第22話 森林のラボ
【創世歴674年 林檎の月(5月) 6日】
モルドア帝国国境付近の森 ラボ内
粗雑なベッドの上でココは目を覚ます。
瞼を開くと視界が揺らぐが、数度瞬きをするうちに次第に焦点が定まっていく。
「やあ、気分はどうだい?」
上半身を起こし、声の主の方を見遣る。
白衣を着てオレンジ髪を雑に纏めたその女は、椅子ではなくラボの隅にあるデスクの上に腰かけ、生足を組みながら優雅に紅茶を啜っていた。
ココは傍にあった上着を着ながら「まあ、元気ス」と短く答える。
「視界に不良等は…まあ、無いか。私の技術だからな。希望通り、今回の義眼は前回より魔力を強くしておいた。どんな魔物でも…ドラゴンでも操れる。まあ、その分身体に負荷は掛かるが」
「…別に構わないっス。自分は、兵士っスから」
言いつつ、女を横目で見る。
彼女は微笑みつつ「どうした?何か言いたいようだが」と尋ねるが、ココは何も返さない。
「あの男ならもうじき来ると思うぞ。人一倍真面目だからな」
彼女の言葉が終わるのとほぼ同時に、ラボの入り口が開く。
「すまないココ。少し遅くなった」
「はは。まだ約束した時間の十分前だぞ」
ラボに入ってきたのは黒衣を纏った男、ロイスだった。
女が空笑いしつつそう返すと、ロイスは露骨に嫌そうな顔で舌打ちをする。
「貴様は相変わらず下品な女だ。ガースト」
「ロイスは相変わらず真面目くんだなぁ。また白髪と小皺が増えたんじゃないか?」
ガーストと呼ばれた女はカラカラと笑いつつティーカップを置く。
ココはその空気に委縮しながらも、ベッド横のカバンから書類の束を二つ取り出しベッドから起き上がる。
「あの、隊長!これ今回の報告書っス!こっちはイゼリアからの…」
しかめっ面をしていたロイスはココに対しては少し穏やかな口調で「ああ。感謝する」と書類を受け取った。
「双方、計画は順調なようだな。ヘルシェン陛下もお喜びになるだろう」
「ありがとうございます」
ロイスは書類を仕舞い、出入り口へと踵を返す。
「あれ、私の報告はいらないのかい?」
ガーストが尋ねると、ロイスはまた眉間に皺を寄せて彼女を睨んだ。
「どうせまた禄でもないことだ。聞く価値もない」
「酷いなぁ。私のおかげでどれだけ帝国の軍事力が強大になったのか、君が一番知っているだろう?」
「貴様は帝国の為に研究しているのではなく、ただ人を殺すのが楽しいだけだろう」
「うん、そうだけど」
悪びれもなく、足を組み替えながら彼女は続ける。
「まあ、私が話したいから勝手に話すね。“竜化”の研究は順調だ。君たちが以前持ち帰ってきた死体のうち一個が相性良くてね。近いうちに実戦に導入されるだろう。銀竜の時の反省を生かして、製造の時に自我は完全に消えるようにしておく」
「帰るぞココ」
一切振り返らずロイスは歩を進める。
「ああ、待ってロイス。最後にもう一つ」
セリフとは裏腹に、相変わらず余裕そうな表情でガーストは白衣のポケットから小さな試験管を取り出す。
試験管の中では黒い宝石が禍々しい雰囲気を放っていた。
「いい素材が手に入ったんだ。竜の王者バハムートの構成情報が付着した魔石だよ。これがあれば最強の竜人兵が作れるんだけど、魔力が強すぎて耐えられる死体がないんだ。強靭な肉体が欲しい。…例えば君みたいな、ね」
ロイスは足を止め、侮蔑の眼差しをガーストに向ける。
「悪い話じゃないだろう?君の“悲願”が叶うためなら」
「心底不快な女だ。虫唾が走る。いつか縊り殺してやる」
「あははは。私の夢が叶った後ならいつでもいいよ」
ロイスは少し速足でラボを出ていく。
