ぽっくりコロリ 〜2070年、コーヒーの木〜
「菅原さーん、菅原さーん。お風呂入りましょー。」と、聞き覚えのない声で僕は目が覚めた。
部屋の隅には天井まで大きく伸びたコーヒーの木。腹部には人工肛門が取り付けられている。
そう、僕はいつの間にか年を重ねていた。しかも結構な老人らしい。この現実から逃げ出したいのかなんなのか。僕は必死に思い出していた。がむしゃらに生きていたあの日々を。斎藤さんと一緒だったあの頃を…
ビールは二人共二杯目に突入した所だ。店内の心地良いガヤガヤとした音が聞こえる。
「むねりん知ってる?」
僕の名前は菅原宗久と申します。
「うちらの会社の、“闇”!」
いきなりの“闇”と言う言葉に、御通しのキャベツが僕の手からこぼれ落ちた。
目の前にいる斎藤さんという人は、長年営業してるコンビニの様な人だ。それも、使い古された国道沿いのコンビニだ。彼の中のどこかしらにワクワクする所、活き活きとした部分もほんの少しだけ残っているけど、拭いきれない絶望感も確かに存在している。まるで生と死がピタリと共存しているような人だ。僕はそんな彼が好きだったり嫌いだったりする。
そのためか斎藤さんから、“闇”という言葉が出て来たのはなんとなく自然な気がしたし、先程までの子育ての苦労話はどこへやら、なぜ、今?とも思ったが、テーブルのキャベツを拾いながら、会話のキャッチボール的感覚で聞き返した。
「や、“闇”って、何ですか…?」
斎藤さんは辺りを一通り見渡して、顔をぐーっと近づける。瞳が他の誰でもない僕だけを捉えた時。そして一瞬の間が空いた後だった。
『死ぬタイミングをさ、自分で決めれる薬があるの。これ、絶対人に言っちゃダメだよ?』
「ん?」
話は居酒屋から二ヶ月前に遡る。僕の担当するフロアの利用者が亡くなった。老衰だった。
その利用者は千代さん(仮名)という88歳の女性。寝たきりになる一ヶ月ぐらい前から徐々に食事量が減り、最終的には水分も摂らなくなり亡くなった。何度も人の死を見て来た僕からしても、ごくごく自然に天に召されて逝った。
若く現役だった頃は教員として働き、夫婦で旅行するのが楽しみだったそうで、居室内には旅先で撮った写真などが所狭しと飾られていた。出身が仙台の榴岡という所で、楽天球団のホームグランドが近くにある。
僕は千代さんの居室に訪室する度にふざけて、「楽天イーグルスー!楽天イーグルース!今こそ戦えー!楽天、楽天、イーグルース!」と歌ってみせて、千代さんがくすくすと笑うのが楽しくていつもそうしていた。僕も出身が榴岡なので嫌でもこの歌は覚えてしまうし、球場が近いから何をしてても聴こえてきて地元の人間なら皆知ってる曲だ。だからこの利用者の事は良く覚えている。
そんな千代さんでも死期が近づいてくると、表情は曇り、体はむくみ、次第に精気が無くなっていく。「この人、そろそろ死ぬんだ…」という想いを、死期が近づくにつれて長年介護の仕事に携わっている人間は嫌でも感じ取ってしまう。
最後を看取ったのは今年入職した新人職員だった。静かに眠る様に亡くなりましたと話していた。明け方の5時頃の事だった。
「むねりん覚えてる? 千代さん。」
店内の賑やかな音が聞こえる。
「はい。覚えてますよ。」いきなりの斉藤さんの話で頭の中は真っ白だったけど、楽天イーグルスの歌が一瞬頭をよぎった。
「あの人の死に方で、何か”おかしい所”なかった?」
どうしてこんな事を聞いてくるんだろうと思ったが、仕事柄大切な事なので返した。
