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燃素使い事件帳  作者: 工程能力1.33
5章

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30 バーンズ子爵

 ジョセフとマリアンヌはバーンズ子爵邸に行き、話を聞きたいという書簡を送ることにした。

 デルタや警察に呼びつけるのでは、子爵の名誉を傷つけることになりかねないし、突然の訪問では門前払いを受ける可能性があるためである。

 実際には、警爵であるジョセフを門前払いにする度胸のある貴族はいない。 やましいことが無ければという前提ではあるが。

 それはつまり、ジョセフの訪問を受け入れられないほど、何らかの犯罪行為をしている自覚があると取られる可能性があるからだ。

 デルタのメンバーは捜査で出払っているため、ラザフォード家の使用人に書簡を持たせた。

 すると、すぐに会うという返事が来たのである。

 バーンズ子爵に対して書簡では話を聞きたいとしか伝えておらず、それがどんな内容なのかわからなかったので、バーンズ子爵としては何らかの犯罪の嫌疑を掛けられたと勘違いし、すぐにでも会って誤解を解いておきたかったのである。

 こうしてすぐにバーンズ子爵と会うことになった。

 バーンズ子爵は55歳であり、もうすぐ引退して子供に家督を譲ろうかと考えていた。

 そんな折、警爵自ら話を聞きたいと言われて、緊張の面持ちで二人を応接室に迎えていた。

 それに対して、ジョセフは随分とリラックスしていた。

 とても犯人と向き合うような態度ではなかったのだが、残念ながらそれはバーンズ子爵には伝わっていない。


「本日はどのようなご用件で?」


 バーンズ子爵はいきなり核心を聞く。

 遠まわしに聞くことなど意味がないからである。


「実は先日ヒダチ屋が凶賊に襲われまして。店主と家族、それに従業員が殺されるという事件がありました」

「ええ。私もひいきにしていた店でしたので驚きました」

「ご存じでしたか。で、そこで唯一生き残った従業員が、夜中にバーンズ卿が自ら店を訪れたために、中に招こうとしたら賊だったと証言しているのです」

「私がですか!?」


 バーンズ子爵は驚きを隠せなかった。

 これでジョセフが訪問してきた目的が、自分の逮捕で間違いないとわかったからである。

 まあ、ジョセフの方にはまだそんな気はなかったのだが、パニックになったバーンズ子爵はそんなことに気づく余裕はなかった。


「これは何かの間違いです。いや、私を陥れるための罠です!」


 必死の弁明をするバーンズ子爵をジョセフは落ち着かせようと、両手を前に出した。


「まあ、まあ。私も卿を疑っているわけではありません。その証拠に本日は部下を連れてきてはおらぬではないですか。逮捕するつもりなら、こうして二人で来ることはいたしません」

「流石は警爵閣下。わかってくださいますか」


 ジョセフの言葉を聞いてバーンズ子爵は落ち着きを取り戻した。

 バーンズ子爵が犯人だと思うなら、ここでさらにプレッシャーをかけて失言を引き出すところであるが、ジョセフの直感がバーンズ子爵は犯人ではないと告げていたため、落ち着かせる方をとったのだ。