ココは一瞬ガーストに視線を向けたが、何も言わずにロイスの後を追いかけた。
「私は女は嫌いだが、あいつは特に不快だ。反吐が出る」
普段は無口なロイスの口からスラスラと飛び出す罵倒を聞きつつ、ココは彼の後ろを歩いて施設から出る。
ラボは森の奥深くの地下に隠すようにして建てられている。地上に出る階段を昇り切ると、柔らかな木漏れ日が二人を包んだ。
眩しさに目を細めつつ、ココは右目に眼帯を巻く。
「…そうだ。奴のせいで忘れるところだった」
ロイスはふと、そういって懐から小さな箱を取り出す。
「なんスかそれ?」
「少し早いが、お前の誕生日プレゼントだ」
その言葉を聞くと、ココは一瞬停止し、それからまるで子供のように目をキラキラさせて「え!?じ、自分のスか!?」とはしゃいだ。
「ああ」
「あ、あの、開けていいっスか…?」
「いいぞ」
許可を貰い、ココは受け取った箱を開ける。
中には小さな腕時計が入っていた。
中心に嵌った魔石によって動くタイプの最新型で、落ち着いたデザインながらかなり高価な品であろうことは容易に想像できる。
「こ、こんないい物…!自分なんかにはもったいないっス!!」
「前から時計を欲しがっていたろう。遠慮せずに受け取ってくれ。独り身の中年男にはこういう時くらいしか金の使い道がないからな」
自嘲気味にロイスがそう言うと、ココは「ありがとうございます、隊長!絶対大事にするっス!」と満面の笑みを浮かべた。
それにつられてロイスも少し微笑むが、ふとあることが過り口角が下がる。
「…今年こそ、祝いの言葉は貰えたか?」
ココは腕時計を左腕に着けつつ、うつむきながら首を横に振る。
「…仕方ないス。多分、自分の誕生日どころか、あの人自身の誕生日も覚えてないと思うっス」
ロイスは呆れたようにため息を吐きつつ、森の出口へ歩き出す。
「普通、実子の誕生日は祝うものだろう」
ココは彼の後ろをついていきながら、「隊長が祝ってくれたし、…失敗作の子供だし、いいんスよ」と少し寂しそうに笑った。
それからふと、ココは口を開く。
「…隊長は…娘さんの誕生日も…」
ロイスは振り向き、ココの目を見つめる。
「や、やっぱりなんでもないス!すみません!」と謝るココの頭を、ロイスは無表情のまま、大きく骨張った手で優しく撫でた。
「謝ることはない。勿論、アンジュの誕生日なら毎年祝っている。…そうしないと、セレスと一緒に天国で寂しがってしまうだろうからな」
ロイスは優しい眼差しでそう返答する。
「…少し、羨ましいっス」
ロイスの目を見て、小さな声でココはそう言った。
「うーん、どうも彼は私のことが嫌いらしい」
独り言ちりながら、ガーストはヒールを鳴らしつつ薄暗いラボの奥を進む。
「まあいいか。あの性格上、きっと彼は最終的にはその選択を選ぶだろうし」
自動扉が音もなく開く。
部屋の中心には、淡い緑色を光を発する液で満たされた培養器。
その中には一人の少女が裸で浮かんでいる。
年は十七くらいだろうか。
滑らかな栗色の髪が海藻のように漂っている。
彼女は整った顔をしているが、額の真ん中には射出創があった。
「楽しみだね、ワイバーン」
ガーストは微笑みながら、培養器のガラスを撫でた。
ガースト博士は宵闇所属の魔法技術者です。
7歳の時に実験の成果物のテストのために身内含めた村人を皆殺しにしたことをきっかけに先代の皇帝に拾われました。
一応帝国の公的な記録では死刑にしたことになっているのでいつもは森の奥で研究してます。
ガーストという名前も本名ではなく通称です(本人は気に入っている)。
ちなみにココの誕生日は5月8日。




