婚約破棄を望んだ悪役令嬢ですが、なぜか冷徹な義兄の執着が限界突破しています
マリエッタ・フォン・エルレンマイヤー公爵令嬢。この完璧な名前も、華美なドレスも、全てが呪いの標識だ。なぜなら、私はこの乙女ゲームの世界で、最終的に断罪される悪役令嬢だからだ。
「ああ、この破滅の運命から逃れる術は、本当にないのかしら」
私が前世の記憶を思い出したのは、八歳の冬。父が病に倒れ、公爵家の権力が傾きかけた時、その座を継ぐために分家からやってきた義兄と対面した瞬間だった。
七歳年上のレオンハルト・フォン・エルレンマイヤーは、当時十五歳。その歳の少年とは思えないほど冷徹で、すでに大人の支配者の片鱗を見せていた。
レオンハルトは私とは血の繋がりがない。しかし、父が病で無力になった後、彼は瞬く間に公爵家の全てを掌握した。彼の目的は、私という直系の血筋の権威を最大限に利用し、自らの権力を不動のものにすること。そして、私が彼の意に沿わなければ、容赦なく私を切り捨てる。
彼の監視は、この10年間、絶え間なく続いた。
「マリエッタ、その扇の仰ぎ方は誘惑に過ぎる。直系の娘は、品格を保て」
「交友の報告書に、王弟殿下との談笑が三分とある。公務以外の私語は、私への裏切りと見なす」
私の行動、思考、感情の全てが、彼の冷たい支配下にあった。私は、彼の瞳の奥に、愛などという熱が存在するはずがないと確信していた。彼は、私を権力維持のための道具としてしか見ていないのだ、と。
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レオンハルトの冷徹さは、彼の生い立ちそのものに根差していた。彼は分家出身。優秀さゆえに、病に倒れた公爵に代わり、公爵家を継ぐ「道具」として選ばれた。彼の心は、幼い頃から愛情ではなく、価値でしか満たされなかった。
そんな彼の十五歳の凍てついた世界に、八歳のマリエッタが現れた。
「レオンハルト、お兄様!」
屈託なく名を呼んだその瞬間、彼の心に、初めて「無償の注目」という熱が灯った。
マリエッタを愛する父親は病に臥せり、公爵家は傾きかけていた。そんな中で、公爵は徐々にレオンハルトに逆らう力を失っていた。レオンハルトは、病の公爵が「家の存続」という大義名分を盾に、彼にマリエッタの教育と管理を任せるしかなかったことを知っていた。その公爵の無力こそが、彼の支配を強固にしたのだ。
彼の七年間の執着は、公爵家という権力と、マリエッタという救済を、誰にも奪われないようにするための彼の生命線だった。
彼の厳しい教育も、マリエッタを「他の男に嫁がせるための準備」ではなく、「私が永遠に独占するにふさわしい、至高の宝」へと磨き上げるための行為だったのだ。
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私の逃亡計画に、唯一の光を灯したのが、従兄弟、アルフレートだった。
「リゼッタ嬢。レオンハルト殿は、あまりにも君に枷をかけすぎている。君は、もっと自由に生きる資格がある」
アルフレートは、レオンハルトとは別の分家筋の出身。彼は常に優しく、レオンハルトの支配から私を解放しようと、甘い言葉を囁いた。
私は知っていた。アルフレートが私を欲しているのは、公爵家の直系の血筋の権威と、この公爵邸に隠された秘密の財宝だと。しかし、それでも構わない。レオンハルトの支配という地獄から逃れられるのなら、アルフレートに利用されても構わない。
「アルフレートにい様。王太子との婚約破棄後、私を貴方の領地で迎えてください。代わりに、公爵家の秘密を教えましょう」
私がアルフレートとの契約結婚を決意したとき、レオンハルトの執着は限界を超えた。
ある朝、アルフレートが私に贈ってくれた、ほんの小さなスミレの花束。レオンハルトはそれを音もなく踏み潰した。
「二度と、私以外の男の匂いをお前から嗅ぎ取ることを許さん。この公爵邸で許されるのは、私だけの視線と息遣いだ」
そして、彼の命令で私の部屋の窓には、美しい彫刻が施された鉄格子が取り付けられた。彼はそれを「公爵令嬢の安全のため」と言ったが、それはまごうことなき檻だった。
「あと一日で、この檻から解放される」
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私が十九歳になった夜。
アルフレートとの逃亡を決行するはずの時刻。
私の部屋の扉は、音もなく開いた。そこに立っていたのは、漆黒の公爵服を纏ったレオンハルトだった。彼は扉を静かに閉め、施錠した。
「夜中に何を慌てている。逃亡の準備か、マリエッタ」
声は低く、氷のように冷たい。だが、彼の瞳の奥には、初めて見る、激しい熱が燃えていた。
彼は、私の手からアルフレートの誓約書を奪い取り、細かく引き裂いた。
「っ!私の未来を、勝手に壊さないで!」
「未来だと?お前は、私と共に在る未来しか許されない」
レオンハルトは、私の肩を力強く掴み、その七年分の渇望を瞳に宿した。
「私がお前を冷たく扱ってきたのは、誰にも渡さないためだ!あの王太子への媚、アルフレートへの笑顔!それを見るたび、私はお前の肌に、私以外の熱が残っていないかと確かめたくて、毎晩、鍵を確認しに来ていたのだ!」
彼の冷酷な行動の全てが、マリエッタという名の至宝を囲い込むための、愛の儀式だったという衝撃的な真実。
「お前は明日、王太子に断罪され、『品行の乱れ』で修道院謹慎の判決を受ける。――それが、私の計画だ」
