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婚約者に「人の腹の内まで覗く女」と言われたので、彼がいつも優先する幼なじみの腹の内を覗いてみました

作者: 水炎
掲載日:2026/06/10


婚約者のクリスに約束をすっぽかされたのは、これで何回目だろうか。

両手の指で数えるのはとうに諦めたし、手帳に印をつけることも途中で投げ出してしまった。


三日前――私の誕生日もそうだった。

せっかくの誕生日だからと念入りに身支度を整え、雨の中で二時間も待った。けれど、クリスは現れなかった。


そのせいで、私は高熱を出し、すっかり寝込んでしまった。


そして今日。

学園の廊下で、悪びれもしないクリスと、その隣にいる彼の幼なじみ、レイの姿を見つけた。


私はため息をつき、クリスに尋ねた。


「クリス様、三日前はどうされたのですか? お約束をお忘れでしたか?」


するとクリスは、レイをいたわるような目で見やりながら言った。


「あの日はレイの具合が悪かったんだ。そばについていてやる必要があった」

「……そう、ですか」

「アリア、お前なら分かってくれるだろう?」


その日が私の誕生日だったことは、覚えていらっしゃいますか。


喉まで出かかった言葉を、私はぐっと飲み込んだ。


いつもこうだった。

彼はいつだって、病弱な幼なじみを私より優先した。

私との約束を破るたびに、幼なじみを言い訳にした。


『レイの具合が悪くて心配だったんだ』

『レイが困っていたから、放っておけなかったんだ』


言い訳は、いつも幼なじみだった。


その病弱だというレイは、見たところ華奢どころか体つきがしっかりしていて、血色のよい薔薇色の頬をした、愛らしい金髪の少女だった。


私は目を細めて尋ねた。


「クリス様。その日、レイ様の具合が悪かったというのは本当でしょうか?」


すると、クリスの顔に不快の色が浮かんだ。


「では、俺が嘘をついたとでも?」

「レイ様は、具体的にどのようなご様子だったのでしょうか。少なくとも私には、レイ様の具合が悪そうに見えたことが一度もございませんので」

「またそれか」

「また、とは?」


クリスの声には、隠そうともしない苛立ちがにじんでいた。


「その高慢で、人を責め立てるような態度だ。お前はいつも人の腹の内まで覗くような目をしている。本当に気味の悪い女だな」

「……そうでございますか」

「ああ。レイを見習え。素直で、純粋で、高潔だ。お前のように計算ずくで誰かの腹を探ろうともしない」

「そうですか」

「ああ。レイはお前などと違って、聖女のような女性だ」


私はレイに視線を移した。

私の鋭い視線を受け、レイがびくりと肩を震わせた。


「それなら、私が確かめてみればよろしいのですね」

「……確かめる? 何をだ」

「腹の内のことです。本当にレイ様の本心がクリス様のおっしゃるとおりなのか、確かめてみようと思いまして」


私は口元をつり上げた。


その瞬間、クリスとレイの顔がこわばった。


そう。

あなたが私のことを「人の腹の内まで覗く女」とおっしゃるのなら。

それならば、あなたがいつも優先する、その純粋で高潔な――幼なじみの腹の内とやらを、覗いて差し上げますわ。


◇◇◇


翌日の昼休み。


私はレイの席へ向かい、彼女の机に勢いよく両手をついた。


ばんっ。


驚いたレイが、目を丸くして見上げてくる。

