モカの家族の絆 残された時間でできること
ショットは女性と思われる位に背も低く肩幅もない。しかも三世代ほど女性のエテル後継者が生まれ続けたため、男で生まれたのは本当に久しぶりだった。
全員小柄だったということもあり、エテルの魂を持つものは全員この体格で一生を終えるのだろうとショットは思っていたのだ。
体が小さいと不便なことも不利なことも多かった、でもエテルを継ぐものなら仕方ない。そう思って今まで生きてきたのに、ここにきてただ単に自分はチビなだけという事実。
「おばあちゃんがちっちゃいんだからしょうがないよ。あとすごく痛い」
「お前俺の身長追い越してみろ、ただじゃおかねえぞ」
「昔は暴れん坊だったって本当なんだね。あと無茶苦茶痛い」
「ちょっと! モカの頭が熟れ過ぎたイチジクみたいになるからやめてよね!」
「母さん例えが微妙に生々しいよ、いたたたた」
そんなやりとりをしていれば、バッターンと大きな音を立てて扉を開く音がした。この騒音は間違いなくビータだ。慌てて走って来たらしく泥まみれ。
その音を聞いてショットは軽く舌打ちをしてモカから手を離した。こんなところを見られたらまたギャーギャーやかましいと思ったのだろう。
「モカ! 具合悪いって聞いたんだが!? 兄貴でもわかんないって聞いた、謎の病か!」
「だ、だから、ぜえぜえ、解決、したんだって!」
父にモカの容態を伝えに行った姉だったが、何の症状だったのか説明する間もなく父は凄まじい勢いで走り出していた。姉は息も絶え絶えなのに父は普通。相変わらず体力が化け物だなと思う。
「心配かけてごめん父さん。ただの成長痛だった」
「成長痛か、なんだびっくりした。兄貴しっかりしてくれよ」
「俺は神じゃないんだ、わからんことくらいある」
「まあそうだよな。兄貴身長止まって成長痛なんて来なかったもんな。そりゃわからんわ」
一瞬空気が冷える。あーあ、と母や姉たちが溜息をついた。
「……なんでお前は、何年経っても何歳になっても」
モカの勉強机を持ち上げる。重厚な造りの大型のものだが、片手で。
「馬鹿なんだろうなあ!」
そして思いっきり投げつけた。しかしビータはすでに窓から飛び出している。もちろんその方向に投げたのだ。そしてショットも窓から凄い勢いで飛び出していった。
「すごいな、狩りをする鷹より速かった」
今年四十五歳になるとは思えない俊敏さに、目をぱちぱちさせるモカ。外からは「あ、鍬は卑怯だろ!」「やかましい!!」と聞こえてくる。もともと気にしていたことに加え、人生最大の絶望を味わった後なのであの一言は効いたようだ。
「久々に見たわ、アホくさい兄弟喧嘩。四十過ぎて何やってんだかまったく」
母がやれやれといった様子だ。ちなみにモカの母含めた三人は幼馴染なのだとか。三歳で会ったビータが彼女に一目ぼれをしたというから筋金入りだ。
超絶美形だった兄に勝ち目はないと、体を鍛えて男を磨き。絶対負けねえ! と意気込んでいたが。彼女からは「女より奇麗な男に惚れるわけないでしょうが」と言われ「そんなはねっ返り好みじゃねえよ」と兄からも言われ。色恋沙汰のもめ事は一切なかったとか。
それにしても、と思う。寿命を数値で理解してしまう自分は確かに、軽んじていたのかもしれない。
だが、そんな数値を予想外に変えてしまうのが人というものだ。楽しく、幸せに、満ち足りた日々を送るとあっさり余命を振り切って来る。「余命が短い」と思いながら生きるのと、「まだやりたい事があるから今何をやろう?」と考えて生きるのでは全く違う。
意外と気合と根性で何とかなるかもしれない。気合も根性も数値化できるものではない。確率、統計を取ったところで100%の絶対値などでないのだから。そんな前向きな気持ちも湧いてくる。
「とりあえず腸内環境整えるかな」
「なにそれ?」
モカの言ったことの意味がわからず、姉たちは不思議そうだ。
「お腹の調子が良いと長生きできるらしいよ。母さん、チーズある?」
「あるわよ、作りたて。ほら、そこのチビとアホもさっさとチーズ食いな!」
外に向かってそう叫ぶと、「うるっせえ! 二つとっとけ!」「俺三つ食う! ぎゃああ! 鎌はだめだって!」と聞こえてくる。その様子に母も姉も大爆笑するのだった。
「笑うところかなあ。鎌でしょ?」
「大丈夫よ、筋肉硬すぎて刺さんないから」
「さすが父さん」
父の遺伝なら自分もそこそこ背が高くなるのではないか? つきにくかった筋肉がつくのではないか? とちょっと嬉しくなる。実はショットと同じく小柄な事を気にしていたからだ。
早く背伸びるかな、と山羊の乳も飲みモリモリご飯を食べた結果。食べ過ぎでお腹を壊すという、まるで五歳児のような体調不良を起こして再び一家では大騒ぎとなるのは今夜のことである。
おまけ。
最終的にモカは身長178cmくらいになり、ショットからチョップをくらうこととなる。




