後日談 振り返るとモカは大人びていた
魔術の欠片を守る防衛魔法があり、ロジクスはそれで重傷を負っていた。エテルに攻撃をしていたのも、この程度のことも防ぎきれない弱いエテルは面白くないから、というところだろう。
あれこれやる必要ないよ、とモカはあっさりとしている。魔術の欠片は明らかに争いの種になり得る。だが確かに、モカがそれを集め回収してなんだというのか。それはますますモカを人ではないものに近づけることになる。
「話だけだと確かに、モカが五歳ってちょっとわからなかったわよね。だってモカって五歳と思えないくらいすごい大人びてたから」
普通の五歳児は文法を元にした会話があまり成立しないものだ。しゃべる内容は単語が多く、時々何を言っているのかもわからないことがある。
だがモカが五歳だと考えるとかなり論理的に会話をしていた。考え込むエテルに自分の思ったことを伝えている時などがそうだ。どの飴玉を選ぶかの話はあまりにも考え方が大人びていて二人もよく覚えている。通常の五歳児だったらそんなことを考えながらお菓子を選んだりしない。早く食べたいから適当にこれだというはずだ。
「五歳だと思って今までの話を振り返ればそうなんだよね。僕の一族はこういう見た目で生まれたら、特別だって知ってたから騒がなかったんだけど。普通の町で生まれていたら多分神童だって言われてたよ」
山の中腹で暮らしているモカの一族は基本的に皆日焼けをしているので少し肌が色黒だ。髪も目の色もこげ茶。しかしエテルの魂を受け継ぐものは金髪碧眼で産まれて、何より親と顔が全く似ていない。
十歳以上だと言われてもおかしくない喋り方だったので、教師も同級生もみんな驚いていた。村には学校がなかったので勉強らしい勉強はしていなかったのだが、言葉を覚えるのも計算を始めるのもかなり早かったそうだ。
この子は間違いなくエテルの魂を継いでいると、同じく魂を継いでいた伯父が教育係を買って出ていた。そのため二人は仲が良かったのだ。
論理的な思考や喋り方も若干伯父の影響が出ているらしい。これはこうだとすぐに答えを教えず、モカはどう考えるのかをまず問いかけてくる人だった。
「それにしても、五歳の子供を魔法学校に入学させた親御さんもすごいよな」
「そうかな? 身の回りのことが自分でできたら一人前って考えだから。大人とか子供とか、性別でできることできないことを制限したりしないよ」
それは貧しい地域や農村部では当たり前の考え方だ。むしろ都会の方が便利なものに囲まれて甘やかされて育っているので、精神的な自立がかなり遅い。それはダガーが王都に行って感じたことだ。
親は必要以上にあれやこれや子供に干渉して、それがまるで自分の正義だとでもいうような振る舞いだ。それが悪いとは言わないが、人間って過保護だなぁと思っていた。
「まあ、父さんは寂しそうだったかな。でも村には子供がほぼいなくて友達いなかったから。僕のために送り出してくれたんだ」
行ってきますと村を出るときに、笑顔でみんなが送り出す中。大泣きしながらいつまでも手を振っていたのは父だったという。
出会ったばかりの頃のモカはせっせと家族に手紙を書いていた。家族からの手紙もほぼ毎日のように届いていたくらいだ。この手紙もかなり字がキレイで完璧に書けていたので、モカって実はすごいのでは? という認識がダガーたちには湧き始めていた。
「モカのお父さんね~。初めて会った時はすごく生真面目な人かと思ったんだけど。一緒に町に行商に行った時笑っちゃった、モカそっくりで」
家族付き合いが長いアリスが笑う。ダガーは王都に行ったためモカの村には行ったことがない。手紙でやりとりをしていただけだ。
モカは六人姉がおり、男の子はモカ一人らしい。どうしても男が欲しい! という中で産まれた念願の子だったので、父はモカにベッタリだった。
見た目がモカの伯父である己の兄、ショットにそっくりなので町に出れば二人は親子と思われた。
「あらあ、麗しい親子ねえ。目の保養だわあ。一つ買おうかしら」
「ありがとうございます」
チーズを売りに来ると女性客はこぞって集まってくる。そしてほぼ全員がこんなことを言うので、モカの父が「ちがーう!」と走ってくる。まったく似ていないどころか大柄で強面なのでみんな引くか逃げる。
「モカの父親は俺!」
「うそお!?」
何せモカの父は身長がかなり高く色黒、濃い髭、筋肉ムキムキだ。木こりというか傭兵というか、熊だと言われても違和感がない。
「お前が来ると客が逃げるから来るなって言ってんのに。あっち行ってろ、邪魔だ」
やれやれ、と言った様子でショットが言えば。ガルルル、とでも言いそうな雰囲気でモカの父のビータがモカを抱っこする。
「このままじゃこの町には二人が親子だと思われるだろぉ!? 俺の子なのにー!」
うわああ! と悲しむ姿を見てアリスは思った。ああ、間違いなくモカの父親だな、と。