私は彼女の目をまっすぐ見つめ、宣戦布告した。


「レイ様。裏庭まで来てください」

「アリア様……」


周囲にいた生徒たちがざわめいた。

この光景は、どう見ても、男爵令嬢をいじめる悪役令嬢そのものだった。


レイは怯えた顔で、静かに私のあとをついてきた。



校舎の裏庭。

なぜか、私とレイを囲むように人垣ができていた。


「まさか、本当に呼び出したの……?」

「レイ様、大丈夫かしら」

「アリア様って、あんなに怖い方だったの……?」


ひそひそと交わされる声を、私は鼻で笑い飛ばした。

野次馬など、何人いようと構わない。


そう思いながら、私はレイに向き直った。


「レイ様。ご自分の振る舞いがどう見られるか、お分かりですか?」

「あの、私は……」


レイは不安げに周囲をうかがった。


私は、すっかり縮こまっているレイへ、ぴしゃりと言い放った。


「婚約者のいる令息に近づき、親密に振る舞うなど、許されるとお思いですか?」


レイは唇を噛み、ためらいながらも慎重に答えた。


「何か誤解があるようです」

「その言葉は、まずクリス様から離れたうえでおっしゃいなさい」


そう言い捨て、私は彼女を見据えた。


しおらしく伏せられた目元。

今にも涙がこぼれそうな瞳。


そう。

そうやって人前で涙を見せ、被害者のふりをするつもりなのですね。


そんなあなたの腹の内は、本当にそこまで高潔で、曇りなく純粋なのかしら。

見せていただきましょう。


そうして彼女の瞳を見つめること、三秒。


《図鑑》


私の視界に、半透明の画面のようなものが浮かび上がった。


ひどい高熱にうなされ、昨日目を覚ましてから、なぜか私はこんなとんでもない能力を手に入れていた。


やがて、一冊の本が現れた。

それは、レイという人物について記された図鑑だった。


本の表紙には、レイに関する簡単な情報が浮かび上がっていた。


【名前】レイ・バーナード

【好感度】レベル3(非常に高い)

【状態】心配


……ん?

妙な表示に、私の視線が止まった。


私に対するレイの好感度が……レベル3?

非常に……高い?

どうしてそんなに高いの?


あまりに意外な表示に、見間違いかと思って何度も瞬きをした。


指先を動かしてページをめくると、好感度レベル3で閲覧できる項目が表示された。


《習慣》《恐怖》《欲望》《腹の内》


まずは《欲望》を見てみましょうか。

きっと、クリス様の妻になりたい――とか、そのあたりでしょう。

そう思いながら、私は項目を押した。


【欲望】アリア様とお茶を飲みたい


……お茶?


私の頭の中が、じわじわと混乱しはじめた。

私はたしか、婚約者の幼なじみの欲望を覗いているはずなのだけれど。

あまりの衝撃に、一瞬、レイに向けていたこじれた敵意すらきれいに吹き飛んだ。


続いて《腹の内》を押すと、好感度レベル3に応じて、彼女の現在の腹の内が三つ浮かび上がった。


【腹の内】

・アリア様と仲良くなりたい

・クリス様はうっとうしい。邪魔

・いつか告白できるだろうか?


どれもこれも衝撃的すぎて、私の思考は止まった。


私と仲良くなりたい?

クリス様はうっとうしい……?

しかも告白って、いったい誰に?


石のように固まった私を、レイがきらきらした目で見つめていた。

いつの間にか、彼女の図鑑の表紙に表示された状態も変わっていた。


【状態】崇拝


崇拝?


私を?


