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悠久とエテル  作者: aqri
本編
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ラム5 完全対立

 そう言うと一瞬エテルでもわからないような複雑な形をした巨大な魔方陣がラムの足元に五つ現れた。一つ一つ違う絵柄であり、地面にピタリと密着するとまるで生き物のようにあちこちの文字が動き始める。

 言葉は出さないもののデリーたちは信じられないものを見る思いだった。これはもはや学生のレベルではない、魔法協会のレベルでもない。王室に仕える魔法騎士団と同等以上なのではないか。

 しかも階段というからには建築の知識がないと無理だ、見よう見まねの階段など作ろうものならあっという間に崩れてしまうし、近くの空間そのものが崩壊する可能性もある。それをやってのけている。


 ほんのわずかに石同士がこすれるような音がしたがそれほど大きな音ではない。他の生徒には気づかれていないだろう。壁に別の魔方陣が浮かび上がった。ラムが何かをつぶやくとぽっかりと穴が開き、その先には下り階段が続いている。


「こんな感じかな、後で直すこともできるけど調査が終わるまでは残しておこう。石壁で蓋をすれば誰にも気づかれる事は無い」

「天才だって噂、本当なんですね。ちょっとびっくりしました」

「素直に褒め言葉として受け取っておくよ。先生、このまま調査を続けますか。さっきも言った通り五階建てくらいの深さがあるので、かなり時間がかかります」


 ブライアンは早く行きたそうにしているがデリーは少し考え込む。


「日を改めよう、さすがに教師が二人も長時間授業を抜けるのはまずい」


 二人とも決して暇ではない。地下一階分だったらさっと見て出てくることもできるが、五階分となると帰りはその高さを登らなければいけないのだ。


「転移魔法は……緊急事態じゃないから無理ですね。他に地下から地上にパッと戻れる魔法でもあればいいんですけど、そんな都合の良いものはさすがに僕も知りません」

「……そう、ですね」


 エテルの微妙な返事にラムは察した。


(あ、心当たりがあるんだ。転移魔法に似たもの、使えるんだなこの子)


「念のため聞くが、君の魔法で階段を組み替えて地上に押し上げるということはできないかね?」

「できなくは無いですが、さすがに地盤が緩むかもしれません。本当にそれをやるなら、地下設計書を書き起こすところから緻密にやらないと大変なことになります」


 今頭の中だけで組み上げた程度でできることではないということだ。階段を作るぐらいなら簡単だが、物を移動させるために地質そのものを動かすのはリスクが高すぎる。


「ではここの入り口を封印して後日探索に行きましょう」


 先ほど作った入り口が魔法陣によって完璧に石で埋められる。そこには本当に何もないかのようだ。お祭り騒ぎとなる学校対抗の大会は一ヵ月後。かなり時間が空いてしまうがその間にできることをやっておこうという話になった。


「この学校の権限は理事長にあるから、理事長がここを立ち入り禁止だと言われたらそれに従わざるを得ない」

「実際のところ審問会ってどうなりそうなんです?」

「我々は関われないから何とも言えないね」


 そこまで言うとデリーはこっそりと一時的にシャロンに聞かせている魔法陣を止めて会話を中断させた。


「正直あまり期待はしてない、彼は舌戦が得意だ。厳重注意を受けてさっさと出てくるってところだ。一人で威張り散らしていられるのも今のうちだという警告だよ」


 この辺の内容をシャロンに聞かせるわけにはいかないが、ずっと魔法を中断したままだと都合の悪い事は聞かせないようにしているとばれてしまう。徹底的に落ち込んだところで甘い言葉をささやいて心理的に操るのも手だなと思っているので、会話の制御はわからない程度にやらなければいけない。すぐに制御していた魔法を解除して会話を戻す。

 今のデリーの言葉からもわかる。いよいよ魔法協会とシャロンの父の対立が表面化するということだ。


(そうなったら理事長も本腰入れてくる。何か考えておかないとな)