「特には無かったですけどね…静かに眠るみたいに亡くなったって聞いてましたし。 まぁ一つあったとするなら、あまりにも寝たきりになってからが早すぎたってゆうか…普通寝たきりになってからでもしばらく生きる人が多いじゃないですか?千代さんの場合、普通に歩行してて、風邪みたいな症状から急に寝たきりになって、そのまま直ぐに亡くなったでしょ? 早いって言うか、あっけないって言うか…。とにかく、寝たきりになってからが早かったですかね。」
通常寝たきりになってからでも人はしばらくは生きるものだ。施設に入っている場合などは手厚い介護や医療体制のおかげで、そこから数年間近く生きる事だってザラにある。それなのに千代さんは寝たきりになってから約一ヶ月程で亡くなった事になる。
斎藤さんは僕の話を黙って聞いていた。その沈黙が僕を試している様で、何か話さなきゃと思い取り止めのない会話を続けた。
「ん~。なんて言うか、俗に言う『ぽっくりコロリ的な死に方』って言うんですか? そんな感じもしましたよ。 パートの佐々木さんが言いそうな理想の亡くなり方ってゆうか!」パートの佐々木さんというのは、重度の認知症利用者と関わると直ぐに、「嗚呼…!私はこうなる前に早く死にたいわ!誰かの面倒になるのとか本当に嫌!!」と、言うのが常の陽気なマダムの事だ。
ビールと一緒に頼んだ銀杏を手に取り、前歯でスッと取りながら目線をテーブルにやった。咀嚼をしながら電子タバコをゆっくりとセットする。店内をふわっと眺めて、煙をふ~っと吐き出した。この人は実にタバコを旨そうに吸う。映画俳優みたいに自然と様になっている。その煙を見ていると、奥のボックス席に数名の男性グループが見えた。小上がりの畳席で、顔を赤らめて飲んでいる。くつろいでいる姿勢や表情から気心の知れた顔ぶれである事が分かる。大体50代ぐらいの人達だろうか。何の気なしに見つめていたら、斎藤さんも振り返りその席に目をやった。横から見るその表情は、普段の感情を押し殺したそれとは違って、驚く程やさしい顔をしていた。
「良いお店だよね。予約ありがとう。」
そう言うと斎藤さんは姿勢を戻して、両手と両足をぐぐぐっと伸ばした。あるアニメの主人公みたいに。
「うん!やっぱ言うの辞めたっ!」
うん?やっぱ言うの辞めた? それは困ると思った。『うちらの会社の闇』という言葉と、『死ぬタイミングを決めれる薬』というワードが、もうこの時の僕には強く刻まれていて、はっきりとその内容を聞かなければ収まりがつかない気持ちになっていた。まるで一打逆転の場面で自分の打席になり、ピッチャーを見ると堂々とあくびをしているのを目撃した様な、ひどく裏切られた様な残酷な気持ちになった。お願いだからこっちを見てくれ。話を続けてくれ。斎藤さん僕にもっと“秘密”を教えてくれ。
「 うん、何か他の物頼もっか?」
かなしいかなこうなるともう駄目だ。斎藤さんとは長い付き合いになるが、一度話題を変えたらもう彼の脳内ではこの話は終わっている。完全に終わっている。強引にスイッチが切り替わり、次の話が始まる。メニュー表を見る斎藤さんを見ると、先ほどのやさしい表情はどこかへ消え去り、普段職場で見せる無の表情に切り替わっていた。長年現場を統括していた癖だろう。この職種のノイズの様な問題事を猛スピードで解決していく為に、きっと身体に染み付いたものだろう。美しい染物みたいに。
その後は仕事の話をして、『法人の“闇”』の話題は、最後まで出て来なかった。
テレビ画面では飢餓に苦しむアフリカの少年の”つぶらな瞳”の映像が流れている。ついこの間は戦争下で食事さえも困っているという内容のニュース番組なんかもやっていた。ジャーナリストは大声でカメラに向かってこう叫んでいる。
