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海外留学で俺は世界的な研究者になるが…

朝…

通勤電車に揺られながら

俺は海外留学という選択肢があったことを思い出した。

特にやりたい学問があったわけではない。

ただ海外というフィールドで自分自身を試したかったのだろう。


昔ミュージシャンが

ボストンバッグに夢だけを詰めて上京したように…


仕事をしながら

海外留学のことを何度も思い出す。

昨晩――

ミュージシャンになった世界線の俺を見て

こっちの世界も見たくなったのだ。


平凡な職場

電話越しに取引先に頭を下げる上司。

仕事中

バレないように

期間限定ガチャをしている同僚

―――いやバレてる

ガッツポーズはやめとけ――


帰宅途中

たくさんの

スーツケースを持ったビジネスマンを見かけた。


普段と同じくらいしか見てないのだろうが―


海外留学というキーワードに支配された俺の脳には

それを引き寄せる魔法がかけられた。


――――

帰宅する。

妻が笑顔で迎えてくれる。


ご飯にする。お風呂にする。それとも…

なんて聞かれない。


あれはフィクションかファンタジーの世界だけのものか。

もしくはネタだろう。


うちではこうだ。


「ただいま」


「お帰り。今日はどうだった」


「普通だよ」


「そう。ご飯の準備するね」


「ありがとう」


俺はこれで悪くないと思っている。

人には人のスタイルがあるからだ。


食事を済ませ

たわいのない会話をし

風呂に入り寝る。


あーそうだ。タブレット―――


睡魔におそわれる。

これ寝るのにいいな――


―――――――

気が付けば

どこかの会場にいた。


ここはどこだ。

英語の表示が多いこと

外国人が多いことから

推測すると

どうやら海外のどこかの会場らしい。


目の前には控室がある。

俺は控室を見てみる。

男が緊張した面持ちで

原稿を持ち

歩きながら

なにかつぶやいている。


神経質そうに眉間にシワを寄せ

やせこけたその顔―

ただ目には力強い意志を感じられた。



これは俺なのか…


ミュージシャンの時の俺とはまるで別人だった。


男は腕時計をみた。

国産ブランドだが、高級な時計だった。


男は会場に向かう。

ドアを開けると

そこは拍手の海だった。


男は壇上に上がりスピーチを始める。


流暢ではないが

聞き取りやすい言葉で

丁寧に言葉を紡ぐ。


10分ほどスピーチをしたのち

男は深くお辞儀をした。


会場の全員が立ち上がり拍手をした。


ミュージシャンの頃とは

また違う熱気だった。


偉大な天才を祝福する

そんな雰囲気が伝わってきた。


―――――――――――

男は会場を後にした。


会場の外にはさえないスーツ姿の別の男がいた。


俺はその別の男に声をかける。

「ひさしぶりだな。来ていたのか」


「へへ。元ルームメイトの晴れ舞台だ。こないわけにはいかないだろう」


「そうか。ありがとう」


「しかし…あれだな。

お前…まったくこの分野に興味なかったじゃねーか。

俺が教えてやったから…

お前の賞の半分は俺のもんだな」


鼻をかきながら、スーツ姿の男は言う。


「そうだな、俺もそう思う」


「ばか…。そんなこと思うなよ。俺はつなぎだったんだよ」

そういう男の肩は

みじめだと自分で言わんばかりの表情をしていた。


――――

男の意識が俺の中に入ってくる。


俺はあの時

海外留学した。

そしてこの目の前のさえないスーツ姿の男と出会った。

彼はルームメイト

俺にこの研究分野を紹介した人物だった。


彼と俺は競い合うように学んだ。

しかし

俺が偶然ある発見をしたことから

差は大きく開いた。


しかも偶然の発見は

彼が言った一言が原因だった。


この小さな気付きが、


今の大きすぎる差を生んでいた。


「今でも俺は…

お前がこちら側でもおかしくなかった。

そう思っている」


その俺の言葉に


彼は下をむいて…

涙を流した。



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