第18話 戦績発表
【創世歴674年 竪琴の月(4月) 8日】
寮の個室のドアがノックされる音でオルフェンは目覚めた。
時刻は朝の八時半。眠い目を擦りつつ、部屋着の上に上着を羽織ってドアを開ける。
「よお、デコ傷」
「おはよう、オルフェン」
「ヴァレリー、アルベルト…。おはよう、どうしたんだ?」
今日は休日だ。そのため私服を着ていてもおかしくはないはずだが、オルフェンの部屋を訪ねてきた二人は制服を着ている。
「校内放送聞いてなかったの?集計結果が出たらしいよ。校庭の掲示板に張りだされてるって。見に行こう」
「そうなのか。泥みたいに寝てたから気付かなかった」
「けっ、呑気な奴」
制服に着替え、三人連れ立って男子寮を出る。
「あ、オルフェン」
呼び止められオルフェン達が声のした方を見ると、女子寮のある方向から同じく制服に着替えたレインとレベッカ、マヤの三人が歩いてきていた。
レベッカはオルフェンの姿を見ると一瞬動揺したが、ささっと前髪とスカートを整えた後はいつもの自信満々な態度に戻る。
「レイン。おはよう」
「みんなも掲示板を見に?」
「当たり前でしょ!あんなに強いボスを倒したんだから、きっと上位に入ってるわよ!」
レベッカは得意顔で腕を組む。そんな彼女を見、ヴァレリーはため息を吐く。
「自信満々だな、高飛車女」
「はあ!?誰が高飛車女ですって!?」
「ぴえっ…!れ、レベッカ、け、喧嘩良くないです…!落ち着いてくださいぃ…」
校庭には新入生が集合していた。
歓喜の声や落胆の声が響く中、レインは「あったよ、みんなの名前。全員、クラス・リュンヌ」とさらりと告げた。
「え!?ほんとに!?やったあっ!!」
レベッカは飛び上がって喜び、レインに抱き着く。レインも微笑んでレベッカを抱きしめ返した。
「一番取得数が多いのはヴァレリーか。主席だね、おめでとう」
「おう。まあ、当然だ。騎士団長の息子だからな」
アルベルトの言葉にヴァレリーは仁王立ちで自信満々に答える。
「ヴァレリー、すごいです…!」
マヤはヴァレリーに微笑むと、ヴァレリーは赤面して視線を逸らす。
レインはそんなヴァレリーを見て、「顔、真っ赤。具合悪い?」と声をかける。
「なっ!赤くねえし!」
「よおよおよお。随分とご機嫌じゃねえか?」
その声に一同が振り返り、ヴァレリーは眉を顰める。
そこにはオルフェンとアルベルトが無人島の洞窟で出会ったジョニー一行が粗暴な態度でこちらに歩いてきていた。
「君たちは確か、洞窟で出会った…」
「俺はジョニーだ!覚えておきな!あんときゃ情けねぇ姿を見せちまったが、本来の俺はもっとつえぇんだかんな!!」
ジョニーの後ろでサンチョ、ベッツ、アリアも「そうだそうだ!」とはやし立てる。
三人とも包帯や湿布を貼ってはいるがだいぶ元気そうだ。
レベッカは呆れたように冷めた目でジョニーたちを見る。
「あたしたちが倒したボスに手も足も出なかったくせに」
その言葉に四人はギクリと体を強張らせたが、取り巻き三人はすぐに「そ、そそっそ、それはボスの存在知らなかったからだし!」「てかお前らアレ倒したのかよ!すげーなおい!」「あんたらと違ってこっちは四人だったのよー!不利不利不利!!」と騒ぎ始めた。
ジョニーはそんな三人を「まあまあまあ」と制し、オルフェンを指さす。
「そこの傷跡剣士!俺はお前に勝負を申し込むぜ!」
「勝負?」
「これを見やがれ!」
ジョニーはいそいそと制服のポケットからぐしゃぐしゃに丸められた紙を取り出し、広げてオルフェン達に見せた。
それはポスターのようで「学園武術大会のお知らせ」と大きく書かれている。
「なんだそれ?」