レオンハルトは、私を抱き上げ、熱く、歪んだ愛を囁いた。
「お前は公的な地位を失い、世間から関心を失う。そして、お前は辺境へ送られる途中で姿を消す。私が用意した、この公爵邸の奥深くの秘密の邸へだ」
「私は養子だが、お前は直系。お前を公的に終わらせ、裏で、誰にも知られない私の秘密の夫人として独占する。そして、お前の直系の血を引く子を、この公爵家の正当な後継者とする」
彼の愛は、権力と孤独から生まれた、世界で最も冷たく、そして最も熱い鎖だった。
「私のマリエッタ。二度と、私の視界から離れるな。私の愛の底で、永遠に溺死しろ」
私は、この歪んだ支配こそが、自分を破滅から救い出す、唯一の真実の愛だと悟った。私の自由は失われたが、その代わりに、私は世界で最も強く、自分だけに執着する絶対的な庇護者を手に入れたのだ。
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護送の馬車は都を離れた後、数えきれないほどの森の枝を払いながら、道なき道を進んだ。辺境へと向かうはずの旅路は、二日目の夜、突然方向を変えた。ガタゴトという揺れが止まったとき、マリエッタは静かに目を開けた。
「ようこそ、マリエッタ。ここが、貴様の永遠の居場所だ」
声は低く、そして、極上のワインを味わうかのような、深い充足感に満ちていた。
目の前にそびえるのは、深い森の中に埋もれるように佇む、石造りの別邸だった。窓は少なく、外壁は頑丈な鉄扉と石造りで、まるで要塞のようだった。ここは、公爵領の地図にも載っていない、レオンハルトが秘密裏に築いた愛の監獄。
レオンハルトは外套を脱ぎ、普段着のシャツ姿でマリエッタを抱き上げた。その力は、冷たい義兄のそれではなく、獲物を囲い込む獣の強靭さだった。
「お前こそが、この公爵家、そして私の全てだ。直系の血筋の権威も、愛する存在も、この場所で、私が独占する」
邸内は、外界の光を遮断されたために薄暗く、静寂が支配していた。壁には趣味の良い絵画がかけられていたが、窓という窓には、美しい彫刻が施された鉄の格子がはめ込まれていた。あの公爵邸で見た、彼女の部屋の窓と同じものだ。
レオンハルトはマリエッタを柔らかな寝台の上に降ろすと、その長い指先で、彼女の頬を辿った。
「誰もお前を追わない。誰もお前の名前を呼ばない。お前はもう、公的な地位も、社交の義務も持たない。ただ、私の視線だけを受けて生きていく。それこそが、お前の運命だ」
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別邸での生活は、世間とは隔絶していたが、マリエッタは不思議と飢餓感を覚えなかった。レオンハルトの執着は、彼女の生活の隅々にまで行き渡っていたからだ。
彼は公務の合間を縫って、まるで呼吸をするようにここへ戻ってきた。彼の行動は、もはや「支配」というよりも「管理」であり、「崇拝」だった。
彼の極端な愛の行為は、毎日繰り返された。
彼の用意する食事は、マリエッタの好物で満たされていたが、その食材は全て、レオンハルト自身が「マリエッタの身体に最もふさわしい」と選別したものだ。彼は時折、彼女が口にする食材の産地や履歴を、論文を読むかのように説明した。
「お前の身体を構成する全ては、私によって選ばれたものでなければならない。他者の気配や、下賎なものを許容することは、私への裏切りだ」
夜になると、彼はマリエッタの身体を調べた。彼女の腕、首筋、手の甲に至るまで、微細な傷や痣がないかを、異常なほどの集中力で確認する。
「私以外の何かに傷つけられることも、許さない。貴様は、私が完璧に管理し、維持する至高の美術品なのだから」
そして、彼は公爵家や王国の秘密、彼自身の幼少期の孤独、そしてマリエッタへの偏愛の始まりを、語り続けた。それは、マリエッタの頭の中を、彼の情報と感情で塗り潰し、彼女の思考の全てを彼一人のものにするための儀式のようだった。
ある日、マリエッタは窓の鉄格子に触れた。外は深い森。逃げ道はどこにもない。
「にい様……」
マリエッタが過去の王太子との日々や、アルフレートの優しさを一瞬でも思い浮かべると、レオンハルトはそれを察したかのように、鋭い視線で彼女を捉えた。
「二度と、私以外の男を思い出すな。お前がこの邸にいる限り、お前の頭の中も、私の支配下にある」
彼はマリエッタの顎を掴み、その瞳を覗き込む。嫉妬と、そして狂おしいほどの愛。
マリエッタは、自らに課せられたこの檻と、その中の熱が、実は自分が最も必要としていたものであることを悟った。あの冷たい社交界での虚構、破滅の恐怖、そして誰にも真に愛されない孤独。それら全てから、レオンハルトが切り離してくれた。
「ええ、お兄様。私はもう、逃げません」
マリエッタは、自らの意思で、彼という名の鎖を受け入れた。
「あなたの愛の底で、永遠に生きます。私を、貴方の望むようにして」
彼女がその言葉を口にした瞬間、レオンハルトの完璧な表情が崩れ、心からの歓喜と、抑えきれない安堵が溢れ出した。彼はマリエッタの指先に口づけ、その愛を永遠の所有権として宣言した。
公爵家の直系の娘は、世間から忘れ去られ、悪役令嬢として断罪された。しかし、彼女は今、世界で一番深く、そして歪んだ愛によって、永遠に守られ、満たされている。
彼女の生は、今、レオンハルトの愛という名の甘い監獄の中で、再び始まったのだ。
(了)
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