モカ4 どうして魔法使いになりたい?
「なにこれ」
「時計塔自体が仕掛けなのかよ?」
「なんか知らないけど楽しい!」
驚いている二人とは対照的に何が面白いのかモカはキャッキャと笑っている。螺旋階段が真っ二つに割れると片方は天井に向かって、もう片方は地面に向かって移動していく。そして螺旋階段そのものがなくなると床に扉ができた。
「何か秘密の階段っぽいね。進んじゃって大丈夫かな?」
少し心配そうな顔をするダガーだったが、モカとアリスは大喜びだ。
「危ないものだったら危ないって書いてあると思うし。行こう行こう!」
「そうだよ、すごいお宝とか眠ってるかもしれないじゃん! 見つけたらアタシたちのものだよ!」
「学校の中にお宝があるわけないじゃないか全く」
呆れた様子だがダガーもどうやら行くつもりらしい。念のため匂いを嗅いでみたが特におかしな匂いはしないようだ。
「とりあえず先頭は俺が行くよ。この中で鼻と耳が一番良いのは俺だし」
「そう? 私が一番でいいけど。何かあったら魔法で対応するから」
「それは後方支援ってことで」
「じゃあボクが二番!」
「アタシさーんばん!」
口々にそう言うと早速一列になって階段を降り始める。通路が狭いので横並びにはできないのだ。モカはふんふんと鼻歌を歌いながら。ダガーも探索のようなものは好きなのだろう、尻尾がブンブン振られっぱなしだ。じっと尻尾を見ていたらダガーが気づいたようでふふっと笑った。
「獣人は穴とか狭いところ好きなんだよ。ほら、犬は獲物を追う習性もあるし猫は隠れたがるし。両方の血があるからなんかわくわくしちゃうんだよね」
「そうなんだ」
「それにしても魔法ってやっぱりすごいね」
三番目を歩いているアリスが少しだけ振り返りながらそんなこと言ってるに話しかけた。
「そう?」
「普通はできないことができちゃうんだもん。ワクワクしちゃう」
「アリスはどうして魔法使いになりたいの?」
自己紹介等はこの二日間で済ませたが、考えてみたらなぜ魔法使いになりたいのか。どうして魔法学校に入学したのかを聞いていなかった。魔法使いになればできることがたくさんあるし、人から尊敬される。今やすべての人たちからの憧れの職業なのだ。
だから特に疑問に思っていなかったが、獣人は魔法が使えなくても人以上に能力が高いのだから別に魔法が使えなくても困らないと思うのだが。
「魔法って絶対誰かを幸せにするからだよ」
「そう? 戦争で使われるのが主な使い道になっちゃってるけど」
強い魔法使いは王家が設立している魔法騎士団に入ることになっている。強い力を国のために使うのはもはや義務だ。そのかわりかなり贅沢な暮らしができるし家族の身の安全が保障されている。そういうのが幸せってことだろうかと思っていたエテルだったが。
「昔森の中で大雨が降って雨宿りしてる時、魔法使いと会ったことがあるの。魔法使いだったら雨除けの魔法なんて使えるんじゃないって言ったら、それは凄い魔法使いだけで私は使えないんだって笑ってた」
おそらくそれほど大した力はない魔法使いだったのだろう。まず火や水などの属性を完全に理解しなければ、それを防いだり作り出す魔法は使うことができない。
「でもその人、これならできるって言って見せてくれたのがね。アタシの目の前にだけ虹を作ってくれたの」
「虹。確かに簡単だけど」
「あはは、魔力があれば子供でもできるからね虹魔法。でもあの時のアタシはもうびっくりしちゃって。人を感動させることができるすごい存在なんだなって思った」
そう語っているアリスの声はとても柔らかい。それは彼女にとって大切な思い出なのだ。
「その人とは雨が止んだらそこで別れちゃったんだけど。難しい魔法が使えなくても、ほんの少しで子供とかお年寄りに幸せになってもらえるんだったら。アタシは魔法が使えるようになりたいよ」
「ボクもー」
二人の話を聞いていたモカが元気よく両手を上げてそんなふうに言った。階段を降り続けているので振り返ることはできないが。しかし顔を見なくてもわかる、モカもダガーも今すごく優しい顔をしているのだろうなということが。
「俺らの住む地域は貧困層だからさ。いつも悲しんだり、文句言ってる人ばっかで。楽しむことの手伝いがしたいって、親父たちに無理行ってここまできたんだ」
「そう、なんだ」
「エテル、さっきから不思議そうだけどアタシたちそんなに珍しいこと言ってる? 普通のことじゃない?」
「そういうふうに考える人たちに会ったことなかったから」
「まあ確かにね。獣人って人より力が強いから結構いろんなことを押し付けられるんだ。土砂崩れが起きたの全部片付けておけとか、山賊が出たら追い払ってこいとかさ」
「……そんな理不尽なことをいつも言われてるの?」