「来月、林檎の月の10日から開かれる学園武術大会だ!学園のつえぇやつが立候補して、一対一でランダムでトーナメント形式で戦うんだ!俺はこの大会に出るぜ!お前も出て俺と戦え!!」
レインはそれを聞いてきょとんと首をかしげる。
「ランダムなら、誰と誰が当たるか、わからないんじゃない?」
「えっそうなのか?」
「ランダムってそういうことなのか?」
「ていうかトーナメントってなんだ?」
「さあ?」
ジョニーたち四人はひそひそと話合うが、改めてオルフェンの方を向き、指を指す。
「まあいいや!とにかくお前も出ろ!じゃあな!!」
それだけ言い残すとジョニーは走り去っていく。
他三人も「覚えてろよ~!」「逃げんじゃねえわよ~!」「でも洞窟で助けてくれたのはありがとな~!!」と口々に叫びながらジョニーを追って去った。
「賑やかな子たちだね」
アルベルトが愉快そうに笑う横で、ヴァレリーは苦虫を嚙みつぶしたような顔で「あんなバカどもにやられたのかオレは」と呟いた。
その時、校内に校長の声で放送が流れる。
「みなさん、校庭の掲示板は確認しましたか?これからクラスを示すバッジを配布するので、それぞれの教室まで来てください。それから、明日の午後5時から屋内武道場で新入生歓迎会があります。上級生や先生方も来られるので、きちんと制服を着用し、クラスバッジをつけて、担任や同じクラスの先輩たちとたくさん交流してくださいね。ただ、明後日からは通常の授業が始めるので、あまり羽目を外しすぎないように……」
同日の昼頃。カシュリア王国サニー宮殿にて。
バロック調のシックな紫色のドレスを身に纏った水色の長髪の女は、護衛もつけず一人で中庭の花園を見ていた。
華やかな桃色や黄色、水色の花を眺め、軽く深呼吸をして花の香りを吸い込む。
「ラースカ」
名を呼ばれ、ラースカは振り向く。
柔和な雰囲気を纏った金髪金眼の少年。カシュリア王国唯一の王子であり四歳年下の彼女の婚約者、フェルディナントが中庭の入り口でラースカを見つめていた。
「やっぱり、ここにいると思った」
「…」
「もうすぐ会食の時間だ。行こう」
「……王子自ら呼びに来るだなんて、カシュリアは深刻な人手不足のようですね。貧乏国家だからかしら」
彼女が皮肉を言うと、フェルディナントは優しく微笑む。
「貴女の夫となる者としての振る舞いのつもりだったけれど、気に障ったかい?」
「…」
ラースカは何も返さず、ため息を一つだけ吐くと花園を背にし、歩き出した。
カシュリア王国現国王、フェリクス・カシュリア。
カシュリア王国王子、フェルディナント・カシュリア。
モルドア帝国現皇帝、ヘルシェン・ヴァールハイト・ヴラースチ。
モルドア帝国第7皇女、ラースカ・ヴァールハイト・ヴラースチ。
両国の兵士に囲まれた四人の会食は一見穏やかに、しかしひりついた空気の中、粛々と進む。
両王が自国の近況などを話しつつ食事を口に運び、フェルディナントはそれに時折微笑みや相槌を打っているが、対照的にラースカは冷たい表情を崩さず一言も発さない。
「……時に、カシュリア王。五年前に指名手配された“彼”の件ですが、まだ足取りは掴めないのです?」
フェリクスの手が一瞬止まる。が、すぐに笑みを浮かべ「ピナ村の一件のことですね」と返す。
「依然として調査中です。例の事件は五年も前のことですし、今のところはその後に目立った事件は起きていないので、調査の優先順位は低いと思いますが」
「しかし、その村があった場所は我がモルドア帝国の国境付近。もし奴がこちらに逃げ込んでいたとすれば…国際問題ですぞ」
にやり、と含みのある笑みを浮かべつつ、ヘルシェンはワインを傾けた。
その横で、デザートの食用花入りのゼリーを口に運びつつ、ラースカはヘルシェンを横目で見遣る。
「ええ。それはそうですが…」
