最終章 魂の封印
すっかり大人びた物の言い方をするモカにダガーはいまだに慣れない。ダガーは騎士団からスカウトされ学校を中退した。学校対抗の武闘大会で優勝したのが、第三王子の目に止まって評価されたためだ。ずっと王都で仕事をしていたのでここ数年はたまにしか会わなかった。天真爛漫な時期を知っているので少し寂しい気分だ。ちょっと見ないうちに成長して独立までした我が子を見守る気持ちである。
「どうにかしようなんて思ってない。舐めた真似したらおしおきだ、って理解してもらえればそれでいい。アレに唯一嫌がらせできるのは僕の一族だけだから」
そう言うと自分の心臓の真上に手を当てる。一瞬痛みに耐えるように眉間にしわが寄ったが、そのまま呪文を唱えた。モカの胸から、光り輝く何かが現れてそれを手の上に乗せる。複雑な魔方陣がいくつも現れそれらが絡み合い、小さなカギとなった。
「それは?」
「僕の魂の一部を使った魔法と魔術の掛け合わせ。寿命を半分くらい使った」
「おい!?」
「大丈夫。体が弱くなるだけだ、養生すれば三十年くらいは生きるさ」
魂の干渉は寿命も理解してしまう。それでも自分の寿命を使うことに全く後悔は無い。複雑そうな顔をするダガーに、モカは微笑む。
「それだけあればやりたいことは全部できるよ。大切な人たちと一緒にいられる、結婚して子供や孫を授かることができる。幸せな人生の条件は時間の長さじゃない、どんな選択をして行動したかだ」
そう言うと振り返って何もない所に鍵をあてがう。そしてぐり、と右にまわせばモカには聞こえなかったがその場にいた獣人全員が「うわ!?」と耳を塞いだ。
「何だ今の、うるっせえ! 全身の毛がブワってなったぞ!?」
「ごめん、そういえば獣人には聞こえるのか。動物だけだと思って忘れてた」
魔術発動の音。雷と地鳴りを足したような酷い音だ。それは魂が軋むすべての魂を持つ者に訴えかける悲鳴のような音なのだ。――命をないがしろにしがちな、人間には決して聞こえることのない魂の叫び。
モコモコに毛が逆立ったダガーの毛並みを撫でるように整える。何歳になっても相変わらず獣人を撫でるのがモカは好きだ。変わっていない部分が微笑ましく嬉しくもある。
「何したんだ」
「迷惑極まりない図書館に施錠管理しただけだ。この鍵は僕の子孫へと引き継ぐ」
「悪用されるだろ。お前の子孫が正しい判断できると限らんし、他の奴らに知られたら争いも起きる」
「いいんだよ。悪い事に利用したらそれ相応のリスクと隣り合わせなだけ、それは自己責任だ。海の中に捨てても良いしアホな豪族に売りさばいてもいい。何したっていいんだよ。鍵を絶対守れとか、誰にもいうなとか。強制は絶対に達成されない」
普通なら厳重管理なのだが。しかし、魔術や高位魔法など封印されたものがどうなったかは歴史が証明している。封印しようが壊そうが、人は必ず封印を解くし暴くし復活させてしまう。
隠すから探りたくなる。ごまかすから突き止めたくなる。わからないから、学んで理解しようとする。だったらやるだけ無駄だ。
「ま、ダガーの心配も最もだ。じゃあ念の為、言葉でも鍵をかけておこう」
「言葉?」
すう、と息を吸うとモカは叫ぶ。
「寂しくなったら、トモダチになってあげてもいいよ! 可哀想だから!」
次の瞬間、空間が振動した。獣人たちは一斉に辺りを警戒したがモカが「大丈夫だよ」と笑うので戸惑いながらも警戒を解く。
「空間をもう一段階断絶されたっぽいな、僕でも入るのは無理だ。これで千年くらいは意地張ってだんまりだ。時間感覚、数百年単位だからあいつ」
「はは、違いない」
「他者との会話は不愉快だ、って思って二度と出てこないなら万々歳なんだけどね」
永遠にアレが出てこないわけではない。癇癪を起して出てくるかもしれない、意地悪したモカの一族に嫌がらせをしてやろうと思うかもしれない。一切すべてを無視して、またエテルを使うかもしれない。戦争を、支配をするかもしれない。
先のことなど誰にもわからない。だから、今はこれが等身大でできる最善だ。
「さて、帰ろうか」
モカの言葉に獣人たちはわーっと喜ぶ。だいたいこのノリはこの後宴会が待っている。
「今夜はごちそうだー!」
「飲むぞー」
激しい戦いなどなかったかのように盛り上がる。あっという間に気持ちを切り替えてウキウキし始めるみんなの様子を、モカは笑いながら見つめる。獣人は陽気な性格が多い。
「それにしても。髪伸ばしてその年頃になったら本当にエテルそっくりになったな」
「エテルになりきる練習してたら女装癖があるって噂が広がったよ、まったく。早く髪切りたい。アリスは、似合うからそのままで! ってウキウキだったけど」
そこまでいうとモカはそういえば、と呟いた。
「アリスに手土産持って行かないとね」
「ほんとだよ、今頃すっげえブー垂れてんぞ。お前自分の仕事おしつけるから」
「やるって言ってくれたから」
「誰が魔法学校総理事長やらされると思うかよ」