あまりにも大げさな状態表示に、頭が真っ白になりかけた、そのときだった。


「アリア様」

「……は、はい?」

「誤解です。私はクリス様の幼なじみなどではありません」

「え? ですが、クリス様はたしかに幼なじみだと……」

「親同士が知り合いで、幼い頃に二、三度会ったことがあるだけです。その後、学園で再会しました。まさかそれだけで勝手に幼なじみ扱いされるとは思いませんでした」


レイはうんざりしたように言った。


「ですが、クリス様はよくレイ様に会いに行っていたのでは?」

「本当に迷惑しています。私を見るなり『理想の令嬢』だと大騒ぎして、こちらの意思も無視してつきまとってくるのです」


理想の令嬢、ね。

たしかにクリスは、私とは違い、可憐で楚々としたレイに惹かれたのだろう。

クリスにそこまで言われていたとなると、やはり婚約者としては面白くないと言うべきか。


もっとも、クリスの私への好感度は、驚くまでもないことにレベル0だった。

私たちは、ただ政略で結ばれた関係にすぎなかったのだから。


人垣の向こうが、にわかにざわついた。


そのときだった。

誰かの怒鳴り声が飛んできた。


「アリア! 貴様、何をしている!」


クリスだった。


彼は荒い息をつきながら近づいてくると、勝ち誇ったように声を張り上げた。


「貴様もついに、こんな人前で騒ぎを起こしてくれたな。皆の前でレイをいじめるとは。お前のような悪女とは婚約を続けられない」

「婚約を破棄なさる、ということでしょうか?」

「ああ。今日をもって婚約破棄だ。俺はお前みたいな可愛げもなく出しゃばる女ではなく、理想の令嬢であるレイと婚約する」


クリスの表情が甘く緩み、彼はレイへ手を差し出した。


「レイ、こちらへおいで」


しかし、レイは冷めた声で答えた。


「なぜ、私が?」

「……レイ?」

「私はクリス様と婚約などできません。それに、あなたの理想の令嬢でもありません。なぜなら――」


レイは一拍置いて、続けた。


「私は男ですから」


その瞬間、周囲の空気が凍りついた。


「男……?」

「レイ様が?」

「では、クリス様は今まで……」


人垣のあちこちから、困惑したささやきが漏れる。


その中で、ひときわはっきりと聞こえてきたのは、呻くようなクリスの声だった。


「それは……どういう意味だ。レイ、冗談だろう?」

「いいえ。冗談ではありません。事情があって女装して学園に通っていましたが、私は――いや、僕は、れっきとした男です」


もう隠す気もないのだろう。

レイの声は、はっきりと低くなっていた。


クリスはすべてを失ったように青ざめ、その場に崩れ落ちた。


「俺の……理想の令嬢が……男?」


私もレイの衝撃発言に、しばらく呆然と立ち尽くしそうになった。

けれど、どうにか気を取り直し、みっともなく座り込むクリスの前へ進み出た。


「クリス様」

「レ、レイが……男だなんて……」


まだ正気に戻っていないらしいクリスを見下ろし、私は呆れて小さく息をついた。


「クリス様。今問題にすべきは、レイ様の性別ではございません」


私は淡々と続けた。


「あなたはこの五年間、婚約者としての務めを果たしませんでした。出席すべき行事にも姿を見せず、私との約束もたびたびすっぽかしてきました。おまけに今日は、一方的に婚約破棄まで宣言なさいましたね」

「そ、それは……」

「ただで済むとは思わないことです。伯爵家からは少なくとも、莫大な慰謝料をお支払いいただくことになるでしょう」

「くっ……」

「それだけで済むでしょうか。あなたが人前でなさったことが伯爵様のお耳に入れば、そのお立場も危うくなるでしょうね」

「……アリア」

「……?」

「俺が悪かった」


クリスが突然、私の前に膝をつき、許しを乞いはじめた。


「一時の迷いだったんだ。今日のことは、なかったことにしてくれ」

「……は?」

「勝手に婚約を破棄したと知れたら、父上に勘当される! 本当は、勘当されてもレイと一緒に暮らすつもりだったが……」


レイを手に入れられなくなったから、今度は私にすがろうということだろうか。

なんとも卑屈で、救いようのない男の末路だった。


私は鼻で笑い、彼を見下ろした。


「クリス様」

「……アリア」


ようやく私をまっすぐ見ているクリスに、私は冷たく告げた。


「あなたの腹の内は、わざわざ覗かなくてもよく見えます」

「アリア」

「もう遅いのです。私はもう、あなたを待つのをやめることにいたしました」


青ざめたクリスを置いて、私とレイはその場を後にした。


「それはそうと、いったいどういうことですか? ……男だったなんて」


レイは、きらきらした目で私を見つめていた。

彼女――いえ、彼の現在の状態は相変わらず《崇拝》で、正直、かなり重い。

まぶしすぎる眼差しで、まともに目を合わせられない。


「実家は既製服を扱う商会を営んでいます。母は幼い頃から、女の子のような顔立ちだった僕にドレスをよく着せていました。そのドレス姿の肖像画が評判になり、社交界では令嬢として知られるようになってしまったのです」

「そのまま家業のために、令嬢として振る舞っていらしたのですね」

「はい。訂正する機会を逃したと言いますか……そういうことです」


いつの間にか、彼の頬は少し赤くなっていた。


「あの、アリア様」

「はい」

「不躾なお願いとは承知していますが、僕と……お茶でもご一緒していただけませんか?」

「ええ、喜んで」


即答すると、レイはずっと願っていたことが叶ったかのように、ぱっと笑った。

彼の腹の内には少し戸惑わされたけれど――

クリスの言ったとおり、まっすぐで、素直だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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なーろっぱ貴族学園が5年間もあるとは思えないし、初期はどういう理由で約束を破り続けたのか、その段階で婚約解消しなかったのはなぜか 5年も約束を破ってきた相手に律儀に雨の中2時間も待った理由が弱い、そも…
5年間も前から婚約者としての仕事をサボっていたなら、レイと再会する前からなので言い訳にはならないのでは? あとレイが主人公に憧れた理由の説明と、レイが体調不良を訴えた話の真偽と、性別を偽って長年学園に…
結局の所、崇拝しているレベルで好感度が高い理由は何なんだ? 幼い頃に助けられた程度の理由も無いのか。
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