「ええ。それで、事件当日のアリバイの確認をするのは決まりなのでご容赦いただきたいのですが、それとは別に卿を陥れようとする者に心当たりはありませんか?」

「貴族というのものは常に敵だらけですからなあ」

「店のものが声が卿のものであったと言っていたらしく、声の似たような者に心当たりは?」

「弟や従兄弟であれば似ておるかもしれませんが、ヒダチ屋が間違うほどかと言われますと」


 バーンズ子爵は弟や従兄弟たちに嫌疑が及ぶかと思い、似ていると断言するのを途中で止めた。

 ただ、ジョセフとマリアンヌはそれは貴重な情報だと判断し、捜査対象に加えようと考えていた。

 これについては、バーンズ子爵の失言がなかったとしても、声の似ている候補として血縁者があがるのは当然である。

 その後も少し会話を続け、使用人たちに事件当日の子爵の外出の有無を確認してから、ジョセフとマリアンヌはバーンズ邸を出た。

 帰り道、ジョセフはマリアンヌに話しかける。


「バーンズ卿は白だね。外出していないのは本当だと思う。証言した使用人たちに不審な態度が見られなかったからね」

「私もそう思うわ。そうなると、やはりヒダチ屋の従業員に本人だと勘違いさせるくらいに声の似た人物が、凶賊側にいるっていうことね」

「バーンズ卿の家系図を調べて、捜査対象を決めるか。それと、遊郭に行っていきなり金回りが良くなった人物がいないかも調べてくるよ」

「そっちは私には難しいから、家系図の確認をしておくわ」

「頼むよ」


 そういうと、ジョセフはマリアンヌと別れて遊郭へと向かった。

 ヒダチ屋の一件はすでにハドソンも知っており、遊郭での情報を収集していた。

 その成果を確認するため、ジョセフはハドソンの屋台に来た。


「どう?」

「目ぼしい成果はねえですね」

「そうかあ。引き続き頼むよ。僕は優美館のブリギッタのところで聞いてみる」

「わかりやした」


 ハドソンは情報を得られておらず、ジョセフは自らも聞き込みをすることにして、ジェシカが働いていた妓楼の優美館へと向かった。

 ブリギッタはそこで娼妓たちの面倒を見ている遣り手婆である。

 ジョセフが妓楼に入ると出迎えた。


「いらっしゃい。って、閣下かい」

「そんな嫌そうな顔をしなくても」

「エレノアールにもう飽きたのかい」


 エレノアールとはジェシカの源氏名である。

 ブリギッタにとってはこちらの方が呼びやすいため、今でもそう呼んでいるのだ。

 彼女としては身請けされたジェシカのことを案じており、身請けしたジョセフが遊びに来たとあっては機嫌も悪くなるというものである。


「飽きるなんてないよ。今朝も、というか今朝までずっとやってたし」

「それならどうしてここに来るのかねえ?」

「仕事だよ。ここ最近急に金回りが良くなったのがいないかと思ってね」

「なんだい、そんなことかい」


 ブリギッタはジェシカが飽きられたのではないとわかってホッとした。


「それが、そんなことでもないんだよ。二十人からが殺されているんだから」

「そりゃまた大事件だね」

「でしょ。犯人を捕まえないことには、殺された被害者も浮かばれないよ」

「といっても、うちは客の情報を漏らすようなことはしないがね」

「そこをなんとか」


 ジョセフは手を合わせてブリギッタを拝んだ。

 貴族が遣り手婆を拝むなど、普通ではありえないのだが、ジョセフとしても馴染みの遣り手婆のブリギッタであるので、そこはかなりフランクな態度であった。

 そして、ブリギッタはちょっとだけジョセフを困らせてやろうという魂胆であり、すぐに情報を提供する。


「ま、客じゃなけりゃあしゃべるけどね。カジノのオーナーがここに遊びに来て言っていたんだが、廻銭かいせんを一気に返した客がいるんだってよ」

「よくそんな情報をしゃべるねえ。ありがたいけど」

「そういう奴は大概がやばい仕事で金を作っているからね。それが警察につかまれば廻銭のとりっぱぐれやツケの未回収なんかになるんだよ。だから、そうした客の情報はひそかに共有しているのさ」

「なるほどねえ。で、それが誰だっていうの?」

「ジョージっていう元兵士だよ。兵士といっても国軍じゃなくて、バーンズ子爵って貴族の私兵だったようだけどね。今じゃあ無職だってことだよ。そんなやつが大金を持っているなんておかしいだろう」

「へえ。バーンズ子爵のねえ」


 思わぬところでバーンズ子爵の名前を聞いたジョセフは光明を得た気がした。


「カジノのオーナーに話を聞きたいんだけど」

「わかったよ。いきなり警察がきたんじゃあ警戒するだろうから、あたしも一緒に行こうか」

「いいの?」

「なあに、あの子が世話になっているお礼だよ」

「恩を売りたくてやっているわけじゃないんだけど」

「いいんだよ、あたしが勝手にやりたいだけなんだから」


 ブリギッタは遠慮するジョセフの尻を叩き、手を引いてカジノのオーナーのところへと向かった。

 そこで聞いたのは、ジョージが金を一括で返した後も、大きく張って遊んでいるという話であった。

 無職の男の遊びではない。

 また、一般人ともかけ離れているので、ジョセフもこれはなんらかの犯罪に絡んでいるとふんだ。

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