第14話 オリエンテーション一日目・夜
(12月26日追記)若干内容に納得できないところがあったので修正しました
拠点にした場所に最初に帰ってきたのはオルフェンとレベッカのコンビだった。
「ああ、おかえり二人とも」
「…アルベルト。あんた、作るのは寝床ぐらいでいい、とか言ってなかったかしら?」
レベッカの言葉通り、川沿いには葉っぱや枝を利用して作ったであろう、雨風をしのげそうな屋根と風除けが付いた即席の小屋が立っており、それにその横の屋外には丸太を利用したテーブルと椅子まで作られていた。
焚火にするのであろう枝を抱きかかえながらアルベルトはあははと笑う。
「ごめんごめん、作ってたら楽しくて、ちょっと凝りすぎちゃった…」
「適任だったわけだな」
三人がそんな風に会話をしていると、ぎゃいぎゃいと喚く声が森の中から聞こえ、ほどなくしてレインがヴァレリーを抱えて出てきた。
彼女の背後にはへとへと状態で腕いっぱいに食材を抱えたマヤもいる。
「え、なに?何なの?どういう状況なの?」
レインは困惑するレベッカにかまわず、ヴァレリーを抱えて三人のもとに駆け寄る。
「ヴァレリー、怪我してる。手当したい」
「手当とかいらねぇって言ってんだろ!」
「…見せて」
アルベルトは真剣な目で、枝を地面に置きレインの傍に行く。
「……うん、一番酷いのは右足の打撲かな。かなり腫れている。拠点を作るときにいくつか薬草を採ってきてるからすぐ手当てするよ。レインは彼をそこの椅子に座らせておいてくれるかい?」
「わかった」
アルベルトはテーブルの上に置いてある薬草をいくつか手に取る。
「詳しいんだな、あいつ」
「アルベルトはご両親がお医者様なのよ。彼の父のコルドウェル先生はあたしのお父様のかかりつけ医でもあるわ。だから、彼が最初にあたしたちに声をかけてチームを組んだってわけ」
「へー。レベッカって顔広いんだな」
「当然よ。あたしは立派な貴族だもの!」
得意げにレベッカは腕を組む。
マヤはそんなレベッカに微笑んで、「あ、あの、私、ごはんの用意とか、しますね…!」と宣言し、いそいそと食材をテーブルに並べた。
アルベルトは平たい石と小石を川で洗浄し、薬草数種を潰して煎じ始めた。
その横で、マヤが鋭い石を包丁代わりに使って食材の下ごしらえをしている。
「…なあ、俺らもなんかやろうか?」
「オルフェン達はフィールドワークで疲れてるでしょ?僕に任せて休んでていいよ」
「わ、私も、お料理、好きでやってる、だけなので…!」
「じゃ、お言葉に甘えて休ませてもらうわね」
レベッカはそういうと鼻歌を歌いながら小屋の中に入る。
レインは興味深そうにマヤの作業を見守っていた。
やることがないオルフェンは、とりあえずヴァレリーと話してみようと思い立ち、彼の横の椅子に座った。
ヴァレリーはぎろりとオルフェンを睨む。
「…なんだよ。笑うつもりか?」
「そんなわけないだろ。なんでお前はそんな喧嘩腰なんだよ。俺はオルフェン・セスリント。お前は…」
「…ヴァレリーだ。ヴァレリー・マードック。現王国騎士団長の一人息子だ。覚えておけ」
オルフェンはその態度にため息を吐きつつ、「レインが言ってた。他の生徒に襲われたんだってな」と切り出す。
「俺らも襲われたぞ。返り討ちにしたけど」
「けっ、自慢かよ」
「違うって。…お前、一人だったんだろ。相手は三人だったし、負けてもしゃーないって」
オルフェンがそう言うと、ヴァレリーはきょとんとした顔で「三人?」と繰り返す。
「おう。俺とレベッカが会った時は三人だったぞ。ライフル持ったやつと、ナイフとあと…剣だったか?」
それを聞くと、ヴァレリーは少し考えてからぽつりと「…違う」と返す。
「違う?何が?」
「…オレが会ったのは、四人組だった。剣持ったやつが二人と、拳銃持った女と…あと一人はわかんねえ。油断してたら後ろからやられたんだ」
「……マジで?じゃあ、そんなやべー生徒がたくさんいるのか?」
ヴァレリーは頷いて、自身のブレスレットを撫でる。
「1500人もいればな。何人かは、まあ、あり得るだろ。…魔石奪われて、ブレスレットも外されそうになったから気力振り絞って逃げてきた」
「大変だったな。…ヴァレリー、逃げ切れただけでもすげえと思うぞ」
「当然だろ。オレは騎士団長の息子だからな」
自慢気な顔をするヴァレリーを見、オルフェンはふふ、と笑う。
「な、なんだよ…!?」
「ヴァレリー、とっつきにくい奴かと思ったら意外と話しやすい奴なんだなって思って」
「な…っ!」
照れたように彼はぷいっと顔を背ける。
