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燃素使い事件帳  作者: 工程能力1.33
5章

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28 研究結果

 ジョセフはジェシカとマリアンヌを連れて、帝都にある大学で行われる研究発表会に来ていた。

 宰相であるアームストロングのとりはからいであり、断ることなどできなかったが、その発表内容に興味を持ったので、元より断るつもりなどなかった。

 講義堂の机に座り、中央に立って研究結果を発表する教授の話を聞く。

 その内容というのは、音が聞こえる仕組みと、物がみえる仕組みについてであった。


「ではまず、音は波であるというのを実験で見ていただこう」


 そう言って助手に合図をする。

 すると、助手は水槽とトライアングルを持ってきた。

 教授はトライアングルを受け取り、それを叩いて音を鳴らしてから水につけた。

 すると、水面に波がたつ。


「この波こそが音の正体です」


 これを聞いて会場にどよめきが起こった。

 今の日本では常識であるが、オキシジェン帝国においては公式の場で発表されるのはこれが初めてであり、その内容に聴衆が驚くのも無理はなかった。

 そんなどよめきに気をよくした教授が話を続ける。


「音が波であるということで、同じ高さの波をぶつければ、波同士が消えて音がしなくなるというのが、現在実証したい仮説となっております。まあ、どうやって同じ音の波を作るかが目下の課題ですが」


 それを聞いていたマリアンヌが、小声でジョセフに訊ねる。


「ジョセフの能力で、同じ波長のフロギストンを作ってぶつけたらどうなるかしらね」

「うーん。そもそもフロギストンに音を乗せられるかだねえ」

「それもそうね。可視化できるものでもないでしょうし」

「僕だけがわかったところでってやつだね」


 ジョセフはフロギストンの存在を認識できる。

 が、それはジョセフだけの能力であり、フロギストンの存在を証明するには、万人に見える実験が必要なのだ。


「まあ、面白い話ではあるんだけどね」


 そうしているうちに、次の研究結果の発表となる。

 次の研究結果は物がみえるというのは、光の反射であるというものであった。

 別の教授がそのことについて説明する。


「物が見えるというのは、反射する光を目が捉えるからであり、夜の暗闇で物がみえないのは、反射する光が無いからなのです」


 そう言って、発表が始まった。

 それを聞いたジェシカがジョセフに小声で話す。


「それならば、まったく光を反射しないものがあれば、それは誰も見ることが出来ないということでございましょうか?」

「そうなるねえ」


 ジョセフは相槌をうつ。

 その会話が教授の耳にも入った。


「そこのご婦人の言うように、光が全く反射しない、光を吞み込んでしまうようなものがあればそうなることでしょう」


 ブラックホールが発見されていない世界であり、光を全く反射しない物質の作成もまだできないため、それは理論上の話であったが、教授はそうしたものを作りたいと思っていた。

 図らずも、ジェシカがそれと同じことを先に言ったことで、話の順番が変わってしまったが、自分の研究を理解してくれる人が嬉しくて、悪い気はしなかった。


「さて、では光の反射で物がみえるというのを実験でご覧になっていただこう」


 教授は助手に合図する。

 助手はテーブルを用意し、その上に水の入った水槽を置く。

 そして、水槽をはさんで聴衆とあいむかいになると、今度は人形を水槽と自分の間に置いた。

 さらに、人形と水槽の間にレンズを置く。

 それを確認して教授も聴衆側に移動した。


「さて、人形はどう見えますかな?」


 教授が聴衆に問う。

 その問を受けた聴衆は驚きざわめく。

 人形はさかさまになって、水槽の水に写っているからだ。

 現代の日本であれば、虫メガネを通過した像が焦点を通過すれば、真逆に見えるというのは常識として知っているが、それはあくまで日本での常識である。

 これも先ほどの音が波であるというのと同様に、驚きをもって迎えられた。

 聴衆の反応に教授は上機嫌で話を続けた。


「人形に当たって反射した光が、レンズを通過したときに逆になって見える。つまり人間は実際の物ではなくて、反射した光を見ているということに他ならないのである」


 その発表を聞いてジェシカは興奮気味であった。


「不思議でございますね。触れば頭が上だというのはわかるのに、目で見たならば、それが真逆となっている。光の反射でございますか」


 そんな興奮しているジェシカに、ジョセフは苦笑しつつこたえる。


「そうか。ならば前に反射した光を捉えることが出来たなら、犯行時刻に何があったのか簡単にわかるねえ」

「ええ、そうでございましょう。さすれば、旦那様のお仕事も楽になるというもの」

「問題はその時の光をどうやって捕まえるかだねえ。犯人を捕まえるよりも大変そうだ」


 そうはいいながらも、ジョセフはどうやったらそれが出来るのかを考えていた。

 それこそが宰相の狙いであった。

 現在の科学では実証も出来ないようなことであっても、そこに神子の能力が加われば実現できることがあるかもしれない。

 そう思って、ジョセフ以外の神子にも声を掛けていたのである。

 ただ、ジョセフやマリアンヌは他の神子を知らないため、同席していても気が付かないのであった。

 そのごも教授の発表は続いたが、難しい計算式の話になるとジョセフはついていけなくなったので、机の下でジェシカの手を握って時間を潰した。

 マリアンヌはそんな難しい話でも、メモを取りながら真剣に聞いている。

 そうして二人の教授の発表が終わると、三人は講義堂から出た。

 ジョセフは出て早速欠伸をする。


「ふう、途中から難しい計算式の話になってさっぱりだったよ」

「まったく、貴族家の当主ともあろうものが、公の場で妻の手を握って遊ぶなんて。少し自覚が足りないんじゃない?」


 マリアンヌはジョセフに軽蔑の眼差しを向ける。

 そんな二人を見てジェシカは苦笑した。


「寝てないだけましだと褒めてくれないと」

「それは褒めるところじゃないわね」

「マリアンヌはきついんだよ。そうだ、この後美味しいケーキでも食べれば少しは柔らかくなるんじゃない?近くに流行りの店があるんだけど」


 ジョセフは二人を誘う。


「よくそんな店を知っているわね」

「チャックが見回りの途中で行列が出来ているからっていうんで、入ってみたんだって。そしたら美味しかったんで、それを報告してくれたんだよ」

「仕事中に何をやっているんだか」


 マリアンヌはチャックの行動に呆れた。

 だが、ジョセフは気にしていない。


「流行りの店ともなれば、凶賊が押し込み先として目をつけるかもしれないじゃない。中の客を見るのも仕事だよ」

「物は言いようね」

「まあまあ、お二人とも。頭を使った後は甘いものが良いといいますし、行ってみようではありませんか」


 ジェシカは二人をとりなす。

 ジェシカは甘いものには目がなく、自分が食べたいだけであった。

 このまま放っておけば、いつまでも言い合いが続きそうなので、早いところ止めてもらい、店に行きたかったのだ。

 店は本日も行列しており、ジョセフ達もその列に並ぶ。

 貴族であると身分を明かして、割り込むようなことはしなかった。

 それをしてしまえば、皆口には出さなくとも恨みを持つからである。

 ジェシカは口には出さなかったが、こうした時間がとても幸せだと感じていた。


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