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笑いの修行は笑えない


帰宅途中の公園で芸人らしき二人を見かけた。

漫才のネタ合わせをやっているようだった。

途中何度も噛みながら、それでもめげずにやっている。


懐かしいな。

俺…

お笑い芸人になろうと思った時期もあったな。

そう思いながら―――

帰宅する。


帰ると妻の笑顔


今日はミートパスタだ。

ひき肉から炒めてトマト缶で作る本格的なソース。

これも我が家の定番だ。


妻とたわいもない会話をし


眠りにつく―――

いままでこのルーティンを何度繰り返したことか


俺はタブレットを舐める。



今日はお笑い芸人か…


――――――――――――――

気が付くと

真夜中の公園にいた。


街路灯の下のベンチに横になり

ロングの缶酎ハイを飲んでいる男がいる。


あれは俺なのか?


LEDの街路灯は虫を寄せ付けない。

その姿が

男の孤独を表しているようだった。



なにかをつぶやいている。

俺は近づく。


掠れた声が聞こえる。

「――――幸運なんてあるんかな。

小学校のころ

4つばのクローバー

俺だけ一生懸命探さなかったのが原因なのかな」



ふと男の肩に触れる。

感情がなかに入ってくる。

これまでの感情とは

異質の…

暗く

重量感のある

重い絶望だった。


やり場のない怒りなのか?


夏場のゴミ捨て場を彷彿とされるような

生ぬるく気持ち悪い感覚が

鈍く心に突き刺さる――


「お笑いなんて大嫌いだ。

――でもお笑いが好きなんだ」


そう俺は人工的で冷たい光をさえぎりながら

掠れた声でそういった。


いったい俺に何があったのか。


―――


俺は18歳の時

家を飛び出した。


ガソリンスタンドとコンビニのバイトを掛け持ちして貯めた36万円

安物のビニール財布とパーカーとカーゴパンツ

スニーカー

そして下着が3セット

おじさんから貰った3000円の高級なシャーペン


それが俺の全財産だった。


親に勘当されながらも

芸人を目指す


コンビを組んだ。


「一緒に天下を取ろう」

って

がむしゃらにがんばった。


トイレ掃除がいいと聞くと

頼まれてもないのに

近所の公園の公衆便所を掃除した。



しかし

相方とは合わずにコンビは解消した。


コンビを解散したあの日、あいつの目が少しうれしそうだった。


そして半年後

元相方はピン芸人でブレイクした。



俺…

ホントはすごくうれしかった。

元相方がブレイクしたことが…


でも…

コンビ解消の時

少しうれしそうだったあいつの目を思い出して

怖かった。


「おめでとう」

そのメッセージを送ろうと


入れては消し

入れては消しを

何度も繰り返した。


未練垂らしいとか

仕事を紹介して欲しいんだろ

とか

そんな風に思われるのかな。


そう思ったら

悔しくて悲しくて

心が引き裂かれてしまった。



相方が売れれば売れるほど

しらないうちに

一人の時間が好きになっていた。


俺の笑いを誰かが求めてくれている。

そう思って…

がんばった。


ネタ帳も書いた。

映画もいろいろ見た。


先輩に連れられて

いろんな店に飲みに行った。


でも…

なにをやっても売れなかった。



その先輩は

もう…

お笑いを引退した。


「実家の工務店を継ぐんだ」

って泣いてた。


「俺は逃げんじゃねーぞ。仕方なしだ」

そう言っていた。


先輩はそこそこ売れてた。

笑いも求められていた。


でも…

俺の笑いなんて

誰も求めてなんかいなかった。


求められない俺が歯を食いしばって

求められてる先輩が途中退場する。


――なんだよ―――

クソじゃねーか―――



俺はほぼ毎日コンビニで働いている。


なかなか劇場に立たせてもらえないからだ。


コンビニの中で

近所の子供が元相方のギャグをやっている。


俺は補充をしながら

唇を噛んでそれを見ない振りをする。


俺の姿を見た同僚が

「これやるよ」

と缶コーヒーを差し入れてくれた。


いい奴だ―――


…なんだよ。苦しいじゃねーか。…



売れる売れないは『運』だ。

それはもちろんわかってる。


でも…

同じ空間にいた相方は売れて

なぜ…

俺は売れなかった?


―――――――――――――

胸が締め付けられる。


俺はもう

彼の姿を――

それ以上見る事はできなかった。



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