「勘違いすんじゃねえ!オレは誰彼かまわず仲良くするような軟弱者とは違うんだ!」
その様子がおかしくてオルフェンが更に笑うと、ちょうど薬の調合を終えたらしいアルベルトが「楽しそうだね、二人とも」と、笑顔を浮かべて近づいてきた。
「ちょっと失礼」
言うと、アルベルトはヴァレリーの足元にしゃがみ、腫れた部分に緑色の汁を塗る。
「触った限り骨に異常はないみたいだし、安静にしていたら丸一日くらいで良くなると思う。…本当ならリタイアしてすぐにでも本物の医者に診てもらった方がいいんだけど…」
「誰がリタイアなんてするか!」
「…言うと思った」
呆れたように笑いつつ、大きめの葉っぱを患部に湿布のように貼る。
「はい、応急処置。この葉っぱはシュミゼ草って言って、表面を傷つけたら粘液が出るんだ。ただくっつくだけじゃなく、この粘液にも患部を冷やす効果があるから剝がさないでね。粘着力が弱くなってきたら張り替えるからいつでも言って」
「…医者かよ」
「まだ卵さ」
そういうと、アルベルトはマヤとレインのもとへ行く。
「マヤ。下ごしらえは終わった?そろそろ火を起こすよ」
「あ、は、ははは、はいっ!だいじょうぶ、です…!」
相変わらず男子が苦手なようで、マヤは挙動不審になりつつこくんこくんと高速で頷く。
河原の石を集めて積み上げた即席のかまどの中にアルベルトは枝を集め、集めた魔石の中から赤い石を手に取ると、自身の槍の装飾部分に嵌っていた魔石を外して代わりに嵌めこむ。
「はあっ!」
アルベルトが槍を振るうと魔石が光り、槍の先端に炎が現れる。
その日を枝に移し、火が入ったのを確認すると小さく息を吐いて、槍の先端の炎を消し、赤い魔石を外す。
「オルフェン達が炎属性の石を採ってきてくれてて助かったよ。なかったら手作業で火を起こすことになってたからね」
元から嵌っていた魔石を嵌め直しつつ、アルベルトは「火、使っていいよ」とマヤに声をかける。
「あ、あ、ありがとうございますっ!」
マヤは大きなボウルのようなものに水を汲み、かまどの上に置く。
「マヤ、それなあに?」
「あ、これは、オオヤシの実の外皮です…!普通のヤシの実よりもふたまわりほど大きい品種で、浜辺に落ちてました!」
嬉しそうに湯を沸かしつつ、マヤはスライスした木の実を木の枝に刺し、かまどの周りの余熱で焼き始める。
「この木の実はアルトスの実って言って、完熟したものをこうやって焼くとパンみたいな食感と味に…」
普段とは打って変わって、はきはきと早口で語るマヤの言葉を、レインはうんうんと頷きながら聞いている。
即席の鍋の中に山菜とスパイスを入れ、煮込みながらマヤは呟く。
「調味料があんまりないからあんまりおいしくできないかも…。せめて、ちょっとでもお肉とかお魚があったらうま味になるんですけど…」
「お魚、川の中にいるみたいだけど、捕まえるの難しそう」
それを聞いたヴァレリーはマヤの方を見、何か言いたげに少し迷った後、結局何も言わずにまた視線を逸らした。
数分後、料理の匂いにつられて小屋からレベッカも出てきた。
テーブルには、パン代わりの焼いたアルトスの実、ジャムのような煮詰めた木の実、簡単なサラダ、オオヤシのジュースが並んでいる。
テーブルに並んだ料理を見てレベッカは歓声を上げた。
「これ全部マヤが作ったの!?すごいわね!!」
「え、えへへ…、スープもありますよ…!」
照れ笑いながら、マヤは器代わりの葉っぱに山菜のスープを入れる。
六人で食事を摂りつつ、雑談と情報交換をする。
マヤは謙遜していたが、彼女の料理はとてもおいしく、和気あいあいと食卓を囲むことになった。
「…明日の予定だけど」
ジュースを飲みつつ、アルベルトは口を開く。
「他者の魔石を奪う生徒がいるらしいし、ヴァレリーはここで待機してもらうとして、彼を守るためにもう一人ここに残ってもらった方がいいと思う」
「……」
彼の発言にヴァレリーは不満げな表情を浮かべるが、言い返すことはせずにサラダを頬張る。
スープを啜り、オルフェンは言う。
「俺とレインは引き続き探索組でいいか?」
「うん。それがいいと思う」
「じゃあ、あたしはレインと組もうかしら。レイン、いいわよね?」
レベッカの発言に、レインはジャムをたくさん塗ったパンを頬張りながら了解の意を込めた顔で頷く。
「僕も明日は探索に回りたいところなんだけど…」
うーん、とアルベルトが悩まし気な顔をすると、マヤは小さく挙手しながら「あ、あの…」と声を出す。
「わ、わ、わわ、私、拠点、残ります…!」
「え?マヤ、あんた大丈夫なの?」