「こちらでは食糧が枯渇している状態です!配給だけでは足りず、毎日餓死者が出ています。人道的状況も極限まで達しています!」と言った悲痛な声と共に、ガリガリに痩せほそった大人達が、地面に落ちたパスタの麺を砂もろとも必死にかき集める映像が流れていた。字幕に「子供達の為に拾ってる。この前は缶詰一個で人が死んだよ」とテロップが流れていた。
そんなニュースの傍らで… 大きく口を開けて、介護員からお粥を食べさせられている高齢者がいる。口を開くと唾液が水飴みたいにビニョーっと伸びている。
ここは『特別養護老人ホーム アイの家』仙台の奥座敷、作並にある高齢者向けの施設だ。地元の資産家の理事長がオーナーの民間施設で、富裕層向けに運営されている。宮城県内外からVIPの利用者が集まり、投資家や政界関係者、飲食店経営者など職種は多岐に渡る。お土地柄だろうか高級旅館の女将なんかもいらっしゃる。それら全ての職業に“元”が付く所が高齢者施設のシュールな部分だったりする。
お粥を食べていたのはサヨ子さん(仮名)93歳だ。若い頃は夫の会社の役員をしていたそうで、家庭菜園が趣味の穏やかな女性だったという。今ではこうして誰かの手によって口元まで運んでもらい食事を済ませている。終日オムツの介護度5。全ての生活動作に介助が必要な状態で、認知症の進行と筋力低下で、食事はおろか自分では一歩も移動する事が出来ない。
テレビはCMに切り替わり、聞き馴染みのあるクリスマスソングに乗せて、揚げたてのフライドチキンが映し出されている。旨そうである。
この日もサヨ子さんは食事を残した。他の人も残すので、施設側で用意する残飯用のバケツは 一回の食事が終わると結構な量になる。意外に思われるかもしれないが、高齢者は意外にも食事を残す。我々が高齢者と聞いて思い描く、もったいないばぁさんの様な精神性の持ち主は驚く程少ない。はたまた介護施設に入所した事で性格が変わってしまったのかもしれないが…。
そしてサヨ子さんに食事をあげているのが僕。このフロアのリーダー長をしている。
今になって考えれば『離れ』の事は、誰もよく分かっていなかった。この前の斉藤さんの不気味な話の舞台はその『離れ』で行われていたらしい。
斎藤さんは勤続20年の大ベテランで年は40歳頃、比較的僕とも年齢が近い事もあって、入職してから直ぐに仲良くさせてもらってる恩人でもある。自分から現場に残りたいと言って、資格は持っていてもケアマネなどの上級職にはつかないと決めているそうだ。
恩人というのも以前販売業をしていた時の上司が鬼の様に厳しく、最終的には見捨てられた経験を持つ僕にとっては、あまり怒らず穏やかな性格だけと、皆をまとめて仕事が出来、人間的にも尊敬出来る斎藤さんという上司に巡り逢えたのは、偶然か必然か感謝しかない。
学生時代はバスケ部で、小学校から高校までやっていたそうだ。本人は宮城県内では弱小のチームだよと笑って話していたけど、中高共にキャプテンだったようだ。ポジションはフォワード。試合なんかより練習帰りにみんなと行くコンビニが一番楽しかったよ。とも話していた。
スポーツや部活動をしっかりとしてこなかった僕としては、その様な話を聞くと弱小だろうが何だろうが、学生時代にしっかりとスポーツなどをしているというのは素晴らしい根性の持ち主だと思うと同時に、その思い出に真似の出来ない輝きを放っている様に感じて、何となく距離を感じてしまう。バスケ部キャプテンという所がまた華やかだ。
