33 声
チャックとブライアンがジョージと接触して三日が過ぎた。
その間もハドソンやデルタのメンバーでジョージのやさを監視していたが、人相の悪い連中が出入りしているのが確認された。
ただし、それが全部ジョージの仲間かどうかはわからない。
現在見張りの当番であるマイケルとジョセフは向かいの飯屋の二階で、昼飯を食べながら監視をしている。
「そろそろ動いてもらいたいねえ。遊郭で遊んでいる様子を見れば、そろそろ金が欲しくなるころだと思うんだけど」
箸を休めたジョセフは、視線を外に向けたままマイケルに話しかける。
マイケルも同じく視線は外に向いていた。
「チャックの方が先に金が尽きそうじゃ?」
「どうだろうねえ。昨日宿で話した感じだと、勝ったり負けたりで増えもせず、減りもせずだって言っていたけど。ま、ばくち打ちは負けた話なんてしないからねえ」
カジノではジョージは相変わらず大きく張っているとのことであった。
そして、カジノの後では妓楼で遊んでいるというので、懐具合は寒くなっているはずであると踏んでいた。
そして、その読みは当たり、その翌日にチャックとブライアンがジョージのやさに呼び出された。
監視しているジョセフ達も二人がやさに入っていくのを確認できた。
現在はジョセフとマリアンヌとハドソンが監視をしており、最初にハドソンが二人に気づいた。
「お、チャックとブライアンのお二人ですぜ」
「本当だ」
「動きがあるのかしら」
三人が外を見るのに二人も気づいた。
異常があればハンドサインを送ることになっているが、今はただ呼び出されただけであり、そのサインを出さずにやさに入っていく。
そこでジョージからつとめの指示が出る。
「いよいよ今夜やる。二人にも助けてもらうからな。覚悟はいいか?」
「おうよ。しかし、今夜たあいきなりだねえ」
チャックがそう言うと、ジョージはにやりと笑う。
「新人が情報を漏らす可能性があるからな。悪く思わねえでくれ。このつとめが終われば正式な仲間だ。次からはこうはしねえよ」
「それもそうか。で、どこをやるんで?」
「二番地区の両替商、オオウミ屋だ」
「へえ。オオウミ屋なら大手の両替商だから、蔵にも現金がたっぷりねむっているってわけかい」
「そうだ」
ジョージはうなずく。
両替商とは文字通り両替を商いとしているが、そのほかにも総合的な金融業を営んでいる。
金を貸したり、商品先物と現物の清算、小切手や手形の取り扱いである。
そのため、多額の現金が必要であり、店内にそれが保管してあるのである。
「いきなりだが、引き込みは大丈夫なのかい?」
ブライアンがジョージに訊ねる。
「引き込みはいねえ」
「いねえって、じゃあどうするんだ?きっと高い塀で囲まれているんだろう」
「そこは任せておけって。現場で見せてやるよ。まあ、そんなわけで、今夜までずっとここにいてもらう。直前で臆病風に吹かれて逃げねえようにな」
ジョージがニタリと笑った。
「そいつぁ楽しみだ。逃げるもんかよ」
そう答えたチャックであったが、内心ではどうやってジョセフ達に今夜のことを伝えようかと焦っていた。
「便所にいきてえ」
考えた末に出てきた言葉はそれであった。
何も便所から逃げ出そうというわけではない。
そこから外が見えれば、何かしら連絡を取れると思ったのだ。
「わりいが監視をつけさせてもらうぜ」
「構わんが、便所の中まで一緒というわけにはいかねえぞ」
「もちろんだ」
チャックは便所に監視役と一緒に行く。
便所の位置はジョセフ達が見張っている表とは反対の方向にあった。
窓から外を見ても、連絡を取れそうな様子はなかった。
「万事休すか」
チャックはぼやく。
いざとなれば、自分とブライアンの二人で賊を相手にしなければならないが、見た感じでは十人以上が一味である。
それに、一人かなりの使い手と思われる者がいた。
一対一ならば負けないだろうが、複数を相手にするとなると勝てるかはわからない。
ましてや、ブライアンはチャックほどは強くないので、そこを狙われるとまずい状況なのだ。
今夜のことを考えると気の重くなるチャックであるが、あまり時間をかけても不審がられるので、早々に用を足して戻っていった。
一方、監視している側も一向に出てこないチャックとブライアンを心配していた。
マリアンヌが心配そうな表情で口を開く。
「全然出てこないわね。密偵だとばれて殺されていたりしないかしら?」
「あのチャックが無抵抗で殺されるとも思えないよ」
ジョセフは口ではそういうが、しびれ薬のようなもので身体の自由を奪われてしまえば、いかにチャックといえども厳しいかと思っていた。