 一月(ひとつき)でどれだけ準備ができるか。己も、教師も、理事長も。

 地上に戻り今後の打ち合わせをしようとした時、他の二年教師がブライアンに話しかけてきて何か相談している。その話の内容があまりよろしくないらしくブライアンは眉間にシワを寄せていた。


「すみませんデリー先生、火急の用事ができたので外します。後のことをお願いしてもよろしいでしょうか」

「構わないが、何か問題が起きたのかね?」

「はい。二年生で問題児がいたでしょう、あいつが何日か戻っていないそうです。サボりだとは思いますが進級試験が近い、事と次第によっては留年処分にせざるをえません」

「先日教師とちょっと揉めた子だったかな。そちらはそちらでは大変だな。わかった、私の方で進めるから後で合流してくれたまえ」


 小さく頭を下げてブライアンは他の二年教師と一緒に校舎へ戻っていく。かなり苛立った様子だ。本当はこちらに参加したいのに余計なことをしてくれて、というのが態度で見て取れる。


「二年生で素行悪いっていうと彼ですか、噂には聞いてます。あまり先生たちに態度がよろしくないそうですね」

「口も態度も悪くてね。教師からの印象も悪いし、何かいざこざが起きた時は大体この生徒が関わっていることが多い」

「その先輩なら私も声をかけられたことがあります」


 エテルがそう言うとデリーはなるほどと納得した様子だ。エテルほどの美貌の持ち主なら声をかけていてもおかしくは無い。


「住民からの苦情が増え始めているから厳重注意はしてきたんだが。もし今回何か悪さをして姿を消したのなら、留年ではなく退学処分になるかもしれないな」


 いささか厳しい表情でそう言うと改めて二人を見た。


「学生の生活や態度というのは学校内だけで収まるものではない。近隣住民も国も見てないようでしっかり見ているんだよ」

「そうですね、僕の耳にも入ります」

「この生徒に限らず学校を抜け出して夜遊びしている輩も報告されているし、歓楽街に行った生徒もいる。見つけたときは厳しい対処をせざるを得ない」

「見せしめに、ですか」


 淡々とエテルが言えばデリーは咳払いをする。反対にラムはあまり気にした様子がなく明るく笑い飛ばした。


「必要な、正しい措置だよ。一人の生徒のせいでこの学校の評判が落ちたら、一生懸命勉強している他の生徒全員に迷惑がかかる。悪いことをしているのなら罰を受ける、当然のことだ」


 一旦間が開いてから。口元には笑みを浮かべたまま、しかし目は真剣そのものでラムは言う。


「例外はない。誰であっても」


 そこには様々な含みがあることがわかる。


「その通りだラム君。我々教師はもう我慢の限界まで来ている。賛同してくれる先生がどんどん増えているから。いざという時は生徒代表として君の協力も頼みたい」


 理事長を失脚させるための。言葉には出さないが意味合いはよくわかる。


「僕自身が理事長に直接何かされたわけではないので、それは慎重に検討させていただきます」

「はは、冷静だな。それでこそ学生会代表だ」


 表面上は穏やかにその場は解散となった。日を改めて地下奥深くにあるものを調査行することになり、この件は絶対に他者には漏らさないようにと念を押された。



「……」


 デリー達から腕に貼り付けられた魔法陣。これはラム達の会話が逐一骨を通して直接頭に聞こえるようになっている。今までの会話はすべてシャロンに聞こえていた。


「お父様を失脚させるために、あなた達はそこまでするのね。そう、わかった」


 今まで誰にも見せたことのないような、氷のように冷たい表情でポツリとそうつぶやく。大切な人をこれ以上傷つけさせはしない。


「散々馬鹿にしてくれたけど、私だってうまくやれる。見てなさい」


 ふ、と。自嘲気味に笑みをこぼした。

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