「やはり、移民を積極的に受け入れる政策が裏目に出ているのでは?他国からの亡命者と国民間のトラブルも相次いでいると風の噂で聞きますが」
「…あくまで噂でしょう」
王同士の険悪な雰囲気を察し、フェルディナントはラースカの方を見、口を開く。
「ラースカ様。デザートはお気に召しましたか?貴女もお気に入りの中庭の花園で私が育てた食用花を使用して、使用人に作らせたのですが」
「……ええ」
どっちつかずの返事を返しつつ、ラースカは半分ほどになったゼリーを口に運ぶ。
気まずい空気のまま会食は終わり、護衛の兵士とともにモルドア帝国の王と皇女は部屋を出ていく。
部屋を出る間際、ヘルシェンは振りかえり、意味深に陰のある笑いを浮かべつつ言った。
「フェルディナント様の学園卒業後の婚姻の儀まで、くれぐれもこちらの信用を裏切るような真似はしないで頂きたいですね。…婚約破棄からの熱戦となれば、笑えませんからねぇ」
「…ええ。心得ております」
モルドア帝国へ向かう馬車の中、ヘルシェンは宮殿を睨みつける。
「相変わらず腹立たしい親子だ。狐どもめ。早く尻尾を出さんものか」
大げさにため息を吐き、馬車から路上に唾を吐く。
「この国は人も駄目だが飯も不味くていかん。よくもあんな奴隷の食うような臭い飯を客人に出せたものだ。舐め腐りおって」
ラースカは会食から一言も発さずじっと黙っていたが、不意に口を開く。
「………私は、あのゼリーは好きです。父上」
「おい、口直しの酒を注げ。北モルドア産のウイスキー、五十年物だ」
「はっ」
ラースカの言葉には一切リアクションを返さず、ヘルシェンは兵士に指示を出す。
兵士はウイスキーを注ぎヘルシェンに渡すとラースカの分も注ごうとするが、それを見たヘルシェンに「おい!高価な酒をそれに飲ますな!」と叱られ、平謝りしつつグラスを片付けた。
ウイスキーを飲みつつ、ヘルシェンはにやりと笑う。
「…ワシが大人しく婚姻を待つと思っているバカ王よ。もうすぐだ。もうすぐこの国のすべてが私の手に落ちる。ククク…」
「げほっ、げほっ…ごほっ…!ぜえ…ぜえ…っ」
「殿下…!大丈夫ですか!?」
フェルディナントは激しく咳き込むフェリクスの背を擦る。
それを受け、フェリクスは彼に微笑みを返す。
「ああ。大丈夫だ。会食の最中に発作が出なくて良かったよ。彼に何を言われるか、わかったもんじゃないからね」
「…今日はもうお休みになってください。公務は私一人でもこなせます」
「ははは。フェルディナント、お前は優しいな。王妃にそっくりだ。懐かしいよ」
その時、部屋のドアがノックされた。
「失礼します。国王陛下、食後のお薬をお持ちしました」
「おお、ありがとう。入りなさい」
ドアが開き、右目に眼帯を付けた青年が薬瓶を片手に部屋に入ってくる。
「そこに置いておいてくれるかい。自室に戻る前に飲むよ」
「はい」
「さて。では後は頼れる息子に任せて、今日は休ませてもらうとするかね。…だが、フェルディナント。お前も明日はネージュソリドール学園の新入生歓迎会があるだろう。無理はしないようにな」
二人のやり取りを見た後、薬を持ってきた使用人の青年は一礼し部屋を出る。
ドアが閉まると、少しうつむき、それから使用人…もとい、“宵闇”所属の18歳の青年、ココは不敵に微笑んだ。
ジョニー、サンチョ、ベッツ、アリアの四人はカシュリアの中流都市のスラム出身で全員幼馴染です。
ジョニーは孤児たちのリーダー的存在、サンチョとベッツは腹違いの兄弟、アリアは娼婦の娘です。
「俺ら馬鹿だからわかんねぇけどよぉ、すっげぇ学校出たらすっげぇ奴になれるんじゃね???」の精神でゴミ山から教材を漁り、一夜漬けの勉強でギリギリ学園に合格しました。
みんな学と品がないだけで悪い奴らではないです。多分。