そんな斎藤さんも今では、ぷっくりとした体型になり、見事なおじさんに昇格した。身長は180CMぐらいで、いつも若干猫背だ。仕事中はいつも笑顔でブラックジョークが得意な人。猫背で下ネタも好きだけど、話し方や立ち振る舞いには清潔感があり、仕事も丁寧なので周りからの信頼も厚かった。
愛妻家でもあり学生時代からお付き合いをしていたという奥様と結婚して、仙台から程近いの長町という所に一軒家を買い子供二人と家族四人で暮らしている。なんと犬までいらっしゃる。大卒でも有、人柄的にもプロフィール的にも完璧な人物である。
ただここ数日、あの居酒屋でのあの言葉が頭から離れない。
『死ぬタイミングをさ、自分で決めれる薬があるの。これ、絶対人に言っちゃダメだよ?』
なんて事を秘密裏に言われて平然と仕事が出来る程、僕の五臓は強くはない。今もサヨ子さんと同様、テレビを見ながらも心此処にあらずと言った感じで、スプーンを持ったまま微動だにせず、しばらく一緒に空を見つめていた。なんだか足も痺れて来た。
斎藤さんはといえばいつも通り、冗談も言いながら坦々と仕事をこなしている。ブラックジョークの切れも普段より冴え渡っている様にさえ見える。
あれから斎藤さんとは仕事中に二人きりになる時間などを見計らって、”闇”について僕なりに聴き取りを行っている。そして外で飲みながら何度か話を聴かせてもらったりもしている。たまにどうしてこんな僕と仲良くしてくれるのだろうと疑問に思ったりもするが、きっとお互いの年齢が近い事と、高齢者へ抱く感情が近い事が理由だろうと無理やり納得していた。子供が好きな所も似ているのかもしれない。
斎藤さんとの出逢いは超短編小説だった。施設の親睦会があり仙台の居酒屋さんで飲んだ時に、たまたま隣の席で一緒になった。入職して間もない頃の僕は、しきりに喫煙所に行っては間を持たせていたけど、喫煙所を自分の部屋の様に使ってリラックスしている斎藤さんの姿を見た時、(この人となら仲良くなれそう。)と、直感的に思った。
それから吸っている煙草の話をしたり、お互いの子供の年齢が一緒だったり、好きな音楽のジャンルが似ていたりして徐々に仲良くなった。席に戻ってからも、観葉植物の話をしたり、ゴッホの話をしたり、一人キャンプの話をしたりして共通点が多かった。「ショーシャンクの空に」の話をし始めた頃に、会はお開きとなり解散となったが、そのまま斎藤さんに誘われて二次会のカラオケへ行き、他の職員とも打ち解ける事が出来て、今の僕の職場での居場所が出来た。
そんな斎藤さんから眉唾物の『死ぬ時期を決めれる薬』の話を聴いていると、何が真実か分からなくなる。
いつまでもこうしてサヨ子さんとぼぅっともしてられない。食事が終わったらオムツ交換をしなければならないのだ。ここにいる入居者のほとんどがオムツをしているか、トイレ誘導などをしないと失禁してしまう人がほとんどだ。時間通りにそれをしないと、本人も職員もどちらもひどい目にあう。
残響の様に残る斉藤さんの話が気になりがならも、手早くオムツ交換を行う。「すみませーん。オムツ交換しますねー。」と、声掛けをする。こちらの声が届いているのか自意識がそこにあるのか分からないぐらいに老化が進みきった利用者の身体をゴロンゴロンと右に左に体位交換をしていたら、ふと先日、あるSNSで見た投稿が頭を過った…。
『介護の仕事というのは、3週間後に廃車にする車に一万円を使ってワックスをかけている様なものだ。』切り抜きで失礼するが、大体こんな事が書かれていた。
考えてみると、僕もそれに同感する部分が多少はある。同感しないと言ったら嘘になる。
