ダガー 獣人の思い
戦いが終わって二日経った。立場があるダガーは急いで王都に戻らなければいけない。休む許可はもらっているが、仕事は山積みだ。二度手間にならないようにと今回モカも同行することになった。
転移魔法を他の人に見られるわけにはいかないので、移動手段はいたって普通だ。片道三日ほどかけて馬車で向かう。
この辺は農村が多いので、馬車といっても荷車のような感じだ。実際人も荷物も同じ場所に乗る。人を乗せる用に上に簡単な屋根がついている簡素なもの。どこに行くかを確認していろいろな人の馬車を乗り継ぎながら遠出をするのがこの辺の移動方法である。
「魔法教会と魔法騎士団のいざこざの影響で、あちこち火種がくすぶってるって感じなんだよね」
もはや争いの内容が権力と魔法の強さの競い合いのような感じになっている。かれこれ百年近く戦争がないので力を持て余しているのだ。そのため魔法使いがかなり強い権力を持ち始めていて、王家はこのことに危機感を抱いていた。
そのため第三王子は魔法使いに縛りを強めるのではなく、獣人や身分の低い者を積極的に評価している。優秀であれば後ろ盾なしに出世できる。ダガーを招き入れたのも獣人部隊を作りたかったからだ。
それに宣伝効果は絶大でダガーはのし上がりのモデルケースとなっている。身分の低い人たちからは英雄として人気がある。それも王子の狙い通りだ。
利用されるようではじめは面白くはなかった。しかし第三王子と話し合いを重ね、納得した上で王都に行くことを決めた。
「新たな仕組みを作るためにあなたの力を利用させてもらいたい。その代わりあなたのやりたいことは最優先で叶えよう、ってな。最高の誘い文句だなと思った」
目を細め懐かしそうに語るダガー。ダガーは純粋な気持ちで魔法使いになりたかったわけではない。獣人が魔法使いになればそれなりに目立つ、差別や偏見をなくすための足掛かりにしたかっただけだ。そのため王子からの提案は二度とない、奇跡のような機会だった。
しかしほぼ同時期にモカの魔力解放があり、モカを置いて離れることをかなり悩んだ。子供らしさがまったくなくなり、多少の無茶もする。傍にいてやりたかった。
子供の頃からの強い思い。獣人をもっと平等に、地位をあげたいというのも間違いなくやりたいことで珍しく悩んでしまったのだが。モカの伯父がこっちは任せておけと言ってくれたこと、アリスの強い後押し。そして何よりモカから説得されたのだ。
「あの時のモカ、変わったばっかだったからもうタジタジだったなぁ」
「自分の人生は一回しかない、悩む暇があったら行動したほうがいいよって言ったんだっけ」
「あと、『どっちを選んでも後悔は必ずある。それなら感情と直感を優先させていいと思う』とかな。王子も俺を説得する時同じこと言ってたからびっくりした」
――のるかそるか。判断において最終的に決定打となるのは感情だ。君も「人」が入っているのだから。まあまあマシな後悔の仕方ができる決断をしたまえ。
当時わずか九歳の王子。だがその眼光の鋭さはダガーが緊張するほどだった。利用しようとしていることを隠そうともしない。しかし権限を与えるという、役割の中にも自由を持たせてくれた。
「今更だけど、やりたい事は完全には達成してないんでしょう? 本当にいいの?」
これから辞職することを告げに行かなければならない。だが聡明なあの方の事だから予想してるんじゃないか、というのがダガーの意見だ。
何せ口を開くと家族の事とモカの話をずっとしてきた。そばにいて支えてやりたかったけどこっちの道を選んだという話もしてきた。いつかこうなる事は予想済みだろうというのだ。
「俺が任されたのは基礎作りだ。法も部隊も選別基準も基本となる大元を作って、後は誰がやってもうまく転がせるように仕組みを作ってきたって感じだな。はじめの五年は苦労したが、この五年ぐらいはそこまで苦労はしてない。世代交代しても良い頃合いだ」
まだ獣人への偏見や差別はなくなっていない。大きな戦争などが起きれば獣人は大活躍して民衆の見る目も変わるのだろうが。今生きている者たちは誰も戦争を知らない。
それに戦うことでしか獣人の価値はない、と思われたくない。そう思って自分の後任となる者の教育を徹底してきたらしい。これから教員になったとしても、かなり向いているのだ。
「第三王子が外交やってるって話したろ。俺の仕事の半分は外交だった」
「獣人の力を見せてこんな強いのがいるから戦争するだけ無駄だぞって?」
「まあな」
実は獣人はこの国にしか存在していない。他には遥か遠い北の国にはいると聞いたことがあるが、完全にこちらの国と北陸で獣人の生活分布が分断されている。
「北はもっと毛がモコモコらしいな、何せ寒いから。雪に紛れるようにみんな白いらしいぜ」
「ちょっと見てみたいかも」
「ただ厳しい中で生活してるから、性格が荒い奴が多いって話だ。それもあって他の国では『獣人は恐ろしい存在だから怒らせるな』って認識だったんだよな。それは俺も驚いた」
生活する場所で獣人への印象が違う。これは使えると当時の第三王子が楽しそうに笑っていたという。




