後日談 ロジクスとエテル
「これが赤子、なんだか不思議な気分。人間じゃないみたい」
世の中の母親というカテゴリーには属さないであろうエテル。出産をしたわけでもなく「作り出した」存在である我が子を、不思議そうな顔で見ている。
ロジクスの魂と自分の魂の融合体。確かに人間じゃないと言えばそうなのかもしれないが、普通の人として生きていくことはできる。
「それにしても静かだな、全然泣かねえし」
「それはそうでしょ、必要ないもの」
「あ?」
「この子はもう自意識がある。時間になればミルクをもらえるのもオムツを替えてもらえるのもわかってるからね。訴えることがないのよ」
「マジか」
言われてみれば確かに、興味深そうにあたりをキョロキョロとみている。赤ん坊の視力は悪いのであまり見えないらしく、しかもまだ寝返りも打てないからなんだかつまらなそうな感じだ。
「私の魂を使ってるからね、相当早い段階で大人並みの知識を手に入れられる。多分私たちの言葉も理解しているわ」
「本人が望むんだったら、教育を始めても良いが」
そういうと赤子はキャーと喜んでいる。どうやら学ぶことが楽しみらしい。それは日ごろから二人が魂の研究について議論を重ねているからだ。あの会話を全て聞いていたようだ。
「教育方針は今後考えるとして。とりあえず名前決めないと」
「それなら考えてある。ラム」
「ラム? それお酒の名前でしょ」
ロジクスは酒を飲むが、最近は禁酒している。酒に酔った勢いで口を滑らせかねないし、おかしな混ぜ物をするのに酒は持ってこいだ。薬も毒も酒はわかりにくい。
「子供に酒の名前をつけないでよ」
「酒ってのは量を守れば一時的には快楽を得られるだろう」
「まあね」
「気の合う仲間で会えば楽しい話に盛り上がる。そんな誰かを楽しませる、魔法で人を幸せにできる人間になってほしいなって思っただけだ」
その言葉を聞いてエテルは目を丸くした。
「意外としっかり考えてたんだ」
「俺たちは夫婦じゃないし、ちゃんとした意味での子を授かったのとは意味が違うかもしれないが。人の命の責任は取るつもりだ。たかが名前、されど名前だよ」
ロジクスはこういうところがしっかりしている。口は悪いし斜に構えた態度もあるが、歳を重ねるごとに落ち着いた雰囲気になってきた。
おそらくもともとの性格がこうなのだろう。実家からは離れて裏からも足を洗った。学生だった時も悪目立ちしないように成績をセーブしていたので、本来とても頭の良い人間だというのはすぐにわかった。
「ちなみにエテルはなんて考えてたんだ」
「ドドベイ」
「……」
「何その顔」
「全てにおいて完璧だと思ってたけど、ネーミングセンスだけはなかったんだなお前。欠点が見つかってちょっと安心した」
「失礼ね。強そうでいいじゃない」
そう言いながら子供の顔を見てみると。眉間にシワを寄せている。「うー」とうなり声まで上げている。
「……何その顔」
「くそつまらない魔導書読んじまったときのお前の顔そっくりじゃねえか」
「不満ってこと?」
「それ以外ねえだろ」
軽く笑いながらラムを抱っこする。孤児院に勉強を教えに行っているだけあって子供の抱き方が上手い。
「そうやって見てると本当に父親っぽいわ」
「むしろお前は抱っこの仕方を覚えろ。小包つまむみたいな持ち上げ方するんじゃねえよ、まだ首座ってないんだから」
「持ち上がればいいじゃない、体に負担がかかる持ち上げ方してないわよ」
「外で悪目立ちするからそれっぽく見せろ」
「はいはい」
最近魔法協会の動きがどんどん過激になってきている。力の強い者は魔法教会の強制入団を強いられている。ロジクスにも何度か声がかかったが、得意の話術で何とかかわしている。だがこの先はそれも限界に近い。
「今俺が勤めてる学校も魔法協会の勢力が強くなってきた。勤め続けられるのも時間の問題だ」
「……トータは、もう間違いなく生きてはいないでしょう。それでも探したい?」
「痕跡ぐらいはな。あいつはもともと親なしだ。俺ぐらいは覚えておかないと、本当にこの世に存在してなかったことになっちまう。誰かと接しないと思い出にも残らない。もっと助け合って喧嘩しておきゃよかったなって」
「それが、孤児院に勉強を教えに行っている理由?」
学生の時はガキなんて嫌いだと言っていたくせに、王都に移って教員になったら子供たちと接する機会が増えた。少しだけ柔らかい表情も増えた気がする。
「ああ。選択肢が少ない状態では選べる人生も少なくなる。選択肢を増やしてやりたいんだよ、子供には」




