第20話 ヴァレリーとジャン
彼の周りだけ空気が違って見えるのは、きっと護衛がいるからというだけではないのだろう。
高貴で鋭い印象を与える金色の柔らかな髪と、対照的に親しみやすく優し気な雰囲気を纏った金色の少年のような瞳。
「あの人が…」
オルフェンは呟く。
普段、王族はあまり一般市民の前には出てこない。
そのため、王都に住んでいる国民でも王や王子の姿を新聞や肖像画でしか見たことのないものが大半だ。
それは、オルフェン達も例外ではない。
初めて見るこの国の王子の姿に皆緊張し、軽食や飲み物を摂る手が止まる中、レインだけはマイペースにシーフードピザを頬張っていた。
レベッカはそれを横目で見つつ、「あんたすごいわね」と呆れと関心の混ざった感想を述べる。
アマリアはそんな新入生たちの様子を見てクスリと笑いつつ、軽くオルフェンの肩を叩く。
「フェルディナント王子は五年生で、この学園全体の首席なんだ。せっかくだし、君たちもお話ししてくるといいよ」
「えっ、お、おお、お話っ…!?」
料理がたくさん乗って、もはやオードブルと化している皿をもって狼狽えるマヤにアマリアは優しく笑いつつ「大丈夫、彼はとても親しみやすい方だから。ねえ、ダリア」とダリアに同意を求める。
…が、彼女の横にダリアの姿はなかった。
「あ、あれ?ダリア先輩は?」
アルベルトがきょろきょろと周りを見回すと、レインはビスマルクピザを頬張りながら冷静に「あっち」と指差す。
そこでは、白衣を着た丸メガネの小柄な女性教師とダリアが穏やかに談笑していた。
「あ、あの先生、オリエンテーションの時に会った先生だよね?」
アルベルトがオルフェンにそう聞くと、オルフェンの脳裏にその時の状況が蘇る。
確か、オルフェンとアルベルトがボスと最初に戦った時、ボスを魔法で拘束しジミー教頭と一緒にジョニーたちを助けてくれた先生だ。
オルフェンが頷くと、アマリアが横から解説をしてくれる。
「ソニア先生だね。この学園の養護教諭で、ダリアの実のお姉さんなんだ。面倒見が良くて、健康面以外の相談もなんでも聞いてくれる頼りのある先生だよ」
何を話しているのかはここからは聞こえないが、ソニアはダリアと仲睦まじげに話しつつ、ダリアの頭を優しく撫でる。
「聞いたところ、二人は早くにご両親を亡くしてしまったらしくてね。…唯一の家族であるソニア先生は、姉であり、母のような存在なのだとダリアは語っていたよ」
「……」
ソニアの姿に、栗色のロングヘアーの少女の姿が重なり、オルフェンの胸がズキン、と痛む。
それを察知したのか、レインはフライドチキンを強引にオルフェンの口に突っ込んだ。
「んぐっ!?」
「オルフェン。これ、おいしいから、食べて」
レインは無表情でぐりぐりと骨付きの肉を口にねじ込む。
「わ、わはった、わはったはら…!」
彼女の不器用な慰めを少し嬉しく思いつつ、オルフェンはチキンを咀嚼する。
サクサクした衣に包まれた柔らかい肉を噛むとじゅわっと肉汁が滴り、確かにとてもうまい。
レインはというと、それを見て満足そうに三枚目のピザに手を付けていた。今度は生ハムのピザだ。
「よく食べるわねあんた!?」
レベッカは流石に驚愕の声を漏らす。
「ふふ。ピザは別腹」
「別腹っていうか、ピザしか食べてないわよね!?」
「…レイン、昔はめちゃくちゃ小食だったのにな」
フライドチキンを食べつつオルフェンがそう零すと、マヤは信じられないといった顔で彼とレインを交互に見、アルベルトは「へえ。想像がつかないね」と苦笑を浮かべた。
吹奏楽クラブの演奏が演目最後の穏やかな曲を奏で出す。
アマリアははっと顔を上げ、「おっと。次は私たち演劇部の出番だ。じゃあ私はこれで。皆、歓迎会を楽しんでおくれよ!」と手を軽く振って去っていく。
オルフェン達は口々に礼を言って彼女を見送った。
その時、ちょうど話し終えたのかフェルディナントと話していた女子生徒が去っていった。
その瞬間を見逃さず、今までずっと黙っていたヴァレリーが彼に向かって歩き出した。
「あっ、ヴァレリー…?」
マヤの声にオルフェン達も振り返り、彼を追いかける。
「…辺境伯の方もお変わりないようで何よりだよ」
「そうですな」
フェルディナントはジャンと言葉を交わす。
そこに、速足で少し息を切らしながら、ヴァレリーが現れた。
「…おや、君は」
フェルディナントが声をかけるより早く、「ヴァレリー!待てよ!」とオルフェン達が声をかける。
それを聞いたジャンは目の前の少年を見、おお、と小さく声を漏らす。
「ヴァレリー…!ヴァレリーか!!大きくなったな!」