目の前にいる高齢者は寝たきりの人だ。僕達が何もしなければ水分や食事も取れないし、排泄物も処理出来ない。大声が出る訳でもなければ、仮に苦しくても起き上がって助けを呼ぶ事も出来ない。放っておいたらそのまま死ぬしかない。そんな人々を我々はお給料をもらって介助している。確かにその投稿者が言う様に、未来ある赤ちゃんのお世話をするのと、老い先短い高齢者のお世話をするのとでは、根本から話が違うのかもしれない。
ただ、我々は仕事としてそれを選んだ。職務を全うする為に懸命に高齢者のケアをしなければならないのだ。
お酒を出すお店に勤めたからには、多少嫌な客であっても笑って済ます必要もあるし、レジ打ちのバイトを選んだからには、商品が目の前に置かれたら嫌でもバーコードをスキャンするしかない。タクシーの運転手を選んだからには家に帰りたいからと言って、客を乗せたまま自分の家に帰る訳にもいかないし、パチンコ屋に勤めたからには、来た客全員を勝たせる訳にもいかない。政治家になったからには後援者の意見や愚痴を聞いてやる必要があるし、軍人になったのならばどんなに辛くても、ドローンの起爆スイッチを押さなくてはならない。きっとこの世の中はそんな想いの連鎖で出来ている。
たかだか一つの身勝手な価値観で世界が一方方向に進んでいると思ったら大間違いだ。そう思って、僕らは仕事が終われば、頂いたお給料で子供用のオムツを買ったりするのだ。
あれから数日が経った。斎藤さんとは”闇”の話をする事もほとんどなくなっていて、僕は作並の自然を感じながら仕事をして家では家族と過ごし、実に幸せな日々を送っていた。
ある日、休憩中に喫煙所に向かった。四季折々の木々が咲くこの庭園は僕の癒しスポットだ。有難い事に職員用の喫煙所が丁度、庭から続く作並の山々を見渡せる位置にあって、それをぼーうっと眺めていると、仕事の疲れはどこかへ消え去り、圧倒的な自然の中で自分という存在はまるでちっぽけに感じる時さえある。寒さが日に日に増していくこの時期は紅葉がまさに見頃だ。
こんな時、他の喫煙者が必ずやって来ては仕事の風をこちらの世界に持って来る。別に嫌って訳じゃないが、グチが多い人だとせっかくのこの空気が壊される様であまり好きじゃない。上司だと気を遣うし、部下でも気を遣う。やっぱりこの場所には一人が良い。
そこへ一人、珍しい客がやって来た。斎藤さんだ。斎藤さんは仕事の時はタバコを吸わないと決めているそうで、まずこの場所には寄り付かない。
猫背のままスーっとズボンのポケットから電子タバコを取り出してセットする。煙をくるりと転がして、ゆっくりと吐き出した。この人はやはり旨そうに吸う。周囲を一通り見渡して、
「むねりん、これ。」
そう言って斎藤さんは、綺麗に折り畳まれた一枚のメモを渡して来た。恐る恐る開けてみると、なにやら数字と文字列が書かれていた。
『ID 1178』という数字と、パスワードと思われる複雑な文字列。そして僕らの会社から始まるウエブサイトのURLが、丁寧な手書きの文字で書かれていた。
「こ、これって… もしかして…」
「そう。例やつ。そのお薬を受け取る為のIDとパスワード。絶対誰にも見せちゃダメだよ?」
やっぱりこの話は本当なんだと身構える僕とは違って、斎藤さんはメモを渡すと両腕をぐぐぐっと伸ばして、ストレッチをし始めた。
その姿を見てこんな真剣な話をしているのに、なぜ今ストレッチを始めたのかと思ってイライラしてしまった僕は、口調を早めた。
「このURLに飛んでIDとパスワードを入れると、薬が送られて来るんですか?」
「うん。そうだよ。まぁ、薬っていうか、漢方の強い版って感じのやつ。」斎藤さんは身体を捻りながら応える。
