24 闖入
その夜、リョショウは店舗兼住宅の寝室で寝ていたが、何者かが侵入してくる気配で目を覚ました。
若いころから盗賊として活動してきたので、夜中の気配には敏感なのである。
それは歳をとっても変わらなかった。
いや、年齢とともに眠りが浅くなった分、以前よりも気配には敏感に反応する様になっていた。
すぐに起きると、隣で寝ている妻と長男を起こす。
「何でございましょう?」
寝ぼけ眼をこすりながら、そう問う妻の口をリョショウは己の手でふさいだ。
「しっ。賊が入ってきた。さあ、床の下に隠れるんだ」
「んっ」
妻はくぐもった声で返事をした。
そして、床板を外して隠し部屋に身を隠す。
長男も母親と一緒に隠れた。
この床下の隠し部屋は、元盗賊であるリョショウが盗賊対策として作ったものだった。
母子が隠し部屋に入ると、リョショウは床板を戻そうとする。
それを見た妻が慌てた。
「あなたも」
「いや、わしは賊の相手をする」
妻はリョショウが元盗賊であることをしらない。
だから、侵入した賊に殺されてしまうのではないかと心配した。
そんな妻の心配はリョショウにもわかるので、
「なあに、大声をあげて近所に助けを求めるだけだ。そうすれば、奴らも慌てて逃げ出すことだろう」
「そうでございますか……」
妻はまだ何か言いたそうであったが、リョショウがそれを許さずに床板を戻してしまった。
「こんな時、元盗賊だとしっているダッキなら説明不要だったんだがなあ」
リョショウがそうぼやきながら、賊の気配の方へと向かう。
気配を完全に殺しているので、侵入者はリョショウに気づいていなかった。
黒装束に身を包んだ八人の賊が迷いもなく進んでくる。
「お前らは使用人たちを殺せ。俺たちで店主と家族をふんじばって、金蔵の鍵を奪う」
「おう」
その会話を聞いてリョショウはおやっと思った。
店の間取りを知っているような動きをするし、店主の寝床を探せという指示も出さない。
まるで、自分たちが寝ている部屋の場所を最初から知っているような口ぶりなのだ。
しかし、家の間取りを取られるようなへまはしていない。
ならば、どうして賊どもは間取りを把握しているのか不思議だった。
が、今はそんな疑問は後回しで良いかと判断した。
このままでは住み込みの使用人たちにも危害が及んでしまう。
それを止めるのが最優先なのだ。
リョショウは慣れた手つきで懐からナイフを取り出すと、それを賊へと投げつけた。
「ぎゃっ!」
ナイフが腕に刺さった賊が声を上げる。
「なんだ!?」
「こいつが飛んできて刺さりやがった!」
「でかい声を出すんじゃねえ!」
「いや、もう見つかっているんだからずらかれ!!」
怒号が飛び、賊は慌てて逃げ出す。
それを見たリョショウはふうと大きく息を吐いた。
逃げてくれたからいいようなものの、あそこで襲い掛かるという選択肢を取られた場合、老齢のリョショウには八人の相手はちと辛かった。
「さて、どこにアジトを持っているのかねえ」
リョショウはぽつりとつぶやくと、こっそり賊の後をつける。
一度は撃退したものの、相手が諦めるとは限らないので、相手が誰であるのかを知る必要があったからだ。
ただ、先ほどの疑問である、賊たちがどうして店内の間取りを知っていたのかということがやはり気になっていた。
そして、ダッキが漏らしたのではないかという懸念があった。
それも相手のやさを見ればわかるかと思い、尾行を継続する。
キシたちは自分たちのアジトに到着した。
そこで顔を覆っていた黒い布を取る。
リョショウは壁にそっと耳を当てて、中の様子をうかがう。
「ちっ、とんだ手練れが用心棒にいたもんだぜ」
キシは吐き捨てた。
ナイフを投げてきた相手は用心棒だと勘違いしているのだ。
「あのババアの情報じゃあ、あんな手練れがいるとはなかったぞ」
ババアの情報という発言が聞こえたことで、リョショウはやはりダッキがかかわっているのかと確信した。
金欲しさに賊たちに店の情報を売ったのだとわかると、ダッキに怒りが沸いてきた。
なおもキシは続ける。
「目の前にお宝があるのに諦めきれねえよなあ」
「ヒカンの兄貴に声を掛けますか」
と、仲間の一人が提案する。
ヒカンとはキシたち男娼の兄貴分であり、元軍人でめっぽう腕がたつ。
しかし、声を掛けるのには問題があった。
「兄貴に助けてもらっちゃあ、分け前で半分は持っていかれるぞ」
キシは分け前のことを懸念した。
ヒカンは腕がたつのだが、弟分たちのことを気にかけるような者ではなかった。
だから、キシたちも敬遠しているのである。
そんなヒカンを呼べば、良くて半分、悪ければ九割を持っていかれることになる。
「まあそうなんだが、ゼロよりはましじゃあねえかよ」
「うーん、確かになあ。ようし、兄貴に声を掛けて、明日の夜もう一度押し込もう。間取りが正しいのはわかったんだから、今度はもっと早く動けるはずだ」
「おうよ」
賊たちはもう一度押し込むことを決めた。
それを外で聞いていたリョショウは、こいつら素人もいいところだなと思った。
一度つとめに入った店は、そのつとめが成功しようが失敗しようが警戒するものである。
それを、翌日もつとめに入ろうというのは常識がないにも程があった。
凶賊であってもそれなりの頭目が率いていれば、そんな馬鹿なことはしない。
それをするというのは、まともな頭目がいないということなのだ。
リョショウはダッキの声がしなかったのは気になるところであったが、それよりも先にもう一度賊が来ることに備えなければと思い、一旦キシたちのアジトを離れることにした。
家に戻ると床下の隠し部屋にいる妻と子を外に出す。
「もう大丈夫だ」
「随分と長いこと隠れておりましたので、あなたがどうにかされてしまったのかと心配でした」
「それはすまなかったね。追い出したあとで、また帰ってこられてはたまらないと、ずっと見張っていたんだよ。もうこの時間になれば大丈夫だ」
リョショウはそう妻に説明した。
「父上、使用人たちは大丈夫でございますか?」
と長男が訊く。
「ああ、そちらも問題ない。みんな無事だよ」
使用人たちは賊が侵入したことにすら気づいていない。
みんなぐっすりと眠っており、夜中のことなど知らないのだ。
「それはようございました。では、さっそく警察にこのことを届けましょう」
「いや、それはならぬ」
警察に届け出ようとした息子をリョショウは止めた。
父の行動に息子が戸惑う。
「何故でございますか?」
「なあに、被害はなかったんだ。これで警察に届けてみたところで、仮に犯人が捕まったとしても軽い罪にしかならない。それで、そうした連中が娑婆に戻ってきたときに、ああ、この店のせいで長く鉱山労働をさせられたんだな。腹いせに火をつけてやろうなんてなったらたまったものじゃないだろう」
「なるほど。逆恨みを買うのを避けるわけでございますね」
「そうだ」
リョショウはそう説明したが、本当は賊を撃退したことに疑問を持たれるのが嫌だったのである。
どうして撃退できたのかと聞かれて、そこから過去の盗賊稼業までたどり着かれてしまっては、折角引退して堅気として暮らしてきたのが台無しになってしまう。
なるべく警察とは関わり合いになりたくなかったのだ。
息子の方はそんな事情は知らず、父親の先を見据えた考えに感服したのだった。
そうして日が昇ると早速動き始める。
向かった先は遊郭にあるハドソンの屋台であった。