第17話 オリエンテーション三日目
そうして、最終日の朝が来た。
洞窟の前で六人で円陣を組み、アルベルトが中心となって作戦のおさらいをする。
「……作戦通りに行けば、恐らく大丈夫。大事なのは戦闘を長引かせないこと。体力勝負に持ち込まれたらこっちもタダじゃ済まない。いいね?」
その言葉に全員頷き、各々武器を握りしめた。
洞窟内は静まり返っていた。
昨日の戦闘の跡が残る場所まで来ると、マヤは足を止める。
「…この先から、すごく、強い魔力を感じます」
「ボスだな。みんな、準備はいいか?」
オルフェンが声をかけると一同は力強く頷く。
オルフェンは頷き返し、剣を構えた。
剣に嵌めてあるオレンジ色の魔石が輝く。
「はあっ!!」
オルフェンが剣を横に薙ぐと、洞窟の奥へ向かって衝撃波のように斬撃が飛ぶ。
ガツン、と何かにぶつかった音が響いた直後、ドシンドシンと足音が響き、鼻息荒く、血走った目の暗闇からボスが出てきた。
「マヤ、やれ!!」
「ぴいっ!は、はいぃぃっ!!」
オルフェンの指示に、マヤはおびえつつも弓を構え、矢を引く。
弓に嵌めこまれた魔石が光り、マヤの手が震えて放たれた矢は明後日の方向へ飛んでいった。
が、その矢は空中で軌道を変え、まっすぐにボスの目を射抜く。
「グオオオオオオ!!」
耐え切れず、ボスは咆哮を上げる。
「行くよ、レイン!!」
「うん」
アルベルトとレインはそれぞれの武器を構え、レインが最初に駆け出し、一直線に飛び上がるとボスの口内に剣を突き立てる。
レインの剣の魔石が光ると、パキパキと音を立てボスの口回りが凍りついた。
剣を引き抜きレインが後ろに飛び退くと、アルベルトが槍を構え、開いたボスの口内に攻撃を食らわせる。
攻撃の当たった部分から血の代わりに塵が溢れた。
「グオオオオッッッ!!」
ボスは咆哮を上げながら闇雲に腕を振るう。
「はああっ!!」
レベッカがハンマーを両手で握りしめ振りかぶると、見る見るうちにハンマーが巨大化する。
そのまま、遠心力に任せボスの腕に巨大ハンマーを振り下ろした。
攻撃は効いていないようだが、ボスはバランスを崩し洞窟の壁にぶつかる。
その衝撃で洞窟内が激しく揺れた。
「ぴええっ!?」
マヤが尻もちをつき、その上に天井の岩がボロボロと落ちる。
「っ!マヤ!!」
敵に向き合っていたオルフェンは咄嗟に体勢を変え、地面を強く踏み込む。
そのまま、マヤの方に駆け出すと、体全体を使って素早い動きで次々と岩を剣で撃ち落とした。
ヴァレリーはそれを見、息を飲む。
「あの動き…」
「ヴァレリー!来るよ!」
アルベルトの声にはっと視線を戻すと、ボスが起き上がりこちらを見ていた。
口周りの氷はすでに溶けかかっている。時間はない。
「くそっ!」
悪態をつきつつ、ヴァレリーは大剣を構えると、地面を強く蹴り、敵の元へ飛び込む。
ボスはまた腕を振り上げる。が、その動きが一瞬止まる。
ボスの腕にはアルベルトの槍が突き刺さり、その先端から蔦が伸びてボスの腕を拘束していた。
「はあああっ!!」
ヴァレリーはボスの口内にオーラを纏った剣をぶち込む。
力を込めて、ヴァレリーは更に切り込み、ボスから塵が溢れる。
瞬間、爆風とともにボスの体は一瞬で塵と化し、バラバラと辺りに魔石が散らばった。
「やった…っ!あたしたち、勝ったああっ!!」
レベッカは地面に座り込んだまま、両腕を上げて叫ぶ。
その声に緊張が解けたのか、アルベルトも微笑み、マヤは安堵のため息を吐く。
オルフェンはレインと顔を見合わせて笑い、それから「ヴァレリー、お前のおかげだ!」と声をかける。
が、ヴァレリーは浮かない顔で「お、おう」と返事をし、剣の先で魔石を指す。
「…もうすぐオリエンテーションの終了時間だし、これ、早く山分けしようぜ」
ボスからドロップしたものと、戦闘の衝撃で岩石の中から取れた魔石を拾い集め、全員で分けた後、皆で洞窟を出る。
「…おい、デコ傷」
ヴァレリーに呼び止められ、オルフェンは最後尾の彼の方を見る。
「何?」
「お前に聞きてえことがある。…お前の剣、誰に習った?」
一瞬、オルフェンの心臓が跳ねる。
が、すぐに平静を装い「…昔近所に住んでた、元冒険者のおっさん」と答える。
「…そいつの素性は?何者なんだそいつ?」
「何って…、知らねえよ。俺にも何にも教えてくれなかったし…」
「オルフェン、ヴァレリー!何してるの?早く行きましょ」
レベッカの声にオルフェンは「わかってるよ」と返し、そのまま洞窟の出口へ向かう。
「……」
「…どうしたの?そんなに神妙な顔して」
彼の様子を気にしたアルベルトが尋ねると、ヴァレリーは少し躊躇った後話し始めた。
「…“死神”」
「え?」
「昔、父さんが一度だけ話してくれた。父さんが新兵時代、モルドア帝国との小規模な交戦があって…そこで、“死神”を見たって。圧倒的な動きで、こっちの兵士を次々に切り捨てて、ものの数分で一兵団を壊滅させた男が相手の戦力にいたらしい」
「…それが、オルフェンと何か関係が?」
「……人づてに聞いた話だから、正直確信は持てないけど…、足の捻り方、腰の使い方、それからあの太刀筋。…さっきのあいつの動き、父さんが言った“死神”にそっくりだった」
飛行船のもとに向かうと、生徒は最初の三分の一くらいの数しかいなかった。
ジゼル校長は「皆さん、集まったようですね」と話を切り出す。
「生徒が少ないと感じる方もいるでしょうが、残りの生徒はみな、怪我を負ったりリタイアしたりして飛行船の中です。いやあ、今年は去年に比べて最後まで残った生徒が多いですね。皆さん優秀です。それでは、近くの教員に氏名を伝えて手に入れた魔石を渡してください。そうしたら飛行船に乗り込んでくださいね」
オルフェンは近くにいたロジェに麻袋を渡す。
ロジェはそれを受け取ると、少し驚いたように眉を動かした。
「すごい量ですね。…もしかして、あのボス討伐したんですか?」
「え、まあ、はい…。大人数で、ですけど」
「それはそれは」
ロジェは驚愕の表情を浮かべた後、微笑む。
「すごいですね。集計がまだなので確かなことは言えませんが、貴方ならリュンヌに入れるかもしれません。…実は僕、今年度の一年生のクラス・リュンヌ担任なんですよ。もしかしたら貴方の担任になるかも。ふふ、楽しみです」
かくして、三日間に及ぶオリエンテーションは終了したのだった。