ラム4 魔法ではない「何か」
魔法を察知する結界でも張られていたら厄介だ。時計塔は校舎から離れているので近寄る理由が必要だ。そのための布石をやっておかなければいけない。チラリと窓から外を見ると、どうやらまだ眠くないらしい一年生たちが談笑しているのが見えた。おしゃべりに夢中で消灯時間が近づいていることに気がついていないらしい。寮長として注意をしなければいけないが、ふと思いついて小さく笑う。
「さて、うまくいくといいけど」
ラムは光魔法を大量に発生させる。攻撃魔法や明かりなどではなく、本当にただの小さな光の粒のようなものだ。何の効果もない。それらを操り大量の蝶にした。まるで渡鳥の大群のように、光り輝く蝶が夜空を埋め尽くさんばかりに飛び立っていく。
「うわー、すごい!」
「誰がやってるの?」
「あ、ラム先輩だ!」
一年生たちが興奮した様子で騒ぎ始める。他の生徒も何事かと外を見つめて皆驚いた様子だ。
「気に入ってもらえた?」
部屋から少し大きめの声で外の一年生たちに声をかける。
「すごい綺麗ですね! 魔法ってこんなことができるんだ!」
「僕たちもできるようになるかな!?」
「真面目に勉強すれば誰でもできるようになるよ。それにはまずしっかり休んで明日の授業に備えないとね」
「あ、もうこんな時間だったんだ。ありがとうございます先輩」
外の一年生たちが寮に戻っていく。魔法を操って蝶を遠くの空に散開させた。美しい光景に拍手も沸き起こる。
今の光魔法の中にさりげなく探査用の魔法を混ぜておいた。非常に弱い魔法なので蝶に紛れてしまう程度だ。時計塔の近くを通り過ぎた蝶は二つ、その二つからは典型的な結界魔法や妙な気配は感じなかった。蝶を消したように見せかけて、知覚用の魔法陣として時計塔に忍び込ませる。これで時計塔を監視することができる。
非常に弱い魔法なのであまりできる事はないが、少なくとも禍々しい気配などは感じない。そもそもそんなものがあったら自分や教師がとっくに気づいているはずだ。
時計塔の地下はそれほど深くない。ただしそれはかつて倉庫として利用されていた部分、ラムたちが仕掛けを施した場所の話だ。そのもっと奥深く地下が存在するのではないかというのは実は目途がついている。時計塔に忍び込もうとする者たちの対策のため、教師たちに協力して簡単な魔法を何度も仕掛けてきたが。そのたびにほんの小さな違和感を抱いていた。
「違和感?」
翌日の昼休み。使っていない教室でエテルとラムは昼食をとりながらその話をしていた。今日はシャロンがいない。朝学校を休むと連絡があったそうだ。理由は明かされていないが、なんとなく父親と揉めているのではないかというのは想像がつく。
シャロンの父は若い時に内紛を治めた英雄として有名だ。かなり厳しい性格でそこまで仲間は多くないらしい。つまり人の本質を見抜けるということだ。信用できる人間を選別できている、観察力が高い。もし町での出来事を理事長がラムたちより早く知っていたとしたら。
このタイミングで娘から今何か困った事は無いなどと聞かれたら、何かあったなとすぐに気づくはずだ。直接会った事はないが、手強い人だというのは噂で聞いている。
「うまく説明できないんだけど。魔法じゃなくて何か違う力を感じたんだよね」
「表現が抽象的すぎてよくわからない」
「抽象的にせざるをえないんだよ。誰もいないはずなのにまるで大勢の人が集まっているようなざわざわした感じ」
「いずれにせよ正体不明のものがさらに奥深くにあるって思っていいのね」
「ああ、間違いなく。調べるにしてもいきなりそこを探りたいですなんて言ったら変な目で見られる。何か適当に理由を作らないといけない」
卒業前の一大イベントはそこの攻略をしようと思っていた。しかし現状ではそんな悠長なことは言ってられない。事はもう動き始めているのだ。
「それなら問題ない。今一年生の間では幽霊を見たという噂が急速に広がっている。私の友達の話が信じられなかった他の同級生が見に行ったの。そしたら実際に見たって今ちょっと騒ぎになってる」
「教会側の先生たちが話を拡大してきたってところか。お膳立てまでしてくれたら行くしかないね。その噂を振りまいているであろう先生に、ちょっと調べに行きたいんですけどって言えば済む話かな」
あれから魔方陣を使って何度か様子を伺っているが、安全が確認できた。そしてやはり幽霊は地上には上がってきていないので実際に地下に行くしかない。あの場所に仕掛けを施した一人であるラムが行くのは別におかしなことでは無いはずだ。
「少し人数を連れて行こう。本当に魔法が効かないんだったら、魔法が効かないという様子を見せる目撃者が必要だ」
「じゃあ、最初に幽霊を見たっていう私の友人たちを連れて行きましょう。先生と、シャロン先輩含めて実力のある人を連れてきて」
「わかった」