「……ひ、久しぶり…父さん…」
ぎこちなく父に話しかけるヴァレリーを見、ジャンは豪快に笑う。
それを見たフェルディナントは「ああ、君の子息か」と一人納得したように呟く。
「普段城に住み込みで働いているんだ。顔を合わせるのも久しぶりだろう?せっかくだから、私のことは気にせず親子で語らうといい」
「い、いえ、しかし私は護衛中の身ですし…」
焦るジャンにオルフェンは笑い、「別に単独行動をするわけでもないし、学園内なら滅多なことも起きないだろう?」と返し、レイン達の方を見る。
「初めまして。私はフェルディナント・カシュリア。まだまだ未熟だが、この国の王子だ。…と言っても、この学園では皆、身分は関係ない。君たちの一先輩として、気軽に接してくれると嬉しいよ」
そうは言いつつも、一国の王子を前に緊張するオルフェン達。
…の横で、レインは相変わらずピザを貪りつつ「お願いします」と頭を下げた。
「レイン、流石に食べながらは失礼だよ…」
「あはは。腕利きの料理人が作った料理だ。気持ちはわかるよ」
アルベルトに叱られても気にしていなさそうなレインを笑いつつ、「じゃあ、私は彼女たちと話しているから、ジャンは自由にしていて」と告げ、彼に背を向ける。
ジャンは「はっ!」と敬礼を返し、それからヴァレリーに向き直った。
「ヴァレリー!しばらく見ないうちに大きくなったなぁ!元気だったか?」
「あ、うん…まあ……」
それからジャンはオルフェン達を見、「君たちはヴァレリーのお友達かね?」と問う。
ヴァレリーは急いで否定しようと「いや、違っ…」と言いかけるが、それを遮るようにオルフェンは力強く頷き、返答した。
「はい。息子さんとはレクリエーションで知り合って、仲良くさせてもらっています」
「はっはっは!そうかそうか!父の私が言うのも何だが、こいつは子供っぽくて口下手だから誤解されやすいだけで根はいい子だから、これからも仲良くしてくれると嬉しいよ」
「ええ。勿論そのつもりです!」
レベッカも満面の笑みでそう答え、マヤも彼女の後ろに隠れつつもうんうんと頷く。
ヴァレリーは複雑そうな顔をした後、少し俯き、それからまっすぐジャンを見据えて言った。
「お、オレ…今年度の主席になったんだ!父さんみたいな、立派な騎士になるために!」
ジャンはそれを聞き目を丸くしたが、小さく息を吐いて静かに諭すようにヴァレリーに言った。
「…ヴァレリー、まだ騎士に憧れているのか。諦めろと何度も言っているだろう」
「…っ!」
ヴァレリーの肩に軽く手を置き、ジャンは続ける。
「主席になったのはすごいぞ。誰にでもできることじゃない。お前の努力の賜だ。…だが、騎士に憧れるのはやめておきなさい。危険が多すぎる」
「……」
「…すまないな。本当は私もお前の夢を応援してやりたい。王家に仕える騎士として、息子が国のための道を志すのは大変喜ばしいことだ。…だが、父としては…息子を死地に行かせたくはないのだ。…わかってくれ、ヴァレリー。我が最愛の息子よ」
俯いて黙りこくってしまったヴァレリーの背中をバンバンと叩く。
「……オレが」
俯いたまま、ヴァレリーは尋ねる。
「オレが、弱いから?」
「…」
「オレ、頑張って、どんな魔物にも勝てるように特訓したんだ。屋敷で毎日修練して、魔物や魔法の勉強だって欠かさずやってきたんだ。…それでも、まだ駄目なのか?」
「そうだ。お前はまだまだ弱い」
ジャンは頷き、「…殿下。そろそろ閉会の挨拶の時間です」とフェルディナントに告げる。
フェルディナントは振り向き、頷くと、レイン達に「これから君たちと学園で学べることを嬉しく思うよ。では、また」と告げ、ジャンとともに去っていった。
「ヴァレリー……」
ジャン達の去っていった方向を黙って見つめるヴァレリーの背に、オルフェンは声をかけつつ手を伸ばす。
が、ヴァレリーは振り向き、その手を振り払う。
「なんだよ…!笑ってんのか!?どうせお前らも俺が弱いって思ってんだろ!!」
「そんなわけないだろ!友達なんだから!なあ、落ち着けって…!」
否定するオルフェンを、ヴァレリーはどこか自嘲気味に鼻で笑う。
「はっ、友達?勝手なこと言いやがって。オリエンテーションで一時期一緒に行動してただけじゃねえか!」
ヴァレリーはオルフェンを指指す。
「オレは弱くねえ!それを証明してやる!!覚悟しろ、デコ傷野郎!」
叫ぶようにそう告げると、ヴァレリーは人ごみの中へ消えていく。
「……ヴァレリー…」
一同は何もできずに去っていく彼の背を見つめ、マヤは小さく彼の名を呟いた。
こうして、オルフェン達の学園生活が始まったのだった。




