ロジクスと炎獄 二人の出会い
あちこちで争い事が起き治安がかなり悪くなっている。学校も授業どころではなく休校が増えてきた。力のある者は終結し戦いに参戦せよという声が高まっている。
そんな中どんな戦いにおいても絶対に勝つ男が現れた。人々の希望になりつつあったのが「炎獄」の二つ名を持つ男、グレイス・バイオレットだった。貴族の家柄で強力な火属性を持つ有名な一族。魔法協会にもどこにも属していないので、庶民からは英雄のような扱いになっている。
そもそもこの内紛は魔法協会内での権力争いがきっかけだった。しかしあまり関係ない様々な民の不満が爆発し、そこら中で争いが起きているような状態だ。
略奪、縄張り争い、商売ルートの取り合い。小さな火消しに走る国は次から次へ起きる問題に対処しきれていない。このままでは謀反が起きるのではないかと、力による制圧をし始めてますます不満が高まっている。そんな悪循環に陥り始めていた。
だからこそ英雄という存在は皆の心を慰め、何かあったとき縋る相手としてもてはやし始める。国もグレイスに接触を図ってきているという噂もある。おそらく都合の良い人形として利用しようとしているんだろうな、というのが目に見える。
荒れ始めているのでこの地を離れるべきなのだろうが。孤児院の子供たちの様子も心配だし、どこに行っても魔法協会の影はある。それなら今この場でできることをやろうとロジクスは王都に残り続けている。
酒場は連日大盛況だ、何せ酒に逃げる男が多い。仕事がない、給料が安い、何もいいことがない、王家は一体何をやっているのか。世の中の不満を、酒を飲むことではけ口にしている。酔っ払いは声が大きいので彼らの会話がよく聞こえてくる。
兵士もよく飲みにくるので、最新の情報を手に入れるには実は酒場を張り込むのが最も有効だ。酒が入ると言わなくていい内容までぽろっと漏らしてくれる。
酒場の外でエテルお手製の煙草を吸っていたロジクスだったが、ふと気配を感じてそちらを振り返る。
そこに立っていたのは血まみれの男だった。男はロジクスが振り返ったことに驚いたようだ。おそらく完璧に気配を消していたのだろう。隠匿魔法を使っていたのかもしれない。
「風呂入れ」
「俺のこの格好を見て第一声がそれか、なかなか肝が座ってる。それとも頭がいかれているかのどちらかだな」
「初対面なのにひどい言われようだ」
男は一度大きく深呼吸をした。そして不思議そうにこんなことをいう。
「煙草じゃないのかそれ、臭いが違う」
「香草だよ。子供が産まれたばっかりだから煙草吸うんじゃねえって文句言われた」
煙草がいかに体に悪いか、頭を悪くするか、中毒性があるか、金がかかるか、良いことなど一つもないのにまだ吸うつもりなのか、と知識と文句を延々三十分ほど語られては吸うわけにはいかない。
「んで? 噂の英雄が血まみれになって何してんの」
目の前にいるのが炎獄だというのはすぐわかった。魔力の属性が完全に火だ、それも今にも自然発火するのではないかというくらいに強い魔力を感じる。
「最近は暗殺してこようとする馬鹿が増えたからな。俺の苦手な水属性の魔法使いがたくさんかかってくるから、魔法以外の手段で反撃しただけだ」
魔法使いは魔法しか使えないと思われがちだが、剣術や体術を学ぶのは当たり前だ。そもそも魔法を使うのには体力がいるし、魔法使いを利用してやろうと思うものは大勢いる。
自分の命を守るためにも戦う術を複数持っているのが魔法使いというものなのである。
「俺もこの状態で帰ったら追い出される。娘が産まれたばかりだから血臭い姿で近寄るなってブチ切れられそうだ」
「意外だな、英雄殿は尻に敷かれるタイプか」
「ブチ切れるのはカミさんを子供の頃から面倒を見てきたメイドだ。逆らうと夕飯抜きだ」
軽口を叩くが彼の目は悲しげだ。
「彼女は生まれつき心臓に病があって長生きはできないって言われてた。そんな中で俺と結婚して出産までしてくれた。子供を抱っこできたのは一回だけだ。今は天国で趣味の刺繍でもしてるさ」
「そっか」
ロジクスが自分の羽織っていたローブを脱いで手渡した。
「雨降らせるの面倒だからそれ着てさっさと走ってけ」
「やはり魔法使いか、どこの所属だ」
「安月給のなんちゃって教師だよ」
魔法学校の教師の給与はどんどん減ってきている。おそらく資金源が魔法教会に搾取されているのだ。
「金の動きが激しい時は戦いの準備をしている時。学校もいよいよ内紛に参加することになりそうだ。教師の中にも戦いは正義だ、みたいな演説が増えた。典型的な洗脳の第一歩が始まってる」
「……。子供たちを戦争の道具に利用するのか」
「そうならないためにできる事はたくさんあるんだろうが。あいにく俺は身動きが取れない。すべての学校が魔法教会の支配下になったら、次の世代の魔法使いは絶対に戦う以外の選択肢がなくなる」