ハドソンは別の考えであった。
「おそらくですが、初めて仲間に入れるので、逃げないように手元に置いて監視しているのでしょう。であれば、今夜動く可能性が高けえですね」
「なるほど。しかし、それだと困るなあ。大勢で後をつければばれてしまいそうだ」
「なに、自分があとをつけますんで。それで分岐には目印をつけておきやす。みなさんはその目印を頼りに離れてついてきておくんなせえ」
「よし、それでいこうか。マリアンヌは一旦デルタに戻ってみんなに準備をさせておいて」
「わかったわ」
こうしてマリアンヌは一旦デルタに戻り、他のメンバーに招集をかけて夜の捕り物の準備をさせる。
そしていよいよ深夜になると、ジョージ達は動き出した。
全員が黒装束に身を包み、人のいなくなった通りを進んでいく。
その数十五人。
本日は朔であり、月明かりは無く道が暗いため、彼らの行動は遠目には見えなかった。
そうした日を選んで決行に及んだのである。
オオウミ屋に到着すると、チャックとブライアンの目の前に高い塀が現れた。
塀の上には盗賊返しと呼ばれる尖った鉄の柵が設置されており、ここを乗り越えるのは困難であると思えた。
ましてや、凶賊一行は梯子を持ってきてはいない。
どうするのかとみていると、ジョージは裏口の戸をドンドンと叩いた。
すると、中から住み込みの使用人が出てきて、壁越しに対応する。
「どなた様でございましょうか?」
と、若い男の声がした。
それにジョージが返答をする。
「バーンズである。人目についてはまずいので、こうして深夜に一人で来た。主はいるか?」
ジョージはバーンズ子爵の声を真似た。
チャックとブライアンはバーンズ子爵の声を聞いたことがないからわからなかったが、今まで近くで声を聞いてきたジョージの声真似は完璧であった。
なので、使用人は子爵本人だと勘違いをした。
凶賊どもはここで刃物を抜いて、押し込む準備をする。
「閣下でありましたか。今すぐに戸を開けますので、中に入ってお待ちください。すぐに旦那様を起こしてまいります」
といって中から戸を開けた。
チャックとブライアンは声真似で中から開けさせる手口を見て、ヒダチ屋もこの手口だったとわかった。
そして、中に入れてしまっては被害が出るということで、チャックが戸の前にいるジョージを蹴り上げた。
蹴られたジョージは倒れて気を失う。
残った仲間は驚いたが、すぐにチャックとブライアンを取り囲むように散らばった。
「戸を閉めろ!」
チャックは戸を背にして叫んだ。
使用人はその言葉に従い、すぐに戸を閉めた。
「てめえら何者だ?」
賊の一人が問う。
「警察だよ」
チャックは剣を構えて凶賊と向き合う。
十五人からチャックとブライアンが抜けて、ジョージが気絶したことで、残りは十二人。
その中で一番腕の立ちそうな無頼が前に出てきた。
「やはり狗か。二人で吠えて何とする?」
「へっ。吠えりゃあ誰かが気づくってもんだ」
チャックはそう答えながら、仲間の到着を待っていた。
そこにハドソン、少し遅れてジョセフ達が到着する。
「凶賊ども、それまでだ。大人しく縛に付け!」
ジョセフが叫ぶ。
「ちっ、お前らこの囲みを突破して逃げるぞ。捕まれば処刑だからな!」
無頼が叫ぶ。
すると、チャックとブライアンを囲んでいた凶賊たちは、後からやってきたジョセフ達に背を向けて逃げ出そうとする。
しかし、背を向けて走った先にはマオタイたちが待ち受けていた。
「てめえら、逃げられると思うなよ!」
「しゃらくせえ!ラドン人ごときが!」
そちらで刃物がぶつかり、文字通り火花が散る。
夜の暗闇に赤い花が咲いては散る光景は、線香花火のような風情はなかった。
なので、その風景に見とれることもなく、ジョセフは無頼に近寄る。
「長官、そいつは遣えるやつですぜ」
チャックが相手の腕を知らせる。
「そうか。じゃあ、なおさら僕がやらないとね」
ジョセフは不敵に笑った。
そして、ソードブレーカーを構える。
無頼は目を細めてジョセフを見る。
「大した自信だが、とても強そうには見えぬな」
「まあね。でも、勝負は下駄をはくまでわからないよ」
「怯懦を起こし逃げぬようにな」
そう言ってジョセフに剣を向けて構える無頼には一分の隙もなかった。
力の差を考えれば先に動いても勝てるのであるが、ジョセフ相手であれば後の先を取れると踏んで、カウンターによる一撃で勝負をつけようと考えて、ジョセフが動くのを待っていた。
その考えはジョセフにもわかり、自分から動くかと決心した。
フロギストンを無頼の眼前に生成し、ランタンの火を使って着火させる。
ボンッ!
