけ傾げた。ほんとのほんとにほんの少しだったため、チェルシーは気がつかなかったが。


「………なぜ、殺さぬ?」


チェルシーは、まさか魔王と話が通じないとは思っていなかった。

言葉はわかるのに、話がわからない。

世の中不思議なこともあるものだ。

チェルシーは、また学んだ。今日だけで3つ、賢くなった。

自分は自分で思っていたより頭が回る人物でなかったし、コミュニケーションをとるために乗り越える壁は言語の違いだけじゃないとこも知った。

それに、戦う云々の前に、戦いを始めるための挨拶が要り、その後には戦いについて話をするための会話スキルが必要だったのである。


で、今なんと?

チェルシーは、リィヴを見た。

リィヴはまた、ぞくっとするほどいい声でそれに応える。音量は大きくないのに、それはしっかりとチェルシーの耳に入ってきた。


「………殺せばよい、と申した」


「どこがいいのよどこがっ!!」


思わず彼女は叫んでいた。

「信じらんないっ!」

背中にしょっていた大剣を地面に叩きつける。ガシャンガシャンと金属の耳障りな音が響く。

リィヴは、少し目を見開いた。これもほんとのほんとにほんの少しだったため、チェルシーは気がつかない。


「あんたっ!命は簡単に捨てちゃ駄目なのよっ!?」


素晴らしいことを言っているようにも思えるが……どう考えても、魔王を倒しにきた勇者の発言ではない。


「………はあ」


あまりのことに、リィヴは抜けた返事しかできない。

「いい!?」

チェルシーはすたすたと歩いて、段差を飛び越え、リィヴが座る玉座まで寄ってくる。

「命を粗末にしちゃだめ!殺せばよいって何よ!何がいいのよ!?死にたいのっ?!」

すごい剣幕で喋るチェルシーに、リィヴは少し口元を緩めた。ほんとのほんとにほんの少しだったが、距離が近かったため今度はチェルシーも気がついた。


「…っ、な、なによ?」


「………悪役をするのはもう疲れたのだ」


「え?」


「………私は機会があるのならば死にたい」


リィヴは穏やかに言った。


―――…さあ、勇者。


チェルシーは、言葉につまった。


―――倒すべき相手が死にたいって言ってる。殺せって言ってる。でも、。死にたいなんて…、だめだ。悲しすぎる。楽しかった事が人生でひとつもないような顔しやがって。信じられない。そんなことを普通に言えるこの人が。


「あっけなくやられる魔王なんていやよ。そんなの戦いじゃないし、歴史的でもないじゃない。私は血が煮えたぎるような、熱い決闘がしたいの。

殺せ、はいわかりました、スパッ、ちーん、なんて望んでない。嬉しくないわよてかそんなんじゃ師匠にあわす顔がないそして国に帰れません」


「………怪我がしたいのか?」


「違うっちゅーねんっ!お前、ほんま人と会話する気あるか?」


チェルシーは、この魔王にガツンと言ってやることにした。

そんなに死にたいなら自分で死ねばいい、と。

でも命を軽々しく捨てるな、と。

それから、自分は、そんな卑怯ともとれる方法で勝ちたくなんかない。

違う、こんなのは"勝利"じゃない。

勝ち取るのだ、勝利は。

今魔王を殺したところで、自分は勝てない。むしろ負けなような気さえした。

戦って、実力が足らなくて死ぬならしょうがない。両者とも納得できる。だって、戦いの世界は実力主義。″自分が弱かったから負けたのは当然だ、何をされても文句は言えまい″もしくは″私は勝ったのだから何をしても許されるだろう、相手が弱いのが悪いのだ″。…戦いの世界では日常茶飯事。勝っても負けても、正正堂堂戦ったのならば納得せざるを得ない。

でも、これは、私が納得できないんだ。

――――…絶対に、死なせてなるものか。




「戦えっつってんのよ!!」




チェルシーは、玉座に座る彼に掴みかかった。


「………殺せ」


命令っ!?

こいつまだ言うかっ!!!!

チェルシーの頭に血が上る。


「ふっざけるなぁぁあ!!」


ガクガク揺すりながら叫ぶと、リィヴの少しだけ驚いた顔が見えて、チェルシーはぴたりと動きを止めた。


…空色。


青空をそのまま移したようなリィヴの瞳がまっすぐにチェルシーを見ている。

その目が少し、悲しそうに陰った。

「………すまぬ。私にはよくわからぬのだ。人の考えていることが」

「……っ」


チェルシーは、わかってしまった。魔王も、人なのだと。

しかも、悪い人ではないのだと。


「………勇者よ、わたしを殺してくれぬか?」


わかってしまった。

わかってしまったのだから。


「…だ、だめだめだめよ!絶対殺してやんないんだからっ!」


尚更、殺せるわけなかった。


「………何故?勇者であろう」


勇者だけど、その前にチェルシーも人間であった。

チェルシーは、ふんっと鼻息荒く掴んでいた魔王の襟を離す。



―――あんたはまだ、死ぬべきじゃない人だ。



″いい人″には、いい未来が待ってるはずなんだから。あんたが今まで死にたいほど悲しいことしかなかったのだとしたら、それはいいことばかりの未来に復讐されてたんだよ。悲しみが大きい分、幸せも大きいって言うじゃないか。

あんたは、死んじゃいけない。

死にたいってことは、裏を返すと生きたいってこと。

―――――あなたは生きていたい。

ねえ、そうでしょう?

「わ、私は死を望んでいる者に死を与えるようないい人じゃないわ。それに、死にたいなんて簡単に言っ

ちゃだめなの!死んでいいのは寿命だけっ。戦いもせずに死ぬなんて許さないからね!!」


「………矛盾しておる」


「世の中矛盾ばっかりよ!」


「…………」


リィヴはきょとんとチェルシーを見ている。

チェルシーはくるりと魔王に背を向けて歩き出した。大剣を拾って背中に戻す。



「死んじゃだめよ魔王!私が明日も明後日も明明後日も一年後も倒しにくるから!それまで死んじゃだめだからね!」



リィヴはまばたきをした後、……少し笑った。ほんとのほんとにほんの少しだったため、チェルシーは気がつかなかったが。


「私との戦いを生きる喜びとせよ」


チェルシーは自分でも意味のわからないことを言っている自覚はあった。

だが、精一杯偉そうに言うと、来たときと同じように、颯爽と歩いて行く。



「ではまた会おうぞ魔王っ!」



「………また」




























チェルシーが、いつからか魔王城に住み始めたのは、また別の話。











FIN.





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