ダガー 今度こそ、一緒に
長女が不愉快そうに鼻を鳴らす。確かに人間ではないから生き物ではない、匂いもしないし気配もしない。おそらく呼吸もしていないはずだ。
「なーんか戦ってる感じしねえよな、つまんねえ」
まるで物だ、と。連続で繰り出される攻撃をかわしならが末の弟がそんなことをぼやく。
「んじゃ、やる気上げるために競争でもしてみるか」
ダガー何気なく言った一言に家族全員ニヤリと笑う。
「優勝商品は?」
「つーか優勝は親父に決まってるから、親父は除外だろ」
「なんでだよ。じゃ、俺より多く人形倒したやつ、王都の肉屋で好きなだけ買い物な。俺の奢りで」
その言葉にみんなの目つきが変わる。誰がどう見てもこの中で一番強いのはダガーだ。弟や妹、娘息子たちはもちろん孫たちもダガーと手合わせをして勝てたことなど一度もない。
だが、それに納得しているわけではないし絶対に勝つ、と悔しそうにしていたのもわかっている。自分はいつか体が衰え必ず後の者たちが強くなる日が来る。それがとても楽しみなのだ。
「王都にはびっくりするぐらい美味い肉があるんだよな、種類も多いし。頼めばその場で生焼きにしてくれるからもうめちゃくちゃよだれが――」
「うおおお、俺が一番になる!」
肉が好きなダガーの弟の一人がすごい勢いで人形に飛びかかっていった。それを見て抜け駆けすんなと皆一斉に飛び掛かる。
それを笑いながら見つつも、この人形が一体どこから発生しているのかダガーは冷静に周囲を探った。
「お父さん、手伝おうか?」
子供たちの中でも一番冷静な次女が駆け寄ってくる。
「ああ。まあ見るまでもないか」
この空中庭園には綿毛のような白いふわふわしたものが宙を舞っている。それが急に膨らみ次々と人形が姿を現す。綿毛が人形の核なら、無数に存在するという事だ。雪がふっているかのようにそこら中に舞っているのだから。
「綿の発生源をどうにかしなきゃいかんが、それをどうにかしてモカが不利になってほしくない」
侵入者の存在には気づいているだろうが、今のところ興味を持たれていないといったところか。魂の研究を進め、先人たちやエテルの記憶そのものを全て受け継いだモカ。彼の話では叡智はわがままでどうしようもないクソガキそのもの。気分屋で機嫌を損ねると災厄をふりまく。それがモカに向いてしまっては元も子もない。
「俺たちが取るに足らない存在だって思わせつつ、適度に対応しなきゃいけない。頭数ありきの総当たり戦だな、無茶苦茶こっちが不利だけど」
「要するに根性比べってことでしょ? 人形に根性なんてないから私達が勝つよ」
いわれれのない差別や中傷は日常茶飯事だ。理解ある者が多くても、そういう者も一定数いるのも事実。目の前の困難は、困難ではなく未来の困難の芽。摘んでしまえばどうってことない。獣人の家訓のようなものだ。
「そうだな。その通りだ。じゃあいっちょやるか!」
「うん、行こう!」
笑いながら自分たちも人形に向かって突進していった。
「ってなことがあってさ、結局競争はしてたけどひ孫たちはまだ算数苦手だから。誰が一番多く倒したかってよくわからなかったんだよな」
ほんの数分もかからず盗賊を全員ボコボコにして縄で縛り上げて、馬車に乗せて運んでいる。ちなみに大人数のためダガーとモカは降りて歩いている。農夫はびびりまくっていたが「こいつらを突き出せば賞金がもらえる。賞金はあなたにあげるから、馬車を使わせて欲しい」と頼めば目を輝かせて了承してくれた。
「何かお土産買って帰らないとね。全員協力してくれたことには変わりない」
「お前の体が弱くなったって聞いて俺の家族もみんな悲しんでたよ。気合と根性で何とかしろ、親より早く死ぬんじゃねえぞ」
「もちろん僕だって早死にする気はないよ」
「ちなみにさぁ、寿命伸ばす研究は――」
「黙秘します」
ふふ、と笑いながら言うモカ。おそらく、あるのだ。そしてモカはそれを知ってしまっている。叡智の知識を少し閲覧できたと言っていたからその時見つけたのだろう。見つけたがそれをやる気は無い、そう物語っているのがわかる。
「ま、お前の言った通りだな。幸せに生きる条件は時間の長さじゃねえってやつ。なんやかんや獣人も人間に比べれば早死になわけだし。でもそれを嘆いたことは、俺は一度もない」
「そっか」
獣人の平均寿命は数え年で五十ほどだ。そう考えればダガーとアリスは人生の折り返し地点を過ぎている。人間と比べるとかなり短いが、だからこそ短い人生をどうやって生きるか獣人は真剣に考える。
後悔のないように精一杯生きている。後回しにせず、やりたい事はその場ですぐにやる。思い悩んだらすぐに誰かに相談する。そうやって仲間との絆を大切にしてきた。それがこの国の獣人が心優しく陽気な者たちが多い理由だ。
「疲れたら言えよ、おぶるから」
「いきなりにひ弱になったわけじゃないから大丈夫だよ。でも確かに、まだこの間の戦いの疲れも引きずってるから。そうなったら久しぶりにおんぶしてもらおうかな」
今までは離れている距離と時間が少し長かったから。これからは近くにありたい。そんな二人の思いが重なる。
すれ違う人たちが馬車に乗せられたボコボコになった男たちを、目を丸くして振り返りつつ。二人は談笑しながら王都に向かった。
おまけ
「ダガー、聞いてないよ」
まず第三王子にダガーが会ってモカを紹介するという流れになったのだが。今まで見たことがないくらい真剣な顔の第三王子にそんなことを言われ、ダガーはきょとんとした。
「なにが?」
二人きりの時は敬語は要らないという約束なのでいたって普通に喋っている。こういうところが第三王子の腹黒さを抜きにした気さくなところだ。
「君の至宝があんな可憐なお嬢さんだとは。花束の準備が間に合わないじゃないか」
「あいつ男ですけど」
「……。今のは忘れてくれ」
ちょっと好みだったんだ、と察した。
「なんで人間の男って美人に弱いんだかな」
「本能だよ、私でも抗えないね」
「獣人にはない本能だからわからんな」
種族の違いから好みが違うし、そもそも人間の美形というのがよくわかっていないダガー。しかも第三王子となれば様々なご令嬢と交流してきたはずなのに。美人に慣れてるというわけではないらしい。
そうして初めて三人は対面をした。少しだけ眉間に皺を寄せて目を細めている第三王子に、ダガーの件で機嫌が悪いんだろうかと思っているモカだったが。
「わかっていても眩しい、直視できない」
「光魔法使ってませんけど?」
「いいんだ、私の問題なのだ」
「貴方は瞳の色素が薄いですからね、光を過剰に感じるんでしょう」
「ところで娘が生まれる予定はないかな?」
「まだお相手もいませんが……?」
二人の会話に我慢ができずダガーが吹き出すのはこの後すぐの事だった。




