ロジクスと炎獄 受け継がれた思い
彼の最後の言葉、渡すわけにはいかない。そしてシャロンに愛してると言っていた。どういう意味なのかはわからなかったが、それでも。彼がただ悲劇で終わったのではなく、何かを子供たちに託しているのだと。皆の未来を守ろうとしているのだと。そう言われている気がした。
「教えてくれてありがとうな。それを聞けて充分だ」
「うん」
そう言うと、よっこいしょと椅子から立ち上がって杖をつきながら中に入る。若い時に無茶な戦い方をしたせいで、膝にかなりガタが来ているのだ。膝の状態はこの子が診てくれている。
何かの研究の傍ら、体調を整える魔法や医療まで学び始めたひ孫に「やりたいことを一つに集中しなさい」と言ってみたものの。
「これも私のやりたいことだよ」
わずかに笑いながらそう返されて。ほんのわずかだったあの幸せな時間を思い出す。あの時のエテルも、普段は少し冷たい印象を持つような冷静な子だったが。
だがラムやシャロンと一緒にいる時は穏やかに微笑んでいた気がする。グレイスとも何度もお茶を共にした。
「最近はこの辺にも魔法や争いに関する決起集会が増えてきた。どうして人は争いが終わると自ら争いのネタを探すのか」
「人だからね」
せっかく争いを終わらせてもまた新たな争いが始まる、しかもそれを自ら探し始める。自分のやってきた事は無駄だったのだろうかと思ってしまうが。それは考えてもあまり意味のないことだ。自分が動いたことで確かに変わった事はあるのだから、それで充分。
「もう少し田舎に引っ越すかなあ」
「最終的には人里離れたところで農業とかやるのもありかもよ。静かだし…‥他の人たちに特殊な子供が生まれるのバレないだろうから」
一瞬間があってからそんなことを言う。つまり、今後も自分のような子は産まれてくる、と言っているのだ。何かを背負った子供たち。その子らの為に、何ができるだろうか。
「それに」
「それに?」
「畑や家畜の世話は、最も身近で命に触れるということ。命の循環と、生と死にちゃんと触れたほうがいいと思うの」
「そうだな、大切なことだな」
グレイスは微笑むと、肩から羽織っているローブをそっと撫でた。
「不思議なものが残ってるなって思ってたけど。そうだったんだね」
久しぶりに実家に戻ったモカは自室で寝て、明け方に夢を見た。モカの家には大昔の魔法使いが羽織っていたローブが大切にしまわれていた。保護の魔法までかけられているので、誰かの大切な品なのだろうとは思っていたが。なぜ残っているのかなどが伝わっていないのでそのまましまっていた。
伝わってきたのは、言葉や研究資料だけではなかった。確かに彼らの人と人のつながりが形として残っているのだ。魂の研究をするからこそ命の大切さを物心ついた時から学んで欲しい。そんな思いから一族は山の中腹にずっと暮らしているのだ。
「ロジクスの時から数えて約二百年か。あいつにとっては瞬きをするような時間だけど。やっぱり長いな」
こんなかけがえのないものを瞬きするような時間で通り過ぎてしまうとは。全てを知っているからこそ、あれの退屈は永遠に終わることがない。人では無いのだからそれが、全く苦になっていないのが幸いなのか不幸なのか。
逆にモカは全てを知ることができるのに、あえてそれを知ろうとせず不便な道を選んだ。この世すべての研究者や魔法使いに知られたら世界で一番愚かな奴だと言われるかもしれない。
「それでいいんだ。だって僕は、昔からみんなと遊ぶのが好きだから」
一人ひとりの生き方にルールや法則などない。そしてきっと間違っているものもない。探求を続けるのも遊び尽くすのもきっと同じことだ。自分がやりたいと心から願ってやっているのなら。
もうすぐ自分の名前で魔法学校が開校する。たった一年で学校が作れたのは王子の支援と後押しがあったからだ。
「勉強っていうより、楽しく遊びながらいつの間にか学んでるっていう授業にしたいな」
勉強ができる子にとっては退屈かもしれないけれど。その退屈さえも楽しむようなそんな学校を。