「わ、悪い人、と、会うかもなのは、…こ、怖いです…けど、私も、いっ、一応戦えます、し…!」
ちらり、とマヤはヴァレリーの方に視線を送る。
「彼、ちょっと怖いけど、…いい人ですから」
「は、はあっ!?」
ヴァレリーは驚いて飲みかけていたジュースを落としそうになる。
全員の視線を一手に受けた彼は赤面しつつも「怖いは余計だ!」と吐き捨て、ジュースを一気に飲み干した。
全員が食事を摂り終え、日もすっかり落ちた頃、ブレスレットから夜8時を告げるアラームが鳴った。
少し談笑してから火の始末をし、小屋の中に作られた葉っぱのベッドの上で男女分かれて就寝する。
深夜1時頃。
オルフェンは不意に目が覚めた。
…もう五年経つというのに、また、リリィの夢を見た。
現実ではあんなに喧嘩ばかりしていたのに、夢の中の彼女はいつも笑顔で、優しくて。
それが、酷く苦しい。
どうにか寝直そうと寝返りを打ち、横に誰もいないことに気づく。
背後にはヴァレリーが眠っているので、この位置にはアルベルトがいるはずだ。
疑問に思いつつ、外の空気を吸うのもかねて小屋を出てみると、アルベルトが椅子に座って空を眺めていた。
「…寝れないのか?」
オルフェンがそう声をかけると、アルベルトは振りかえり、微笑む。
「やあ。君こそ」
「俺はちょっと…まあ、夢見が悪くて」
言いながら、アルベルトの正面に座る。
「そっか。寝つきが良くなる薬草でお茶でも入れようか?」
「そこまではいいよ。わざわざ火つけるの面倒だろうし」
そう言って、しばらく無言のまま、空を眺める。
晴れた春の夜空に星が瞬いている。天体に詳しくないのでオルフェンには星や星座の名前はわからない。
「………姉の夢を見たんだ」
オルフェンが口を開くと、アルベルトは横目で彼を見る。
「お姉さん?」
「ああ。血は繋がってねえし、年も9歳離れてた。気が強くって、すぐ怒って、俺に厳しいくせに自分には甘くて、めっちゃ腹立つ性格してて。…でも、俺のことを、本当の弟みたいに大事にしてくれた。…五年前に死んじまったけど」
「そうなんだ。…大好きなんだね、お姉さんのこと」
「……そうだったのかもな。しばらく忘れてたのに、なんで急に夢に…」
話しながら、気付く。
「…ああ、そうか、わかった」
「?」
「似てるんだ、レベッカが。俺の姉ちゃんに。横暴なとことか特に」
アルベルトはそれを聞いて、堪え切れずに笑いだす。
ひとしきり笑った後、アルベルトは大きく息を吸って、少し真剣な顔になって話し出す。
「…僕にも、年の離れた兄がいたんだ」
「…いた、か」
「うん。7歳年上で、優しくて賢くて大好きな兄だった」
ブレスレットを撫でつつ、彼は言う。
「七年前にネージュソリドール学園に入学して…三年前に、ダンジョンで行方不明になったんだ」
「え…?」
「オルフェンも知ってると思うけど、学園では『雄鶏の月』、『松明の月』、『帽子の月』、それから『孔雀の月』にダンジョンに潜る課外授業が行われる。兄がいなくなったのは、松明の月。夏休み中に行われる、希望者のみ参加の課外授業だった。…学園の評判が下がることを恐れたのか、兄を含めて二人の生徒が失踪したのに、学園長は身内に賠償金だけ払って、この件を隠蔽したんだ」
「そんな…」
遠くを見つめつつ、アルベルトは語る。
「…僕がこの学園に入学したのは、医者になる勉強をするためでもあるけど、一番大きな目的は…少しでも、兄の手がかりを得ること。それから、兄を見つけること」
そこまで言うと、はっと焦ったようにオルフェンの方を見、苦笑する。
「あはは。話し過ぎちゃったね。変なこと言ってごめん」
「いや、いいんだ。元はといえば俺から言い出したし。…そろそろ寝に戻るよ」
「じゃあ、僕も寝ようかな。気温もだいぶ冷えてきたし」
そう言ってアルベルトは立ち上がる。
二人並んで歩きながら、オルフェンは言う。
「…お兄さん、見つかるといいな」
アルベルトは少し驚いた顔をした後、また微笑んだ。
「うん。ありがとう」
作中の月の名称はオリュンポス十二神のシンボル及び関連するものが由来です
(例:竪琴の月(四月)→アポロン、松明の月(八月)→デメテル)
ちなみに地名はナッツの名前の捩り(カシュリア→カシューナッツ、モルドア→アーモンド)、薬草類はパティシエ用語が元ネタ
プロットを書く際に仮で名前つけてたら割としっくり来たのでそのまま採用しました
オオヤシとアルトスの実は創作ですが、現実のヤシの実も最大物は約40cm(オオミヤシという種類)もあるらしいし、焼くとパンのようになるキノコが実在するらしいです(これは聞きかじっただけなので真偽不明)
すごいね