ラム4 二人の亀裂
その日の夕方、ラムはシャロンに呼び出された。呼び出すということはあまり良い話では無いのだろうなと思ったら案の定、彼女の表情が沈んでいる。
「お父様から」
そこまで言うと言葉を止めた。
「僕とはもう関わるなって言われた?」
「……それも予想してたのね」
「それはそうだろう、娘を危険な目に合わせられないし。僕の言動からも学校の意思とはそぐわないことをしようとしている危険因子だっていうのは調べればすぐにわかるから」
父親としての姿しか見ていないシャロンにとっては予想外だったに違いない。話せばわかってくれると信じていたのだ。しかし実際は、問題ある生徒として今後は監視対象にするからもう関わるのやめろという強い叱責だった。
「そこまで理事長が本気なら、地下に隠されているのはとんでもなく重要なものだっていうのがわかった」
自分の言動がラムにヒントを与えていることに、わずかにシャロンの胸中に黒いものが広がる。部分的に見れば、利用されたような形だからだ。
「どうするつもり」
「僕のやることは変わらない、地下には調査に行く。もうその準備もできてるよ、エテルが同級生たちを巻き込んで協力してくれる」
「エテル……」
たった一日学校休んだだけなのに、学校内ではラムとエテルの噂でもちきりだった。二人きりで過ごしている姿を何度もいろいろな人が目撃していたし、お似合いの二人だとみんなが話している。そして、シャロンはふられたのだと揶揄する声まで聞こえてきたくらいだ。
――そりゃあ、美人だもんねあの一年。シャロンよりも
――シャロンとラムだとお堅い学生会って感じだけど、あの一年と一緒にいると恋人って感じ
――優秀らしいじゃん、あの子
――ラム先輩にぴったりでお似合いじゃない?
そんな声がそこら中から聞こえる。嫌でも耳に入る。
「沈んだ顔だったって事はお父上の言う事を聞くことにしたんだろう。それが聞けないなら学校の追放か親子としての縁を切るって言われたんじゃないの」
何も言えなくなるくらい完璧な予測だ。それをラムは予想できていて、娘である自分は予想できなかった。そして。
「予想していたのに私には言わなかった……」
言って欲しかった。
今にも泣きそうな、それでいてどこか憎しみがこもったような目で睨んでくる。父のいうことに何も言い返せなかったのだ。話の主導権を握るのが得意で、父のことも丸め込めると信じていたのに。父の言う事は全て正論で何一つ言い返せなかった。日頃父が自分にどれだけ甘い対応をしていたのか、本来はどれだけ厳しい人なのか痛感させられた。
赤の他人で、しかも会ったことなどないはずのラムはそれを見抜いていたのだ。それなのに助言を一切くれなかった。せめてそのことだけでもわかっていたら、父に勝てる材料を探してから声をかけたというのに。
「新しい後輩にはずいぶん優しいのに、私にはずいぶん厳しいじゃない。そんなに私の手助けは必要ない? 優秀な人しか必要としてないの、あなたの人間関係って」
「僕の今までの話何も覚えてないのか。君に自分で考えて判断してほしいから、妙なこじれ方をして欲しくないからだって僕なりに伝えたつもりだったんだけど」
「そう? 役に立ちそうにないから、学校側の内通者を厄介払いしてるのかと思った」
だんだんシャロンの声が大きくなる。人に聞かれないように少し離れた場所ではあるが、この場所は校舎からも見える。実際二人が言い争っているような姿を二階の二年生たちには今見られている。シャロンはそのことにも気づいていないようだ。
「それって君が内通者だったってことでいいのか。僕は違うと信じていたけど」
聞いたことのないような冷たい声に、シャロンは黙り込む。滅多に見ないラムの怒りを感じたからだ。
――信じていたけど、やっぱりそういう人間だったんだ? 学校側の人間なんだな。
そう言われているのがわかって頭に血が昇る。
「そんなわけないでしょ!? 私はそんなつもりなかったのに、あなたはいつもそういう目で私を見てたじゃない! 気がついてないとでも思ったの!? 肝心な時にいつも信用してくれない!」
「それは君も同じだろう。肝心なところだけいつも言葉を濁して僕には何も伝えなかった。それを言ったら何か不都合があったからだろ、僕じゃなくて君自身に」
「ラムを心配していたから――」
「違うね。心配していたのは君が他人からどう思われるかだ。王都からの視察や、魔法協会の目が光っている時だけやたらと自分が取り仕切ろうとしてたのは何でだ。そういう時はだいたい理事長が絡んでいた時だろ」
「……」