「で、その薬を飲むと、『自分で決めた、死にたい時期に、死ぬ事が出来る。』と、そうゆう事で合ってます?」やはりまだイライラしている。
「ご名答。その通り!さすがむねりん!話が早い!」背中を逸らして空を見上げながら話す。
どうしてこの僕にこれを渡すのか?それを聞こうとしたけど、この場所の空気が美味しいのと、まだ半信半疑な気持ちが残っているせいで少し間が空いてしまった。すると、
「んじゃ、そんな訳で。」と、斎藤さんは颯爽と建物の中へと戻って行った。作並の爽やかな風が吹いていた。
仕事帰りの自動販売機。気分をリセットするにはここが一番だ。温泉地特有の凛とした空気が残るこの場所からは、宮城と山形の県境の山並みが一望出来る。自販機だけが置いているのに駐車場もやたらと広い。そこにしばらく車を停めて、ただただぼぅっとするのが堪らなく好きだったりする。今思えばこの場所も斎藤さんから教えてもらった秘密の場所だった。早番帰りだと丁度、施設の方角に夕日が沈むので「お疲れさん」と自分にも言いやすい。
ただ今日はそれどころではない。熱い缶コーヒーを片手に、勢いよく車に乗り込む。なんだか斎藤さんからのこのメモを貰ってから無性に家族に会いたくなっていた。
家に帰ると普段通り妻が料理をしてくれていて、娘はソファで寝転がりながらテレビを見ていた。4歳になる息子は走りながらパパの胸にパンチをしながら飛び込んで来てくれて、その体をいつもより強く抱きしめた。リビングに置いてあるコーヒーの木はまだ幼木で、この家が新築した時に妻と二人で買ったものだ。この空間全てが愛おしくて、たまらなく好きだと再確認する。
二階のトイレに入る。(あれこれと妻と意見交換をしながら買ったよなあ)と、思う謎の黄色い壁紙を見ていると、その思い出が楽しいのかこの空間がとても心地良かったりする。もぞもぞと、ポケットからメモを取り出してもう一度見直すが、やはり書かれている内容に変わりは無く、僕は深い深呼吸をした。
一階に戻り夕食を食べる。娘の歯が上の歯一本だけ抜けていて、笑うと余計目立つから皆で笑った。お風呂でもやっぱり面白いからまた皆で笑った。皆んなのほっぺが赤かった。
この時間、この瞬間の全てが愛おしくて手放しなくない。斎藤さんの話なんか嘘っぱちで、目の前の幸せを必死で守らなければいけないと思った。
季節はもうすっかり冬。空っ風が吹いて湿っぽい何かを吹き飛ばしたと思ったら、次の瞬間には宇宙から届く太陽の光が僕らの背中をジリジリと熱くさせる。物干しにぶら下がって風に揺れる洗濯物は、夏の胸を張ったそれとは違って寒々しくてどこか可哀想になる。
まだ使えそうな家が解体されていて、出来た更地には一体何が出来るのかな。などと考えながら職場へ向かう。斎藤さんから貰ったあのメモは何度も捨てようと思ったが、斎藤さんの意志全てがそのまま宿っているようで中々捨てられず、あれからずっと車のダッシュボードに入れてある。タンブラーに淹れたコーヒーを一口飲むと身体が暖まって、立ち昇る水蒸気を感じながら、やっぱり冬が好きだなと思って、信号待ちの間に静かに目を閉じた。
目を開けると、一番最初に居た部屋に戻って来ていた。重量を感じて自分が寝ているのが分かる。信号が変わってしまうからと起きようと思っても、体が思う様に動かない。ひどい二日酔いでもしているみたいに体がだるくて頭が痛い。とりあえずコーヒーをもう一口飲みたいから、もう一度起き上がろうと思ってもやはり体が動かない。自分の体に何かあったのか?もしかして事故にでもあったのか?などと考えていたその時、
