最終章 殺すための魔術
「そ。すごく難しいしバレちゃだめだし、何回もションボリしちゃうことがあると思うけど。父さんは百回ぐらいしょんぼりした。でも、家族や友達がいつも励ましてくれたから諦めずに済んだ。モカも友達たくさんいるんだろう?」
振り返ると心配してそばについてくれていたダガーとアリス、担任の教師、同級生たち。みんながモカを見守っている。話の内容までは聞こえていない距離だ。魂の研究うんぬんが聞こえたのは獣人のダガーとアリスだけだろう。
「特別な存在として研究を重ねてるのはお父さんの兄さん、お前の伯父さんだ。父さんも手伝ってきたけど」
伯父とは仲良しだ、いつもおやつをちょっと分けてもらっていた。二人でいるといつも親子と間違われた。当然だ、そっくりな見た目だったのだから。
「学校は続けなさい。伯父さんにはこの学校に来てもらうよう頼んでおくから、二人で協力するんだ。勉強しながらの研究は死ぬほど大変だけど、やるか?」
「やる!」
「できる?」
「だって死なないもん!」
「あはは、そうだね。さすがモカだ!」
「許さない、私に逆らっただけじゃなく私の知らない話がそんなにあったなんて!」
「嫌われるようなことばかり繰り返すからだろ。お前エテルに毎回嫌われてるの気が付かなかったのか」
「黙れ! ただの人間が私にかなうなんて思わないで!」
敵うわけがない、そんなことわかっている。知識の塊は人が何百年かけても集め切れないありとあらゆる全てが詰まっている。それはまさしく神と呼んでいい。実際にモカが繰り出している魔方陣はあっという間に叡智に理解されてしまったらしい。次々と数が減っていく。
「たかが人間の研究程度で魂の分解が完璧にできるわけないわ、調子に乗らないで!」
「へえ? 魔術の根源は魂と分解なんだねやっぱり」
「!?」
たった今答えが出た。本人がそう言った。対話をしないから、口を滑らせる。相手より優位に立つ話術を知らないからだ。
「魔法は作り出す、生み出す力。大気の水分と空気の成分を調整し、太陽光の中から必要な光を組み合わせて自然現象を作り出す。それが魔法の根源、それを呪文や魔法陣っていう別の手段で具現化してるだけだ」
――そんな馬鹿な。魔法は不思議な力だと信じていた人間が、まさか。この世界にはない「科学」を理解したの!?
「僕一人でやったんじゃないってさっき言っただろうが。ロジクスの代から数えて二百年だ。僕の一族は全員血を吐く思いで研究を受け継いできた」
魂の分解を促す魔法陣の数がさらに増えた。それを打ち消そうとするも上手くいかない、こちらも魔法陣の分解を使っているのに。だんだん自分の「知識」が紐解かれていく。
あっという間にモカの魔方陣が改良されてすぐに数が増えた。新しい方法で魔法陣を消そうとすれば、何故かそれらすべてが上書きされていってしまう。今度はさっきと同じ方法では魔方陣を消すことができない。
「ん? ああ、炎の魔法はそうやれば制御しやすいんだね。意外だな、金とスズをその配合で使うのか」
「!? 勝手に見るなあ!!」
「見えるんだから仕方ないだろ。それに知識って事は本みたいなものだ。図書館は利用されて初めて価値がある。置いてあるだけなんて石と同じだ。人が知識を得て何が悪い?」
モカの「分解」によって次々知識が閲覧されていく。それは己の魂を丸裸にされているかのような、裸を撫でまわされているかのような最大の屈辱だ。
「なんなのよお!? お前のソレはあああ!」
魔法のはずなのに魔法の対処が効かない。逆にこちらが何かをしようとすれば、恐ろしい事にモカはすべてそれを「理解する」。カードを切ればすべて相手が自分の手札にしていく、そんなカードゲームになってしまっている。
「なんだろうね。何だと思う? 僕もはっきりわかってないんだけど、まあたぶんね」
余裕だった表情が一気に氷のように冷たくなる。ぞく、と寒気さえ感じる。
「お前を殺すための魔術かな」
殺す。命ではない自分を?
でも確かに無限にあるこの知識が全て紐説かれて消されてしまったら、自分は一体どうなるのだろう。消えてしまう事は死ではない。だが自分がこの世から消えたらそれは「死」以外の何だというのか。
人間が使ったら妙な発展の仕方をするから、魔術と錬金術の概念をこの世から消したというのに。魔法という子供騙しのようなおもちゃに目を向けることで、人類の知識の発展を制限してきたのに。今それができなくなっている。
いや、今じゃない。ずっと昔からできなくなっていたのだ、たったひとつの一族に対して。ありえない。
「魔術を人間が使えるわけない! 魔術を使う遺伝子とファクターは全部消した!」
「エテルの魂を受け継いでるって言っただろう、馬鹿が。エテルはお前が作った人形。自分の知識を少し与えた……いや、魂の欠片を練り込んだのかな。つまり部分的にはお前の一部だ」
「やめろおおおお気持ち悪い!」
「黙って聞けクソガキ!」




