ロジクスと炎獄 子供の未来を守る選択
子供が産まれたばかりの二人。子供たちの未来を守りたいと思うのは同じだ。
「俺たちは何ができるんだろうな」
いくらか戦い疲れているらしく、グレイスはため息と同時にそんなことをぼやく。
「一つは今最大の火種になっている戦いを、見せしめのために派手に潰して終わらせること。二つは魔法協会の勢力をやんわりと潰しておくこと」
「?」
てっきりどうしようもないな、とか生返事が来るのだろうと思っていたのに。かなり具体的にそんなことを言われてグレイスは目を丸くする。
「やんわりと潰すっていうのは?」
「表立って何かをしようとすれば当然また争いが起きる、それじゃダメだ。魔法協会が絡んでる資金源はお布施って名の一般人からの搾取。あと学校からの学費と魔法に使う道具を専門に扱う商工会。商売に口を出すと商人と揉める、どうにかできるのは学校だけだ。市長の椅子は国の息がかかってるから手強いが、学校は無防備だ。誰も対策してない」
そういうとロジクスは踵を返す。
「ブチ切れたら容赦ない、ってイメージついた英雄が学校の理事長とかやったら、少なくとも睨みはきかせられるかもな。理事長に期待する一般人が増えりゃお布施も減らせる」
「あ、おい。ローブは!」
「洗ったとしても血まみれになったローブなんて返されたくねえわ。あんたが使え」
それっきり二人は会うことがなかったが。その後約二ヶ月にわたる内紛は、炎獄の活躍のおかげで一旦区切りとなった。魔法協会が動く絶妙なタイミングで国が鎮静に乗り出したのだ。まるで内紛の詳細な情報を知っているかのように。
これ以上の争い事は全員重犯罪者として公開処刑をするという触れまで出されたくらいだ。
「裏から国に取引したか、やるねえ」
魔法学校の新理事長に就任というニュースが庶民の間に駆け巡る。どうして戦いを退いて学校の教師なんかに、とみんな目を白黒させているが。おそらく自分が魔法協会と表立って対立することで、ある程度戦力を奪うことを取引材料にしたのだろう。
「言ってみるもんだな。俺もなんかやらねえと」
これが何か一つの希望になれば良い、そんなことを思いながらロジクスは読んでいた新聞を折りたたむ。
「あーうー」
すると後ろからラムが手をバタバタさせながら何かを訴える。
「もしかして読みたいのか?」
「あーい」
顎や舌の筋肉がまだ発達していないので言葉を発する事はないが、生後三ヶ月で既に文字を理解している。
エテルが絵本を読んで聞かせていたが、「三日目でこんなおこちゃま向けの本なんて読みたくないって目で訴えてたから経済学にしておいた」と言っていた。目の前に広げてみせると目をキラキラさせて内容を読んでいる。
「こういうのは人の興味を引くために結構大げさに書いてある。書かれていることを全て真実だと思うな、面白い内容は売り上げを上げるためだ」
「あう!」
「良い返事だ」
読むペースに合わせて新聞をペラペラめくっていると、突然すうすうと寝息を立て始めた。
「こういうところは普通に赤ん坊っぽいんだよな」
頭を優しく撫でながら手足が冷えないように毛布をかけてやる。買い物から帰ってきたエテルがその様子を見て小さく微笑んだ。
ほんの小さな幸せ。これが一体いつまで続くのか。できるだけ長く続いてほしいと思いながら、ロジクスはエテルから買ってきてもらったパンを受け取った。
「お父様、いつも同じローブ着てる。もうボロボロだよ、新しいの買わないの?」
七歳になった娘、シャロンが不思議そうにそんなことを言ってくる。グレイスの誕生日が近いので、父への誕生日プレゼントを考えているようだ。もしかしたらローブをプレゼントしようと考えているのかもしれない。
「これはお父さんの宝物なんだ。お父さんに生きる道を教えてくれた人がくれたんだよ」
「そっかあ」
少しだけしょんぼりした娘にグレイスも申し訳ない気持ちになる。するとメイドが近寄ってきた。
「旦那様、買い換えることが悪いことではないですよ。大切なものだからこそ、そろそろしまっておいたらどうですか。これ以上着るとほつれて縫わなきゃいけなくなります」
「そうだな。最近裾がボロボロになってきたしな」
「あ、じゃあお買い物行こう! あ、いや、違うの。えっと、新しいローブは買わなくていいからね!」
何を考えているのかすぐにわかる。温かい気持ちになりながらわかったよと娘の頭を撫でた。
一度しか会わなかった彼。名前も知らないし別に友人というわけでもないのだが。なんだかこの先の事すべてを見据えていた気がして、再会できなかったのが悔やまれる。彼ともう少しいろいろな話をして、今働いている学校に来てもらいたかったなと思う。
子供が産まれたばかりだと言っていた、という事はシャロンと同じ年だ。魔法使いの子供は魔法使いになる。この町に住んでいるのなら、もしかしたら同級生として入学してくれるかもしれない。
向こうは自分の名前を知っていたし、本当に理事長になったのかと会いに来てくれるかもしれない。そんな思いが理事長を続ける理由の一つだ。