「すみませーん。菅原さーん。おしっこの管取り替えますねー。」と、声が聞こえて視界に女性の姿が映った。看護師と思われる制服を着ている。手慣れた手つきで僕の陰部から管を取り出して、新しい管をまた差し込んだ。それほど痛みは無かったが、状況が分からず声をかけようと思っても言葉が出て来ない。鼻にもチューブが入っていて呼吸がしずらい。現状を知る為に動かせる目と首を使って辺りを見渡すと、天井に届かんばかりに成長したコーヒーの木と、カレンダーが壁にスクリーン表示してあった。日付を見ると『2070年4月』と記されている。何の事か分からずしばらく考えたが、きっとこれは夢だろうと思い、後続車も気になったが体もだるいのでもう一度寝る事にした。
「菅原さーん、菅原さーん。お風呂に入りましょー。」と、女性の声で目が覚めた。はじめに聴いた声だ。するとベッドがシューと音をたてて収縮し、柔らかいスポンジの様な肌触りに変わっていく。僕はやはり寝ているのだと思った瞬間、暖かいお湯がみるみる体全体を包み込んだ。そして同時に、挙上してあるベッドのおかげで、自分の体の状況も理解する事が出来た。腹部には人工肛門が取り付けられ、陰部には導尿用のフォーレが取り付けられている。自分の体が自分の体じゃないみたいに老化が進み切った渇いて痩せた体をしている。お湯も暖かいし先程よりも頭はスッキリしている。全自動で体が機械に洗われている。カレンダーに目をやるとやはり『2070年』と書いてあった。
僕は、そう。あの薬を飲んだ。『ぽっくりコロリ』の薬を飲んだ。
妻とも相談して死期も決めた。指定した年はキリが良いからと言って確かこの年で、桜が散ってからと5月にしたはずだ。妻としては夫が死ぬ時期が分かっている方が色々と計画が立てやすいからと、相談した時は思いがけず乗り気だったのを覚えている。それから時間が大分経っている筈なのに、これまでの記憶がないのは、認知症のせいか衰弱しているせいだろう。
人工肛門やフォーレが取り付けられたのは、介護の手間を少しでも減らす為に、時代と共に考え方が変化したからだろう。
今の子供の顔が分からないのは、認知症にでもなったか、きっと衰弱しているせいだろう。子供を抱きしめて、歯を見て笑ったあの記憶は確かにあるのに、どうしても今の顔が思い出せない。
妻は生きているのか?子供達は?そして、斎藤さんは今頃どこで何をしているのか?
もう一度部屋を見渡すと、カレンダーにはしっかりと『2070年』と表示してあり、その脇に大きく成長したコーヒーの木が大事そうに置かれていた。
先程は気が付かなかったがベッド脇には木製のタンスがあって、その上にモニターが置かれていた。画面では写真がスライドショー方式で切り替わり、これまでの僕の人生を教えてくれる。
自慢気に腕を組み微笑む男性と、年老いた僕と妻らしき人物が写っている。温泉にでも行ったのだろうか、年老いた僕ら夫婦と、大人になった子供達。お盆なのだろう、皆夏服を着て撮っている集合写真。その中に孫の様な子供も写っていて、小さい頃の息子に似ているなあと思う。金色のちゃんちゃんこを着て、皆笑顔の家族写真がある。そこに写っているのは僕なのだろうけど、なんだかその場にいる実感が持てなかった。そして、次の写真に切り替わる。
見覚えのある写真が続いていく。
結婚式の写真。子供がまだ赤ちゃんでお宮参りに行った時の写真。皆で動物園に行った時の写真、息子が戦隊ヒーローのポーズで写っている。クリスマスの写真、笑顔で映る娘の前歯が抜けている。何気ない日常の風景、入学式、運動会、卒業式…
窓からはやわらかい光が差し込んで、この場所にも爽やかな風が吹いていた。しばらくすると、スーっと音も立てずに無機質な扉が開いた。




