最終章 少女の正体
「知ってた」
「なんだ、気がついてたの」
「気がついたんじゃない、知ってたって言ったんだ。お前は言葉を正しく認識できないのか」
冷めたような声に、楽しそうに笑っていた彼女は笑みを止めた。
「口答えするなってさっき言ったばかりなのにもう忘れたの。粉にするわよ」
「そんな話どうでもいいな。じゃあ今度はこちらの話す番。お前の知らないエテルたちの物語」
「なんですって?」
今、エテル「達」と言ったか。エテルは一人だけだ。
「そもそも僕が一体誰なのかわかってない時点で、何も理解してない証拠だ」
「ぼく!?」
見た目はエテルだ、間違いなく。それにここに来ることができたのだから。だが。
「ありえない、どういうことなの!?」
魂と肉体を細かく認識をしてみれば、目の前にいるのは「男」だ。エテルが男などありえない。
「名前が無いと呼びづらいから勝手に呼ばせてもらうけど。魔術、神、人知を超えたもの。いろんな認識があったけど一言で言えばお前は叡智だ」
魔法は自然の力を使うもの。では魔術は一体何なのか? これは長年いろいろな人が議論してきた。それは今でも解き明かされていないが。
「無理矢理こじつけるなら知識の塊。この世のすべての理が集まったもの、命ですらない。だから命を発生させることもできるし、命の終わりをなくすこともできる。エテルはお前が作り出した永遠に十五歳のまま彷徨い続ける一人のかわいそうな人形だ」
それは人ではない。歳をとらないというだけでなく、そもそも体の作りが人間とは違うのだ。魔力は無限に溢れ出し、優秀という域を超えている。知識が、力が具現化した存在。
「お前はそうやってエテルが集めてくる人間関係、戦争、時事を暇つぶしにかっ食らってきた。何かひとつ物語の終着点にたどりついたらお前に報告をして、記憶を消してまた再利用した。反吐が出る」
「なんなの、お前は」
「本当にわからないのか。知識の固まりが聞いて呆れる」
心底失望したように冷めた目でそう言われて、「叡智」の頭に血が昇る。
叡智にかかれば相手が一体誰なのかを探ることなど容易い。一人ひとりの細胞、臓器、魂さえ理解できるのだから。しかし。
「!?」
探ろうとしたが弾かれた。ありえない事態にどんどん混乱してくる。自分にわからないものがこの世に存在するなど、文字通りありえないというのに。
「相手を理解するのは相手の魂に触れること。魂を紐解いて理解し全てを握る。薄汚い手で僕の魂に触れるな」
魂に関わる魔法は使うのも研究も禁止されている。それは大昔に自分が人間に設けた縛りの一つだったはずだ。「やってはいけない」と本能にすり込んでおいた。興味は湧いてもそれを実際にやる事は絶対にできなかったはずだ。それなのにコレはそれをやすやすと使って見せている。
「今までの話を聞いて本当に思いつかないのか? 魂に干渉する者がいただろう」
――ロジクス。
影を操るという能力だったが、実際はその人そのものを操る魔法だった。それは相手の魂に触れているから。ロジクスの最後も自分の魂を影に移すことで、致命傷を受けながらほんの少し生きながらえることができていたではないか。
「物語を紡いでは終わらせてお前の下に報告に来ていたエテル。お前はエテルの話をちゃんと全部聞いたのか? 自分で言っていたな、ロジクスの時『つまらないから飛ばす』と。ロジクスとエテルのその後の学校生活をお前は聞いていなかったんだろう。あの二人がその後いがみ合いながら切磋琢磨して恋人になったことを知らないんだからね」
「何よそれ!? エテルに恋愛感情が生まれたっていうの!?」
「自分はそういう風に作ってないって? じゃあ恋愛感情なんてなかったのかな。頼りになるパートナーっていう考え方だったのかも。いずれにせよ、二人には子供がいた」
「ありえない!」
「エテルは妊娠できる体じゃないから、もちろん本来の意味での身ごもったという意味じゃない。二人で魔法の研究を重ねて魂の干渉術をほんの少しだけ発展させた。だからロジクスの魂の一部とエテルの魂の一部を融合させて命を誕生させた」
あまりの事実に叡智は言葉が出ない。確かに自分は優秀な人形を作り出した、馬鹿では困るので自分の知識のかけらをほんの少しだけ織り込んである。
だからエテルは魔法が強いだけでなく勉強もトップクラスなのだ。研究職につけば無限に探求を続けるだろう、元は自分の一部なのだから。探求こそ、知らないことを知ることこそ喜びなのだ。