という爆発音が響き、閃光が周囲を照らす。
「ヌゥ!」
突然のことに無頼は目をつぶった。
が、強力な光を見てしまい、視界を失ってしまった。
「くたばれ!」
無頼の右の耳にジョセフの声が入る。
閃光をまともに見てしまい、視力は戻らぬまま。
見えぬながらも、声のした方へと剣を振る。
しかし、手ごたえはなかった。
いや、自分の左わき腹に鈍器が当たった手ごたえがあり、激痛が走った。
「ぐぉっ」
無頼はその痛みに悶絶する。
その痛みの中、激痛が声と逆方向から来たのがどうしてなのかと考えていた。
ジョセフの力量からでは、そんなに素早く動くようなことは出来ない。
仲間がいたにしても、近づいてくる跫音は聞こえなかった。
また、ジョセフの跫音も聞こえなかったのも不思議であった。
今まで相手にした者たちも、その踏み込みの音は聞こえていたというのに、今回はそれがなかったのである。
何が何だかわからぬことばかりであった。
そんな考え事が隙をつくり、今度は腕に一撃を食らう。
その痛みで持っていた剣を地面に落とした。
無頼は「まずいっ」と思い、剣を拾わず逃げることにした。
薄らぼんやりと回復した視力を頼りに、ジョセフのいない方へと走り出す。
が、その背中を蹴られた。
「おっと、逃がさねえよ」
無頼を蹴飛ばし、そう言ったのはチャックであった。
背中を蹴られて地面に転がると、他の捕り方がやってきて縄をうたれる。
周囲では他の凶賊はすでに皆捕まっており、これで全員が逮捕となった。
すべてが終わったところで、チャックがジョセフに訊ねる。
「今の戦いは理解できねえんですが、何があったんですかい?」
「最初から説明すると、まずはフロギストンを細かく生成して、ただ燃えるのではなくて爆発するようにしたんだ。小麦粉が舞っている部屋に火を持ち込むと爆発するっていう仕組みを再現した。それで相手の視界を奪ってから、今度はフロギストンを波状に生成して、僕の声を再現したんだ」
「声を再現?」
「こうやってね」
と、ジョセフは同じことをチャックにしてみせた。
今の「こうやってね」というセリフは、チャックの後ろから声が聞こえてきたのだった。
「本当だ。長官の声が後ろから聞こえた」
「音が伝わるっていうのは、空気が波のように揺れているっていうことらしい。それを再現したんだ。次は、その波を止める。反対側の耳の周辺にフロギストンを生成して、空気の揺れが耳に入らないようにしてやった。これで目も耳も使えなくなった相手が出来上がったっていうわけ」
「なるほど。そうとなりゃあ、実力の差なんて関係ねえってわけですか。ところで、自分の声以外も出来るんで?」
「まだ完璧じゃないけどね。マリアンヌの声は再現できたけど、ジェシカの声は出来ていない」
「それが出来りゃあ、ジョージの手口を長官も出来るわけですね」
「ジョージの手口?」
ジョセフたちは離れたところから尾行していたため、ジョージがバーンズ子爵の声を真似して、従業員を騙した手口を知らなかったのだ。
チャックはその手口を説明した。
「なるほど。それなら引き込みもいらないってわけだ」
「ええ。うまく考えたもんで」
「これでヒダチ屋の殺された者たちも浮かばれるかな」
「死んだもんには確認は出来ませんが、帝都臣民は安心して眠れるんじゃねえですかね」
「そう言われるとねえ。未然に防げればいいんだけど、こればっかりは」
「遺族に感謝もされますが、どうして未然に防げなかったのかって責められる方が多いですからね」
「うん」
帝国においても、犯罪が起きると警察への批判が出る。
何故未然に防げなかったのかと。
しかし、事件を未然に防ぐとなると、それは警察権力の強化が必要であり、さらには多くの冤罪が生まれる。
となると、また批判が出るので難しい。
これはジョセフに限らず、警察が抱える悩みであった。
「なんにせよ、一件落着だ。帰ろうか」
「どうですか、これから一杯?」
帰ろうと促すジョセフに、チャックは酒を飲む仕草を見せる。
それを見たジョセフはあきれ顔になった。
「取り調べがあるでしょ」
「楽しい無頼生活も終わりかあ」
「今まで遊んでいた分、しっかり働いてもらうからね」
「遊ぶふりも仕事だったんですが」
「演技が上手すぎて、ふりには見えないって」
「じゃあ、次も自分がそうした役をやりますぜ」
チャックはそういうと、捕縛された賊の一人の縄を持ち、尻を蹴り上げてとっとと歩くように命じた。
気づけば朝日が出る直前で、空が瑠璃色となっていた。
ジョセフは徹夜の疲れもあり、早く帰ってジェシカの顔を見たいと思い、自然と歩く速度が速くなった。
なお、取り調べ前の身体検査で、ジョージから赤い紳士の犯行予告文が発見され、ヒダチ屋事件の犯人であることが判明したのだった。




